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〜直虎:『綿毛の案』では、直虎は政次に反発するも直之と六左衛門は〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!おんな城主直虎編
『NHK大河ドラマ おんな城主直虎』第16回放送『綿毛の案』では、直虎が井伊の財政を潤すために休耕地を活用するための綿の栽培と、そのために百姓の人手を増やすため奔走する姿が描かれました。
徳政令の発布や次期領主(虎松)の後見を小野政次に譲ることなど、今川から井伊家対する指図を聞き入れなかったことから、、今川より謀反の疑いを掛けられ、駿府に出向いていた直虎が今川の疑いを晴らし、無事に井伊谷に帰還してみると、方久が直虎達を迎え入れ、休耕地において綿を栽培することを提案します。
直虎はそれ以前に、土地を新たに耕して収穫を得た者には、その新たな耕作地を耕した者のものとし、向こう3年間は年貢も免除するとのお触れを出していましたが、
村の長老である権兵衛は、ありがたい話ではあるものの、新たに土地を耕すことは一筋縄で行くものではなく、そもそも人出が足らないと直虎に訴えます。
そこで直虎は、新たな人手(畑を耕す百姓衆)の獲得に奔走します。
活用されていない土地耕すための人手を増やす方策として最初は中野直之の「戦では足りぬ場合(人を)借りてまいりますが・・・。」との言葉を聞いて、
直虎は、
「えっ、では(人は)借りて来ればよいのか。」と言い出しますが、
直之は、
「戦での話でござって、平時に百姓を借りるなどという珍妙な話は、聞いたことがありませぬぞ。」と直虎の突拍子もない思い付きを諫(いさ)めようとします。
ところが直虎は、
「さような事、やってみなければ分からぬではないか。」といつもの決まり文句を口にします。
早速直虎は奥山六左衛門や中野直之を連れて 、今川の目付である鈴木家・近藤家・菅沼家の領地におもむき、「井伊は今、土地を耕す百姓が足らぬゆえ、少しばかり融通してくれぬか?・・・・借りた者たちは決してむげには扱わぬ、百姓が耕した土地は、そのままその百姓のものとするし、実りが出て3年は年貢も取らぬ。土地持ちでない百姓にとっては、良い話だと思うが・・・。」と頼みますが、「百姓を貸すゆとりなど無いのでございます。」といずれからもキッパリと断られてしまいます。
この結果に六左衛門は、
「但馬殿にお願いして頂くという手はございませぬか?・・・かような談判はお上手な気がするのですが・・・・・。」と進言しますが、
直虎は、
「あやつの手は借りたくない。言うたところで手など貸してもくれぬは。井伊はこれから、但馬抜きでやって行くのじゃ。」と政次に対する反発心を露わにして六左衛門の進言を受け入れようとはしません。
一方その政次は、徳政令騒動のおりに直虎を虎松の後見とすることを望まないと記した書状を預かりながら、結局は直虎が虎松の後見になったことを詫びてその書状を返すために次期当主となる虎松の生母:しのの屋敷を訪れます。
しのは政次の詫びに対し、
「聞いております。そなたの不手際のせいでこれからの井伊は、あの女のやりたい放題ということですね。」と噛み付きます。
これに対し政次は、
「今は待つ時かと、あの脇の甘いおなごのこと、かならずやボロをだします。」としの不興を鎮めようとしますが、しのは更に、
「その脇の甘いおなごにしてやられたのであろう、そなたも今川も。」と罵倒します。
すると政次は、
「仰(おお)せの通りにござりまするが、あまり、あちらこちらに噛み付きますると、頼りを失う事になりまするぞ。」と釘を刺します。
これにはしもも返す言葉を失い、政次は立ち去ります。
その後政次が自身の屋敷に戻ってみると、亡き弟の妻であり、しのの妹でもあるなつが、子である亥之助(いのすけ)を連れて、それまでやっかいになっていた新野の屋敷から離れて来たこと告げ、
「出来ますればこれからは、(この子の)父親が生まれ育った所でと思い・・・・。」と我子のために小野家で暮らす許しを政次に懇願します。
すると政次は、直虎をはじめとする井伊家の者たちから疎(うと)まれている事を懸念し、
「しかし、ここに戻ると風当りもきつかろう。」となつ親子の立場が悪くなることを気遣います。
それでもなつは、
「さようなこと、もとよりではございませぬか。」と覚悟の上であることを告げます。
それでも政次は、
「これよりは更にきつくなるやもしれぬ。」と忠告します。
それでもなつの決意は変わらず、
「では、お役目(今川の目付け役)も励み甲斐があると言うものですね。」と全てを承知の上での願いである事を伝えたのです。
井伊家においては敵視すらされている政次の立場を知りながら、こうした殊勝な言葉を心から語るなつの姿を見て政次は、しみじみとその存在に心癒されながらも首をかしげ、呟きます。
「似ておらぬ姉妹じゃのう。」と。
これは、政次は姉であるしの心根の狭さと、妹であるなつの慈愛に満ちた姿との違いに思わず出た言葉でした。
その後日政次は中野直之や奥山六左衛門のもとを訪れ、直虎が日によって二人を個々に従えて物見遊山(ものみゆさん)に出て連日屋敷を留守にしていることを知ります。
政次はこれに疑問を覚え、蜂前神社(はちさき神社)の禰宜(ねぎ)のもとへとおもむき、直虎がわたを井伊領内で作ろうとしていることと、そのためには人出が足らぬと百姓たちが漏らしていることを知ります。
そして政次は、禰宜(ねぎ)から得た二つの情報から、中野直之や奥山六左衛門の言う直虎の物見遊山(ものみゆさん)の真相が人出を集めるための行動であろうことに気づき、禰宜(ねぎ)は「まさか、どこのご領主様も百姓を貸してくださりなどはしないでございましょう。」と答えますが、
政次は、
「貸してくれるかも知れぬと考えるのが、あの女子の怖いところだ。」と語り、その後日奥山六左衛門のもとを訪れたおりには、
「物見遊山(ものみゆさん)?ほーっ、こないだはそなたと物見遊山、今日は中野殿と物見遊山、殿はさように六左衛門は好きじゃったとは存じ上げなかったが・・・・。」と、その事に疑念を持っていることをチクリと言います。
これに対し六左衛門は、
「お好きになられたのではございませぬか?」とに脂汗を額に浮かべ、苦しい言い逃れをしますが、
政次は、あからさまな疑いの目を向けて六左衛門に近寄り、床を拭くための雑巾を取り上げてその額に浮かぶ脂汗を拭き取りながら言います。
「六左衛門殿、目付というのは物見遊山が多ければ物見遊山が多いというのを駿府にお伝えするのが役目、そしてそれは、物見遊山という名の内通ではないかと疑う者も多くてな・・・・・」と六左衛門殿に直虎が何の目的で屋敷を留守にしているかを問いただし、真実を吐露させます。
このようにして政次は直虎が休耕地を耕してくれる人手を探していることを知りますが、井伊領内をくまなく捜し歩いた直虎たちは、結局どこの村でも余っている人手など見つけることが出来なかったのです。
なぜなら耕した土地が我が物となる上、3年間は年貢も取られないというのは、、百姓にとってはこの上もなく旨い話ではあるものの、その百姓達を治める領主にとっては、何の旨みもないのですから。
直虎が当初百姓をよその村から借りれば良いと言い出した時、、「さような珍妙な話は聞いた事がない。」と反対したのは、中野直之らにしてみれば、それはただ単に前例が無いと言ったのではなく、「前例がないのは、領主にとっては何の旨みもない話だから。」という言葉の中には、常識的に考えるなら、当然直虎も理解するものと思っていたからでした。
しかし、どの村に行っても百姓を貸してくれず、「なぜじゃ?」と問うた時、改めて旨みのない話を領主が聞き入れるはずがないことを直に説明してみると、
直虎は「そなたら、何故そのことを榊に言うてはくれるのじゃ?」と言い。
直之は「言うたではないですか、さような話は聞いたことが無いと。」と言い、
直虎は「さような言い方では聞いたことはないが出来るかも知れると思うではないか。」と返し、
直之は「無理なはなしだからこそさような珍妙な話は聞かぬのだとはおもわれませぬか?」
などと、互いに押し問答を繰り返すばかりです。
結局、二人の話が進展せぬまま物別れに終わると、間に立つ六左衛門は再び、
「あの、やはり但馬殿に相談してみてはいかがでしょう?」と先日の発言をぶり返します。
すると直之は、
「大事ないのか?但馬などに相談して。」と疑問を六左衛門に投げかけますが、
ここで六左衛門は、
「但馬殿がまだ後見を諦めておられず、乗っ取りを考えておられるとしますとですよ、井伊が豊かにになることはその、但馬殿にとっても、損ではないのではないかと。」という自信の意見を述べ、
これに直之も
「どうせなら肥え太らせてから喰ろうた方が徳ということか?ならばそこを利用するのは手かもしれぬ。」と納得します。
しかし直虎は即座に「いやじゃ!但馬だけはいやじゃ。」と理屈はどうあれ、それだけは受け入れられないことを断固主張して、一歩も譲ろうとはしません。
そんな直虎にあきれ果てた直之は
「これじゃからおなごは・・・・」と言い、
直虎は、
「おなごでけっこう。おなごじゃからなぁ!いやなものはいやじゃ!!」ともう駄々をこねる子供のようです。
仕方なく直之は、
「それなばどうされるというのですか?」と訪ねると、
直虎は、「別の策を考える。」と漠然とした言葉を返すのみです。
これにはほとほと直之も気を削がれ、「はあーっ。」と大きなため息を吐くばかりでした。
この話の続きは次のページにて。
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