風景
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カメラを棒にくっつけて写した写真をご紹介。
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〜2017年台風21号により和歌山県橋本市地区の紀の川が氾濫危険水位に〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!台風21号編
台風21号は関東へ向かっているようですが、降水量から言えば今正に和歌山県下での警戒レベルが刻々と高まっています。
夜も深まっていて、日中ならば我家から間近に見下ろせる紀の川の流れも、ハッキリと見てとることはできません。
ですが先ほどから学文路地区では紀の川が反乱危険水位に迫っているようで、我家の窓からは先ほどから大谷川水門で多数の赤色灯を回転点灯させて消防車が集結して氾濫に備える活動をしています。
近隣の3世帯には避難勧告がなされ、学文路小学校へと非難しているようです。
この後もしばらくは雨が降り続くとの予報がある中、水害が懸念されるところです。
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〜舒明・皇極の両天皇は夫婦でしたが、実は兄妹とする説について考える〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!皇極天皇の謎編
突然ですが、当ブログの〜小山田遺跡:ですが蘇我蝦夷の可能性は、大有りです〜のページに、hop*519さんより「舒明と皇極が兄妹との説もありますね。」とのコメントを頂きました。
そこで今回はご紹介いただいたネット上にある、[PDF]皇極(斉明)天皇の出自をめぐっての記述にある皇極天皇の出自を考察する中で結果として舒明と皇極の両天皇が実の兄妹とする説について考えてみました。
[PDF]皇極(斉明)天皇の出自をめぐっての記述は、学術的な記述であるためにとても難解なのですが、私流に要約すると、
「日本書紀には異母兄弟の婚姻は多数あったものの、允恭天皇の子である木梨軽皇子と同母妹の軽大娘皇女との通婚を非難して木梨軽皇子が伊予に流罪になったという記述があることなどから同母兄弟の婚姻は認めらていなかったという従来の説はあるものの、それは中国より伝わった儒教の教えに従ったもので、本来日本ではそうした倫理観はなかった。
現に、記紀神話にある神話には、直接的な性交渉としては描かれていないものの、アマテラスとスサノオとの間に複数の子を生したことが描かれているじゃないですか、だから舒明と皇極が同母兄妹とする説をとってもおかしくないとしています。 これは天智・天武の母である皇極天皇の出自が古事記・日本書紀においてあえて隠ぺいされているかのうに謎めいていることが不自然で、そのことからも、筆者は舒明と皇極は、実は同じ母を持つ実の兄妹だった。」 と記されているように理解します。
確かに固定概念にとらわれない大胆で面白い説ですよね。 そこでここからが私の推察ですが、
皇極(斉明)天皇の出自をめぐっての説は確かに興味深いのですが、思うにそもそも古事記・日本書紀は天皇の権威を絶対とするために記されたものですよね。
であるならばその中で、たとえ神話のメタモルフォーゼされた表現であるにせよ、なぜ儒教の教えが伝わった後の日本においてタブー視される実の兄妹同士の婚姻関係から天智・天武以後の天皇家の血筋が連なっていることを暗示するような表現を記したのでしょう? そうした記述は、天皇の絶対的な権威を失墜させるものだと思いませんか? 実の兄弟であるかどうかの真偽はともかく、もしもこの記紀神話の記述が、舒明と皇極が兄妹であることをあえて記したものであるとするならば、そこには作為的なものがあると思えますね。 ならば作為の意味するところは何なのでしょう?
天皇家にとってはマイナスとなる記述であっても、あえて記された記述があるのなら、それはそれを記すことで得する者がいて、その者による作為だったと考えられないでしょうか?
私の知るところによれば、日本書紀は中臣鎌足(藤原鎌足)が中心となって編纂されたとか。 ということは、鎌足の作為が記紀神話に反映されていると見る事ができますよね。
だとすれば鎌足の作為した事とは何だったのでしょう?
大化の改新以後、天皇家との婚姻関係を重ねながら権力を欲しいままにして行った藤原氏。そんな藤原氏の始祖である鎌足は、天皇家との近親による婚姻ではない存在である藤原家の血筋の正当性をあえて示すことで、藤原家の権威を高める意味合いがあったのかもしれませんね。 藤原家は、現人神(天皇)のそばに常に有るべき唯一無二の存在だと。
で、実際の所、舒明と皇極の両天皇が実の兄妹なのか?についてなのですが、その後の藤原氏の繁栄を見る限りにおいて、鎌足によってでっち上げられた嘘のように思えますが、私的には、あり得る話だと思えます。
皆さんはどう思われますか?
ところで番組名は覚えていませんが、昨今のメディアで秋篠宮眞子様の御婚約が取り沙汰される中、明治天皇の孫として知られる竹田 恒泰(たけだ つねやす、1975年(昭和50年)-)が、AKB48のメンバーたちに対して、私達下々の者にとっては知られていない皇族について講義する番組を以前目にしました。
その中で竹田 恒泰さんは、今日の皇族の女性(皇后妃や内親王)においては、美智子さま・雅子さま・紀子さま・愛子さま・眞子さま・佳子さまなどと常にその名に(子)の字が用いられていることに触れて、皇族の嫁候補としては、品格や教養の他に、その名に(子)の字が有ることが必須となっていることが語られました。
そしてなぜこのような事が必須の慣例になったかについては、
そもそも(子)という呼称は、天智・天武の時代において、藤原家の姫君に与えられた呼称だった事に由来することから、今日に至るまで慣例化しているとのことでした。
皆さんはご存じでしたか?
そんな訳で、昨今は日本人なのか外国人なのか分からないキラキラネームを我が娘につける事が多いのですが、近々出産を迎えるお母さんには、眞子さまのロイヤルウエディングにあやかって、是非とも良子・千代子・妙子・陽子・貞子(これは怖いかな?)などの、(子)のある名前を是非とも我が娘に付けて頂きたいと思ったりもします。藤原氏の歴史の是非にかかわらず、大和ナデシコなら。
秋四宮眞子さま
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〜直虎:『隠し港の竜雲丸』では、竜雲丸一統と木場の民衆が徳川に謀殺され〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!おんな城主直虎編
今日の『NHK大河ドラマ おんな城主直虎』第34回放送『隠し港の竜雲丸』では、前回の今川の命により小野政次の死に続き、竜雲丸も徳川の邪悪な策謀により戦いの中で亡くなります。
今回のストーリーについては、四の五の語る必要はないでしょう。
徳川の戦いに正義などかけらもないことが明確に描かれ、侍の争いには全く関係のない竜雲丸の配下や木場の衆が徳川軍によって無差別に大量殺害されました。
こうしたドラマシーンの真偽はともかく、徳川の覇権には何の正当化されるべき大義名分などありはしないのです。
ましてやその大将たる家康とこの者がもたらした江戸期の世は、偽りの平和だったと断言できるでしょう。
かの者の神格化など言語道断、そんな徳川家に仕えることでしか、この後の未来を手に入れることができなかった井伊家のような小国の諸大名らは、やはり不幸な巡り合わせだったと思えます。
止むにやまれる経緯を経て直虎の代から井伊家が臣下を誓ったのは、今の世に過激な白人至上主義者に指示され、これを公然と擁護するアメリカ現大統領:トランプがごとき存在の家康だったと。
吉田健吾さん演じる竜雲丸
架空の人物を演じられた吉田健吾さん、お疲れ様でした。
骸として次回も登場するようですが。
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〜直虎:『嫌われ政次の一生』では、政次は裏切者として直虎への愛に殉じ〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!おんな城主直虎編
今日の『NHK大河ドラマ おんな城主直虎』第33回放送『嫌われ政次の一生』で、ついに小野政次が裏切り者として処刑されました。
きっとその予想だにしていなかった政次の断末魔を描いたシーンに、政次ファンの女性視聴者の皆さんは、あふれ出る大粒の涙が止まらなかったことでしょう。
あんな形で今生の別れを迎えねばならなかったのか?政次と直虎は共に愛深きゆえに・・・・あまりにも悲しく、哀れで悲惨な別れを、共に自らが選択して・・・・。
これは言い伝えられる政次の井伊家への裏切りを踏襲したものですが、この度の大河ドラマで政次に対する見方は、むしろその言い伝えの逆の見方から描かれてきました。
つまり政次は直虎を強く慕う思いを内に秘め、思い人を守り抜くために、表面上は逆説的な立場(監視役)を貫くことで今川と味方(井伊の者)を欺きながら、直虎のピンチを常に救うべく動く姿が描かれました。今川に内通する者を装うことで、今川の井伊に対する動向を常に察知し、今川による直虎や井伊家の窮地を幾度も水際で救いました。
今回の放送に至るまでに、表面上は今川の力を借りて井伊家乗っ取りを目論んでいると見せかけながら、、その真実の姿は、直虎を深く愛し、その窮地をいざという時に救わんがための汚れ役を演じていたことは視聴者にも明かされていました。
そんな中、私達視聴者は「この先どのような最後のシーンを描くことで、井伊家の裏切り者として討たれたとしか伝わっていない政次に関する記録との整合を持たせるのだろう?」と思いつつ、多少なりとも今後の展開を想定していたことでしょう。
例えば、きっと直虎は政次に心の中で手を合わせ、血の涙を流しながらも、成すすべもなくその死を見届けるのではいか?とか。
しかしそのシーンは、私達の想像を遥かに超えていました。
処刑場に引き出された政次は、十字架の形をした処刑台に張り付けられ、今正に二人の処刑執行人によって左右から槍で突き上げられようとした時、それを見守っていた直虎が突如その場で槍を奪い取って政次の前に走り寄って槍を構えたかと思うと、政次の胸を貫きました。
そして直虎は言います。
「地獄へ落ちろ小野但馬!地獄へ、ようも、ようもここまで我を欺いてくれたな、遠江一、日の本一の卑怯者と、未来永劫語り伝えてやるわ!」
その言葉に対し、槍で旨を貫かれ、血反吐を流しながらも政次は、
「笑止、未来など、もとより女子だよりの井伊にもとより未来などあると思うのか?生き抜けるなどと思うておるのか?家老ごときに容易く謀られる井伊が、・・・・やれるものならやってみよ!地獄の底から見届け・・・・・」
と言いかけた所で息絶えて、頭を垂れます。
その後直虎は手にした槍を落とし、涙を流すこともなく、静かに後見人に頭を下げ、その場を立ち去りました。
そんな断末魔の少し前、処刑の時を前に牢内に拘束されていた政次は、直虎に向けた辞世の句を残していました。
白黒を つけむと君を ひとり待つ
天(あま)つたふ日ぞ 楽しからずや
政次
この辞世の句の意味は、私は君を救う最後の仕事を後悔なく成し遂げて先にあの世に行きますが、いずれまた、君と再び差し向かいで碁をうつ日が来ると思えば、あの世で君を待つ日も楽しいでしょう。と詠っているのでしょうね。
直虎は、政次に槍を突き立て「地獄に落ちろ!」と言いましたが、この句にある天(あま)つとは、間違いなく天国のことでしょう。逆賊の汚名をあえて背負って愛に殉じたのですから。
それにしても、こんなに悲しい愛の形があるのでしょうか?
愛する人のために命をも投げ出す究極の愛は他にもあるにせよ、
そのために逆賊の汚名を松代までも背負ったまま、自らを慕う義妹の愛を知りながらもそれを受け入れることも出来ず、いわんやその死を愛する者の切先と憎悪の言葉と共に受け入れて、その代償として愛する人と井伊の未来を守るなどということが・・・・。
この放送を見届けた女性ファンは、史実の真意は別として、井伊谷の地に巡礼し、政次の御霊を鎮魂するために建立たと伝えられる供養塔にこぞって訪れ、手を合わせ、祈りを捧げることでしょう。
政次の魂よ、安らかなれと。
今回は、ふかくにも私も涙してしまいました。見事なドラマ設定だったと思います。
高橋一生さんお疲れさまでした。
なんの番組だったでそう?役を離れた素顔の一生さんは、政次のような寡黙な男性ではなく、結構ひょうきんな好感の持てる方でした。皆さんもご存じですよね。
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