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〜涙の浅田真央さんに、もらい泣きが止まりません(2014年2月21日)〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!Sochi 2014 オリンピックシリーズ
小平奈緒さん→悲しい顔は似合わないですよ
高梨沙羅ちゃん→女子ジャンプ陣の翼は・・・
男子ハーフパイプ→スゴイね平岡・岡田選手
上村愛子が負けたのは→ターンの接雪時間
スロープの角野→バックサイドコーク1441
いよいよソチ五輪→頑張るベテラン日本陣
東京五輪の効果と悪影響→今後の未来は
東京五輪決定に思う→私の追憶1960年代
二度目の東京五輪決定に思う→その光と影
そんな真央ちゃんだから→世界が感動した
出し切って涙した→共に泣き、笑い、苦しむ
真央唖然のショート→フリーは自分のために
真央さん、4年間の集大成を出すことが出来て本当に良かったですね。
涙を浮かべて演技を終えたその姿に、私も涙が止まりません。
本当にお疲れ様でした。今日はとにかく貴女が貴女のままでいられる人のもとで、思いっきり泣くのもいいと思います。
報道関係者のみなさん、ほどほどにお願いします。
【速報の記事です】
ソチ冬季五輪フィギュアスケート女子フリースケーティング(FS)が現地時間20日に行われ、浅田真央は冒頭のトリプルアクセルをきれいに決めると、五輪では女子選手初となる全6種類の3回転ジャンプを成功させた。FSの得点は自己ベストの142.71点をマークし、ショートプログラム55.51点との合計は198.22点。16位と出遅れた前日のSPから一気に6位入賞までジャンプアップした。
日本の鈴木明子は186.32点(SP60.97点、FS125.35点)で8位入賞。村上佳菜子は170.98点(55.60点、115.38点)で12位だった。 鈴木明子さん、ケガを押しての大健闘だと思います。村上佳菜子さん、実力は発揮できませんでしたが、胸をはって返って来て下さいね。
皆さん、それぞれのドラマと感動、本当にありがとう。
もらい泣きで、おじさんも初めての絵文字です。
私も涙を拭いて仕事に行きます。
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未来
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〜優しすぎた浅田真央さん(2014年2月20日)〜
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小平奈緒さん→悲しい顔は似合わないですよ
高梨沙羅ちゃん→女子ジャンプ陣の翼は・・・
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東京五輪の効果と悪影響→今後の未来は
東京五輪決定に思う→私の追憶1960年代
二度目の東京五輪決定に思う→その光と影
そんな真央ちゃんだから→世界が感動した
出し切って涙した→共に泣き、笑い、苦しむ
真央唖然のショート→フリーは自分のために
女子フィギュアスケートの浅田真央さん 、私の不安は的中してしまいました。
残念な出だしでしたが、私に落胆はありませんでした。
アスリートとしては優しすぎる真央さん、まだ競技はおわっていません。
フリーでは、私たちのためにではなく、自分のために、のびのびと演技してほしいです。
引退を決意しているとの報道のある彼女、そうであるならばソチ以後は、上村愛子さんのように、良き理解者であるパートナーを得て、精神的支柱を持った強い女性となって、再度の可能性を探ってほしい気がします。
こんな時こそいて欲しい母はもういません。私が、周囲が何と言おうと、彼女は誰も知らない頃の彼女にはもうもどれないのです。
ならば私たちは、「頑張れ 頑張れ」の応援が凶器となることもあることを、知っていなければならないのではないでしょうか。
思えば、彼女にとってフィギュアスケートは、楽しいだけの、だからこそ夢中で幼いころから始めたことだったはずです。
それが、気がつけばいつの間にか日本の誰しもが応援せずにはいられない存在となり、そんな周囲に驚き、戸惑っていた自分を、練習の中で懸命にごまかそうとした日々。
「頑張ってね、真央ちゃん!」そんな多くのファンの言葉が積み重なって、
楽しいだけのスケートが、「頑張らなきゃいけないんだ、頑張るんだ。」と辛く苦しいだけの道になっていったのでしょう。
思えば、マラソンの有森裕子さんは、2回目のオリンピックで銅メダルをとった時、「初めて自分で自分をほめてあげたい。」と鳴きながら語ったのは何故でしょう。
はたして有森裕子さんは、彼女自身のために銅メダルをとったのでしょうか?いいえ そうではなく、周囲の期待に応えようとしただけだったのでは?だからあんな言葉がつい・・・・。
水泳の岩崎 恭子さんは、バルセロナオリンピックの前、「決勝に残れればいい方だと思います。」と語っています。そして、誰もが想像しなかった金メダル、しかも競泳では史上最年少(14歳6日)の快挙でした。
レース直後にインタビューで「今まで生きてきた中で、一番幸せです。」と語り、一躍時の人となりました。
私たち凡人は、「いったい何年生きてきたの?」と言ったものです。
ですが、彼女にしてみれば長く辛い練習の日々は、一日千秋の思いだったはずです。
その後一躍時の人となった自身の立場に気づき、その重さに耐えかねて唐突すぎる引退(私たちにしてみれば)。それは今思うと最良の選択だった気がします。
ともわれ今夜は浅田真央さんがフリーの演技を、「ただ ただ楽しく滑って欲しい。」そう祈るばかりです。
彼女がお姉さんの姿を見てスケートを始めた、あの頃のように。
小学6年の浅田真央ちゃん
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〜女子スピードスケートの小平奈緒さん 悲しい顔は似合わないですよ
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(2014年2月12・14日)〜
小平奈緒さん→悲しい顔は似合わないですよ
高梨沙羅ちゃん→女子ジャンプ陣の翼は・・・
男子ハーフパイプ→スゴイね平岡・岡田選手
上村愛子が負けたのは→ターンの接雪時間
スロープの角野→バックサイドコーク1441
いよいよソチ五輪→頑張るベテラン日本陣
東京五輪の効果と悪影響→今後の未来は
東京五輪決定に思う→私の追憶1960年代
二度目の東京五輪決定に思う→その光と影
女子スピードスケートの小平奈緒さん 、「大人の女性のお顔になったなー」と思ったら、もう27歳なんですね。
前回のバンクバーオリンピックのパシュートで銀メダリストに輝いた時には、既に24歳だったんですね。
彼女も早くから注目されていて、おじさんは、ずーっと若い方だと思ってました。童顔だしね。
スピードスケート女子500mで5位なら大したものだと思うのですが、なぜか紙面の見出しはつれない気がします。
【毎日新聞の見出し】
2月12日 朝刊1面 「小平5位」 えっ、それだけ?
2月14日 朝刊1面 「小平13位 Sスケート女子1000」「いつも岡崎の背中があった」
2月14日 朝刊15面(スポーツ) 「小平 再び世界の壁」「究めた滑りも及ばず」
【2月14日 朝刊の記事】
長野・伊那西高3年で短距離2冠の小平が進学先に、強豪でもない信州大学を選んだのは、長野五輪男子500メートル金メダリストの清水宏保のコーチも務めた結城コーチの指導を仰ぐためだった。「やらされるのではなく、自分で考える」指導方針に共感を覚えたからだ。
姉2人の影響で3歳で氷に乗った小平は、競技経験のない父安彦さん(58)と2人で国内外の選手の滑りを参考に課題を見つけて練習法を編み出してきた。小平が「恵まれた環境だった」という、その独自の歩みの中で考える力を身につけ、信州大の卒業論文でも海外選手と自らのカーブでの滑走動作を三次元動作解析で、ひざの角度;やその後の加速に与える影響などを比較して、腰の位置を前に置く前傾姿勢のフォームへとつなげてきた。
W杯などで海外遠征中も夜まで滑走映像を見つめて修正部分などの考えを結城コーチとぶつけ合った。
ただ理論的に究極しすぎることは時に迷いを生んでしまうこともあった。結城コーチは「最後はドンとなったら、動物的に飛び込んでいくだけ。無意識のレベルにたどりつくことが重要になる」と言う。
11日の500メートルで5位入賞の原動力となった「無心の境地」。さらに追い求めての1000メートルだったが、13位に終わった。
可愛いだけではなくて、若い頃からずっと頭を使った滑りをしていたんですね。
彼女には既に団体戦でのオリンピックの輝かしい経歴があります。
しかし個人でのメダルをやはり望むのはアスリートとしてしごく当然です。
「いつも岡崎の背中があった」と言う彼女の前に、今はもう追うべき先輩の背中は有りません。
彼女自身が後輩に背中を見せる番です。
27歳ともなれば、次回のオリンピックを目指すには微妙な年齢です。
選手としてのピークは過ぎたと言われる年齢ですね。
橋本聖子さんや岡崎朋美さんは、上を目指し続けたからこそ偉大な成績を残しました。
小平選手も彼女達のように、今後もあくなきチャレンジを続けるのでしょうか?
私個人としては、もう1回、次回のオリンピックでも、その姿を見たい気がします。
あっ、そうそう。蛇足ですが、小平選手にそっくりなシンガーソングライターさんがいると紹介しているページをみつけました。その人の名は、平野里沙さんだそうです。おじさんには分かりませんが、有名な方なんですかね。そのページ細かすぎて伝わらないそっくりさん(1) です。
![]() バンクバーオリンピックのパシュートのメンバー
高木美帆選手 右は穂積雅子選手 左は小平奈緒選手(当時24歳=飯塚晋一撮影(朝日新聞)
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〜ジャンプ女子:高梨ら日本勢の翼を奪ったのはG?それともJ?
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!Sochi 2014 オリンピックシリーズ
(2014年2月12・13日)〜
小平奈緒さん→悲しい顔は似合わないですよ
高梨沙羅ちゃん→女子ジャンプ陣の翼は・・・
男子ハーフパイプ→スゴイね平岡・岡田選手
上村愛子が負けたのは→ターンの接雪時間
スロープの角野→バックサイドコーク1441
いよいよソチ五輪→頑張るベテラン日本陣
東京五輪の効果と悪影響→今後の未来は
東京五輪決定に思う→私の追憶1960年代
二度目の東京五輪決定に思う→その光と影
「金メダル確実!」と言われ続けた高梨沙羅選手の精神状態を推し量れる者がどれほどいるでしょう。
当たり前の事だが、私は国民の期待を一身に集めた経験は一度もない。
それどころか、親の期待にすら恐怖した。
そんな話にならない話しかない私ですが、高梨選手の思いを語ることをお許しいただこう。
思い起こせば、ロンドンオリンピックで「金メダルを幾つ捕るのだろう!」と、日本の期待を一身に集め、自身でも「プレッシャー?感じた事ないですね。」と語xたあのめた体操の内村航平選手ですら、体操総合の金メダル1つに終わった事は記憶に新しい。
彼にはその後「あの時メダルを量産出来なかったのはなぜ?」といった内容の質問をされて、
「なぜでしょうねーっ、・・・・何か体が言うことをきかなくて・・・・」といった内容の答えをしたとき、
テレビの前の私をはじめとする凡人どもは、「おい、おい、それをプレッシャーと言うんや!」なんて思わず画面に向かって突っ込んだものです。
失礼ながら、内村選手には、プレッシャーという形のない敵の正体を頭では理解できなかったようですね。
でもそんな愛すべきハートの彼なら外野が何を言っても心配はないと思われます。
ところが高梨選手は、いかにも真面目です。おじさんはソチオリンピック以前から心配していました。
結果は、誰もがご承知のように4位だったのですが、モーグル女子の上村愛子選手の前回と今回のオリンピック4位とは、随分印象が違いますよね。
恐らくその印象の違いは、高梨選手が本調子なら やはり金メダル間違いなしという思いが私にもあるからでしょう。
いったい彼女の翼の力を奪ったのは何だったんでしょう。一言で言ってしまえばやはり『プレッシャー(Strong pressure:重圧)』ということなのでしょうが、
私は、重力(Gravity)のGではなく、金メダル(Gold medal)のGと、日本の期待 日本(Japan)のJだったと思います。
しかし、何と言っても「こんなはずでは・・・・。」と誰よりも思っているのは高梨選手本人です。
そんな彼女に対して、毎日新聞は、以下のような見出しを画像に添えて紙面に載せました。
12日朝刊1面 「高梨は4位」 「やはりどこかが違った」
12日夕刊6面(スポーツ) 「高梨 無情の順風」 「初めて逃した表彰台」
12日夕刊10面(社会) 「今夜の涙を忘れない」 「17歳 メダルの重圧」
13日朝刊15面(スポーツ)「17の誓い もっと根太く」「高梨 父と歩むジャンプ道」「また五輪に還って来る」
長野オリンピックの男子団体金メダルメンバーだった原田雅彦さんは、自身のコーナー『原田雅彦の解雪・氷論(かいせつ・ひょうろん)』の中で、「運も必要 五輪の難しさ」という見出しと共に、「・・・・高梨の1、2回目ともに不利な追い風が吹いていた。上位4人のうち、2回とも追い風を受けたのは高梨だけ。・・・・」と記しています。
なるほど、日本国民みんなの応援も、ジャンプの瞬間の風も、追い風のはずが逆風だった。ということだったんですね。
ところで忘れてはならないのは、ジャンプ女子に挑んだのは高梨選手だけではありません。
伊藤有希選手(土屋ホーム)は 7位入賞です。おめでとうございました。なぜ紙面に画像が無いのでしょうね。
山田優梨菜選手(白馬高校)は30位でした。彼女も若いので、次回も有りますね。
そして、もう一人、日本人選手がエントリーしていました。
カナダ代表の田中温子(あつこ)選手22歳です。結果は12位と大健闘です。
彼女は両親とも日本人で、カルガリーで生まれ育ったそうです。
父が高校時代にジャンプをしていた影響で兄がジャンプを始め、サッカー少女だった彼女もその様子を見て10歳からジャンプを始めたそうです。
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〜ハーフパイプ平野歩夢・平岡卓・岡田良菜スゴイね(2014年2月12・13日)
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!Sochi 2014 オリンピックシリーズ ハーフパイプの快進撃には驚くばかりですね。
日本のスケートボードは何時からこんなに凄くなったんですか?
1枚目の画像(演技後の平野歩夢・平岡卓 両選手のツーショット画像の記事)では、私のスキャナーで取り込むには記事が大きすぎて、見出しの文字が、『5歳平野(銀)18歳平岡(銅)』 『日本 冬季最年少メ』になってしまいました。
面白いけど、いくら最年少でも5歳はないね、今後も。この、冬季最年少めっ。
今更おじさんが語らずとも・・・とは思うのですが、平野歩夢選手は試合後のインタビューの内容から、二回目の演技について、毎日新聞の紙面は以下のように紹介しています。
【平野歩夢選手の2回目の演技について】 毎日新聞
2枚目の画像の巨大な見出しは、『15の夜 白銀に舞う』だなんて、記者は尾崎豊ファンかな?
以下は2月12日7面(スポーツ)の記事
決勝の一回目に揺るぎない内容で90.75点でトップに立ったが、世界の強豪ぞろいの舞台で簡単には逃げ切れない。2回目に入りポドラチェコフ、そして平岡に抜かれ、3位まで後退して自分の出番が来た。
ここで勝負に出る。6回の空中に飛ぶトリック(技)のうち、三つめの「フロントサイド1080」(横3回転)を、「キャブダブルコーク1080」(回転軸をずらしながら横3回転)に変えて難度を上げた。
これまで一度も試したことがない構成。だが、覚悟を決めた平野に不可能はなかった。一つめで高さ4.3メートルまで飛び上がり、その後の技も着々と成功。「思ったよりきれいにできた」という快走になった。
平野歩夢選手の弟にもインタビューしていましたが、彼は平野歩夢選手の誰もまねの出来ない高さについて、小生意気に語っていましたね。
平凡なおじさんとしては、ちょっと言いたいです。「ハーフパイプ評論家は今回で卒業して、次回は君も頑張れ!選手として。そして、兄弟メダリストにね。」
絶対王者のショーン・ホワイト(27歳)は、ケガの影響?(それとも年の影響?)で屈辱の4位でしたが、彼はインタビューの中で、「・・・・・歩夢はまだ15歳ですよ、・・・・今すぐ引退すべきだね。・・・・・」という内容を語っていました。
それって平野選手を讃えるブラックジョーク、それとも自身の今後に掛けたジョークかな?
ところで銅メダルの平岡卓選手は奈良出身です。これは関西人としてとても嬉しいニュースです。
身近に雪のフィールドがない不利な条件で、ご両親の献身的なサポートには頭が下がりますし、平岡選手もそれによく答え、正に あっぱれです。加えておばあちゃんがインタビューに答えて「まさかメダルをとるなんて思ってもいなかったので・・・・」にはホッコリしました。
それにしても敵ながら金メダルのおじさんイウーリ・ポドラチコフ(25歳、でもショーン・ホワイトより若いか)は神がかりでしたね。何にあれ、その年、そのはしゃぎよう。なのに日本の少年よ、クールすぎるでしょう。
イウーリ・ポドラチコフ選手の決めた技は、コンペ史上初となる「キャブダブルコーク1440」という技で、通常のスタンスとは反対のスタンスの状態でフロントサイドに回る、縦方向2回転+横方向3回転半を同時に行う技なんですって。
そう言われてもおじさんにはよくわかりません。
こちらの動画で→http://espn.go.com/video/clip?id=espn:8887940 この回転理解できますか?
平野歩夢・平岡卓 両選手のツーショット画像の記事
平野歩夢選手 2回目最後の『キャブダブルコーク1080』
驚きの声 止まらない
この見出しは、何とか言う結婚したアイドルの幸せ発言みたいです。
王者ホワイトアウト
この見出しうまいね!私は山男でしたので、ホワイトアウトに迷ったら遭難でした。
ショーン・ホワイトは、メダル圏内から遭難しちゃいましたね。
ホワイト選手も「キャブダブルコーク1440」をやろうとしていたんですね。
岡田良菜選手もよく頑張って5位でしたね!おめでとう!! |





