☆昭和の名盤!アナログ日記☆

昭和の時代!ゲストブック☆沢田研二の世界♪「すべてはこの夜に」(1984.6)〜詞:曲/佐野元春/編:井上鑑。

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ザ・タイガースの人気が上昇中、奈良・あやめが池のショーで事故が起こる。
これを機会にGSは社会現象と化した。
GSブームが更に加速していく1968年、ザ・タイガースの人気は頂点を極めた。


ザ・タイガース
☆☆☆日 本 の 青 春☆☆☆
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タローの日記А1967年11月〜1968年5月

森本太郎が日記を書きはじめたのは、昭和40年4月1日の日付からだ。それには特別、深い意味があったわけではないが、半年ほど前にサリーやピー、かつみと友達になったことがきっかけになった。太郎の日記は、いわばグループの日記だったかもしれない。その証拠に、彼の日記帳にはメンバーの名前が各所に書かれている。
※何らかの事情により年表日付に誤りがあるが原文のまま掲載しています。
※青字は年表以外(本文及び雑誌掲載文)より抜粋して書き足しました。

http://groupsound.cocolog-nifty.com/jpg/julie27.JPG
◆1967年(昭和42年)◆

11月  3日 地方公演(高岡市)。この日は、トッポが朝寝坊をして公演地にとうとうこれなかった。プロのタレントとしては最低のことだと思う。急きょ、ぼくがリード・ギターをやることになった。 5日 ぼくたちの最初のLP「ザ・タイガース・オン・ステージ」が発売された。ぼくたちのメンバーは、奈良のあやめが池の野外ステージに出演した。この日、会場でファンの入れ替え中に混雑から少女30数人が重軽傷をおうという事件が起きた。この事件は、この日の夕刊で大々的に書かれていた。直接ぼくたちには責任はないのだが、あと味の悪い公演だった。 12日 「あやめが池事件」の影響か、先月ビデオどりを終えていたNHKテレビの<歌のグランド・ショー>の出演が突然中止になってしまった。 このことがあって以来NHKは「長髪ぎらい」だという話にまで発展してしまった。 14日 ドリフターズの主演映画「前進 前進 また前進」にワンシーン出演した。 15日 月刊雑誌「近代映画」の取材で待望の吉永小百合さんと初対談した。中学時代から小百合ファンで、京都のぼくの部屋は小百合さんの写真でいっぱいだった。
12月 2日 ブルーコメッツ、スパイダースとの合同ショーを日本武道館で開いた。東京へ出てきて1年目。なんと短い1年だったことか。 13日 サンケイ・ホールで「ザ・タイガース・チャリティ・ショー」を開いた。約70万円の純益金を不幸な子供たちに寄付した。 25日 シングル盤「君だけに愛を」が発売。 28〜29日 大阪フェスティバル・ホールで「さよなら1967年・タイガース・ショー」を開いた。 29日 ぼくたちが大阪へ公演に出掛けている間に、新宿左門町の合宿から目黒ハイツに引越した。 31日 <スターものまね大行進>の決勝大会で優勝。夜はTBSの<オールスター大行進>に出演した。

◆1968年(昭和43年)◆

1月 1〜3日 ジャズ喫茶出演。楽屋でどうにか正月気分を味わうことになってしまった。 9日 渡辺プロの新年会。 10日 <ウエスタン・カーニバル>の打合せ。 15〜22日 日劇<ウエスタン・カーニバル>。 27日 労音主催の「タイガース・ショー」(渋谷公会堂)。この日、トッポとジュリーが楽屋で大ゲンカ。いままでもふたりは、よくいい争っていたがこの日のケンカは最大級のものだった。夜、池田さん、中井さんとかつみのことでミーティングになった。
2月 10〜23日 ぼくたちの初の主演映画「世界はボクらを待っている」の撮影。朝8時、撮影開始、午後5時終了。夜はテレビのレギュラー番組、ジャズ喫茶出演とほとんど連日つづいた。 睡眠時間は平均4〜5時間ぐらいで、この強行スケジュールには少々まいった。
3月 10日 日本武道館で「花の首飾り」の発表会が開かれた。1万人のファンで武道館は超満員だった。この日の模様は、主演映画用に撮影された。 22日 映画の撮影完了。 29〜31日 大阪・梅田コマで「タイガース・ショー」、関西で初のリサイタルが開かれた。ワイルド・ワンズが友情出演。
4月 2〜7日 グァム島で6日間の休暇を楽しむ。ここ半年間、長期休暇?がなかっただけに、やはりノンビリとした休日になった。 10日 主演映画「世界はボクらを待っている」が封切られた。 20日 2枚目のLP「世界はボクらを待っている」(サウンド・トラック盤)が発売になった。
5月 4〜10日 日劇<ウエスタン・カーニバル>に出演。 17日 週刊「ティーン・ルック」の取材で、ぼくは浜松、トッポが広島、ジュリーが札幌、サリーが仙台、ピーが金沢に出発。それぞれ現地で変装して写真を撮影した。 19日 制作の池田さんから、トッポが退団したいといっていることを聞いた。 29日 休日を利用して友達といっしょに伊豆下田に旅行した。










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閉じる コメント(8)

いつも拝見させて頂いてます。
知らなかった事ばかりで「そうだったのかぁ・・・」
と何度も読み直して当時の様子を頭の中に入れてます。
これから更に進展していくのでしょうね。。。
気になります。。

2009/4/24(金) 午後 8:40 marimo 返信する

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marimoさん/いつも有難う御座います。そうですね更に進展していきますね。人気頂点の最中、バンドとしての方向性の悩みやメンバー間の確執など色々とあるようです。

2009/4/25(土) 午前 10:38 ★アナログ日記★ 返信する

貴重なドキュメンタリーですね。
とてもリアルです。

2009/4/26(日) 午後 4:08 marr 返信する

私の兄はレコードを私はCDで持っております。
物凄い熱気が伝わって来ますよね。
現在もSMAPなど若い方々のコンサートなどをテレビでは放送してはおりますがそれらとは一味違っている独特な熱気、声援がGSの場合はありましたよね。
このレコードはデビューしてあっとゆう間にトップに駆け上がる時のレコードですよね。
ついでで申し訳ありませんが失神グループでもあったオックスのライヴも物凄いものを感じてしまいました。

2009/4/26(日) 午後 4:55 [ - ] 返信する

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marrさん/そうですね、森本太郎の日記はとても貴重なものだと思います。本当はもっと詳しく書いていたようですが、出版にあたり編集もされているみたいです。

2009/4/26(日) 午後 8:37 ★アナログ日記★ 返信する

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セシモンさん/まったく仰るとおりですね、今のアイドルたちのステージとは違う独特の雰囲気がGSにはありましたですねぇ。タイガースに負けず劣らずオックスのパワーも凄かったと思います。ワタクシが見たテンプターズのショーでは何故か皆女の子たちが絶叫しながら泣いておりました(笑)

2009/4/26(日) 午後 8:45 ★アナログ日記★ 返信する

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hikoさん/色々と有難う御座います。削除の件、了解しました。
まったく心当たりがないので困惑しています(苦笑)。

2012/11/25(日) 午前 11:25 ★アナログ日記★ 返信する

hikoさん/そうでしたか。すぐに連絡して下さったそうで、本当に有難う御座いました。
あちらの管理人さんも被害に遭われていたのですか。しかし迷惑な輩です。
こちらこそ宜しくお願い致します。

2012/11/26(月) 午後 2:08 ★アナログ日記★ 返信する

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