この記事は、ザ・タイガース解散と同時に芸能界を引退したメンバーの瞳みのる(ピー)が、 1971(昭和46)年1月に芸能雑誌誌上で2ヶ月に亘り、衝撃の告白と題した手記を連載発表しました。 タイガース・ファンには懐かしいピーの手記を、当時の掲載そのままで数回に分けて再現いたします。
<タイガース>という名前は、永遠に僕の心に残るだろう。 それは栄光の象徴であるとともに、青春のニガイ苦しみであった。 4年間の演奏生活を終え、“瞳みのる”から“人見豊”にかえったピーが、今ふりかえる。 あの激しいドラムのビートの内幕にあったドラマを・・・。 ウソに満ちた“売り出し作戦”のウズのなかに、“真実の心”を失っていった・・・1月24日・・そう、ちょうどこの雑誌が本屋の店頭にならぶ頃、僕は東京・日本武道館のステージで、最後のドラムを叩いているだろう。この日の公演(ザ・タイガース・ビューティフル・コンサート)でタイガースは解散する。力いっぱい情熱をぶつけ、築き上げた名前が消えていってしまう。それは僕らの青春との告別の日なのだ。 でも、僕はその日を、悲しみや寂しさより、心からの解放感で迎えるに違いない。 これを最後に、ウソで固められた4年間の生活から解放されるのだから。 僕らのグループは、そのスタートからウソで飾られていた。 いい例が僕の年令だ。タイガースでは、僕は22才ということになっている。でも、本当は24才だ。 ジュリーを除いて、サリーもタローも、辞めたかつみも、一つか二つずつ年令をごまかしていた。 タイガースとしてデビューする時、“なるべく若いイメージを”というプロダクションの作戦で、そんな事になってしまったのだ。グループの中で僕は一番年上で、ファニーズ時代の実質的なリーダーは僕だった。 ところが、タイガースになる時に、僕の顔が童顔でリーダーのイメージに合わないという理由で、むりやりサリーとリーダーを交替させられてしまった。片方で“若いイメージを”というので年令を若く偽り、片方では“若く見えるから”という理由でリーダーを降ろされる。 勝手な話だが、スターの座を目指していた僕には、浅ましいけれど何ら反発する気力さえ無かった。 今だから言うけど、サリーは人をそらさぬ気のいい奴だ。でもリーダーとしては決断力に乏しく、最適任ではなかった。もし、かつみか僕がリーダーになっていたら、今度の問題もこんな結果にはなっていなかっただろう。 ウソはまだある。僕らがデビューすると、いろんな雑誌に“タイガース物語”といった記事が次々に出た。 その全部がウソだとは言わないが、当人の僕らがビックリするような“美談”がどれほどたくさん出たことだろう。 例えば、いよいよ上京と決まった時、僕らメンバー全員は涙ながら高校に退学届け書いたみたいな話があった。だがあの時点で曲がりなりにも高校へ行っていたのはタローと僕くらいのもので他の連中はとっくに学校なんか辞めていたのだ。みんな音楽好きの仲間だったことは間違いない。けれども“物語”にあるような、音楽一筋に打ち込んでいたというような奇麗事だけは無かった。 僕を含めて、京都の盛り場にたむろしていた、かなりワルなグループだったのだ。 でもタイガースになると同時に、そういうイメージは一切消してしまうように要求された。 僕らは当事まだ未成年だったけど、ジュリーのほかはみんなもう酒もタバコも知っていた。 だがマネージャーは最初にこう言い渡した。 「清潔なグループというイメージが壊れるから、人前では絶対に酒やタバコをやらない事」 そこで僕らは、列車の中や楽屋でタバコを吸いたくてたまらなくなると、便所に飛び込んだり押し入れの中でこっそり吸ったものだった。 こうしてグループサウンズを何もかも奇麗事に売ろうとするオトナたちのやり方に、僕は呆れ返ったがタイガースがスターになっていくに従って、それが当たり前なのだと僕も思うようになってしまったのだ。 僕はお金に人間性までを売り渡していたのだ。今、はっきりと目覚めた・・・実を言えば、タイガースは一昨年の9月で解散するはずだった。GSの人気が下火になると、僕らメンバーの気持ちはだんだんバラバラになり始めた。かつみが辞めていったのもそんな時だ。 僕らはよく、タローの家に集まって相談に明け暮れた。その時の僕の主張はこうだった。 「これ以上惨めなことにならないうちに、グループを解散しよう」 みんなも賛成した。そして、9月に正式に解散しようと固く誓ったのだ。 ところがこの誓いは簡単に破られてしまった。会社の説得に他のメンバーが負けてしまったのだ。 僕はその事でずいぶん会社とやりあったが、結果は僕が“危険児”としてマークされ、他のメンバーとの間にも深いミゾを作っただけだった。 そして、僕が恐れていたとおり、今度のような惨めな姿で解散しなければならなくなった。 しかも、そうなってまた、僕はみんなから裏切られてしまった。僕は解散する以上、タイガースという名前を完全に消してしまいたかった。だが、会社はこの名前の商品価値を捨てきれず、1年に数回、僕ら5人を集めてコンサートを開き、LPも出すというのだ。 “ファンのために!”という大義名分を立てて、活動を続けるという。そうした話は僕の耳には一切入ってこなかった。僕の知らないうちに、全てが進行してしまったのだ。 僕はこれまで人間の善意や友情を信じていた。 それがこんな形で裏切られた時、僕は仲間のみんなにこう言った。 「どうしてタイガースをこんな無残な姿で残そうとするんだ。どうして・・・・。僕の青春を賭けた“タイガース”の名前を絶対に使わせやしないぞ」と・・・・ 仲間たちが僕との誓いをホゴにして、2度までも友情を裏切ったのは結局金のためだ。 会社に逆らわずにいれば、月に50万から80万という収入が保証される。それに負けたんだ。と、僕は思う。 僕は家が貧しくて、小学校6年の時からモチ屋の小僧、牛乳配達、キャバレーのドアボーイなど数えきれないほどのアルバイトをしてきた。 そして最初の給料を手にした時、正直言って僕の心は変わってしまったと思う。考えてもみなかった大金が目の前にあった。その日、靴を、コートをセーターを買い漁った。 “僕は金持ちなんだ。この若さで親父の何倍も儲ける事ができるんだ。僕は偉大な男なのだ”と。 “金”を浪費したという点で、僕は最高だったかもしれない。サリーは家族を呼び寄せ、タローは姉さんにスナックを作ってあげた。ジュリーは自分のマンションと京都に家を建てた。 僕は“金”の持つ魔力を知っただけ。(つづく) ■60〜80年代の歌謡曲をお探しの方はこちらをどうぞ⇒「懐メロ邦楽」 ■60〜80年代のポップスをお探しの方はこちらをどうぞ⇒「懐メロ洋楽」 ☆沢田研二☆ ☆昭和30年代☆ ☆昭和40年代☆ ☆昭和50年代☆
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ムーミンさん/はぃ、ワタクシも噂は聞いた事がありました。ましてや地元京都の人たちなら知っていることですし、あの当時のタイガースの魅力や活躍には年齢などどうでもよかった感じもしました。本当に素晴らしい魅力あるグループだったですよね。
2010/2/15(月) 午後 2:02
はじめまして。
最近、こちらのブログを知り、タローの日記を拝読させていただきました。
今度はピーの手記。当時リアルタイムで読んだとき、傷心のピーがかわいそうで涙が出てきました。
メンバーの中では「悪口を書いてやめていった」と批判した方もいらしたようですが(それはそれで、わかるような気もしますが)、それでも新しい道を進もうとするためにはピーにとって必要なことだったのだと思いました。
清濁全部ひっくるめて、今でもタイガースファンです。
続きを楽しみにしています。長文失礼しました。
2010/2/16(火) 午前 6:06 [ achi ]
ach*cj*さん/はじめまして。はぃ、お気持ちよくわかります。大好きだったタイガースですのでピーとメンバーの確執は複雑な気持ちでありました。まして男性ファンとは違い、当時女子中高生だったファンの人たちはショックだったと思います。もちろんワタクシも同じ、清濁併せ呑みタイガースは大好きであります〜。
2010/2/16(火) 午後 2:40
年齢の話とか初めて知りました。こんなに不満があったなんて・・・・よほど我慢をしてたんですね。貴重な記事をありがとうございます。
2010/2/16(火) 午後 10:53 [ 徳川ひろみつ ]
とくがわ ひろみつさん/えっ!年齢の事はご存知ありませんでしたか。69年あたりから解散前にかけてのピーは雰囲気が変わりましたが、人間関係などグループを継続していくのは難しいものがあるのでしょうね。
2010/2/17(水) 午後 2:01
この記事何度も何度も最初から読ませていただいてます。
この手記は当時、となりのお姉さんに読んで聞かせてもらいました。
でも、あまりよく理解できず、何度もどういう意味か聞き返してましたが、要するに「芸能界は汚いからやめる。ファンもいらない。忘れてほしい。こんな仕事まっぴらだった」ということと、まもなく「学生になった」といってマスコミを無視して逃げていった写真を見ました。こういうことだったのかと、当時を思い出すと胸が熱くなります。
2010/4/7(水) 午前 2:48 [ **dada** ]
dadaさん/ピーが学生生活に復帰した頃、マスコミから逃げるように自転車で走り去るピーの姿を捉えた写真をワタクシも雑誌で見た記憶があります。あっ、ピーの記事だ!と思いましたが、彼は一切取材にも応じず走り去ったようでしたね。あの写真は今でも鮮明に覚えております。
2010/4/7(水) 午後 5:45
当時の雑誌にピ-の通学風景が隠し撮りされて掲載されてましたね。最近のピーの写真を見る機会がありましたが、今も若々しく当時の面影バッチリでした。昨年から元タイガ-スのメンバ-との交流が始まり再結成にはピ−が一番乗り気だと聞きました。ただ聞く限りでは演奏には参加せず舞台で挨拶するだけみたいですが・・やはり解散ライブで ”僕の生涯で最後の舞台です” と言い切った建前、難しいのでしょうか。私としてはピーのドラムが見たい。ただシロ−さんも体調が悪いと聞きました。どうなるんでしょう・・・タロ−さんは来年タイガ−スを再結成すると公の場で先日発言しましたが・・・
2010/4/14(水) 午後 6:21 [ 徳川ひろみつ ]
ひろみつさん/そうですね、現在のピーの写真を見る限りではあまり変わっておりませんね。若いです。
再結成では挨拶だけなんですか(驚)。それは残念過ぎます。確か彼はドラムも練習していると聴きましたが・・・
2010/4/15(木) 午前 11:04
ピーは新しいドラムを買ったそうですよ。
練習してると聞いています。再会の時もドラムは叩けるかの話で
大丈夫と答えたとか。
2010/4/15(木) 午後 0:15 [ **dada** ]
**dada**さん/ワタクシもピーはドラムに積極的だと聞いておりましたので、懐かしい演奏が聴けるものと信じているのですが・・
挨拶だけという情報もありますし、う〜む・・どうなるのでしょう。
オリジナル・メンバー全員揃っての演奏を聴きたいものであります。
2010/4/15(木) 午後 1:27
正直、シロ-を覗いた初期の5人での演奏が観てみたい・・私の知人が昨年ですが、タイガ-ス再結成のサポ-トメンバ−で声がかかっておりました。だから、てっきり今年に再結成するんものだと・・・どうなるんでしょうね????時は今・・・なんでしょうけど。
2010/4/15(木) 午後 6:58 [ 徳川ひろみつ ]
ひろみつさん/オリジナル・メンバーですね。ピーさえ演奏に参加してくれれば前期後期、どちらのタイガースも観たいです。欲張り過ぎるでしょうか(笑)。凄いお知り合いがおられるのですね。去年から再結成の話は出ておりましたが、その時から2年後の2011年になるとタローさんは言っていたようです。
2010/4/16(金) 午前 11:32
この記事が載った雑誌は解散直前に出たのでしょうか?
同窓会のころ、沢田さんは「解散コンサートが終わったらピーをぶっ飛ばしてやろうと思っていた」と話していましたが、
なぜかわかりませんでした。これを見れば怒るのももっともですが、私は面白いと思います。同窓会の時、タイガース側からの接触を拒否していたことがよく理解できます。
2010/6/5(土) 午後 8:53 [ tink ]
tinkさん/解散日の前後、どちらだったか?。おそらく24日以降だったように思います。発売日は25日か月末だったように記憶しているのですが。
同窓会の時にジュリーはそのようなコメントを発言しておりましたか。それは知れませんでした。
2010/6/6(日) 午前 9:06
今は2012年4月です。今年1月に、なんとピーがドラマーとしてタイガースに参加しました!もう感激で、嬉しくて嬉しくて…(涙涙)
もうそのような事はないと思っていただけに、言葉にできない喜びでした。
あの記事は、当時小6の私が二ヶ月に渡って週刊誌を買い、しっかり保管しています。読んだ時はショックが大きく、大好きなジュリーに嫌悪感を持ちました。今回正直、よく出て来れたなあと思いましたが、もうあの記事などどうでも良く、ピーの笑顔が見れた事にまさる喜びはありません!本当最高です。
2012/4/15(日) 午前 9:33 [ みちよ ]
私は悲しいけど、記事の後半もしっかり覚えていますよ。ピーは愛する恋人と別れさせられた事、ほかのGSグループは、ファンと関係を持っていた事、でもタイガースは一切そのような事はなかった事、トッポがグループを抜ける時、僕が抜けたら他のメンバーの給料が上がるだろと悪態をついた事などです。
いま切り抜いた記事は見つからないのですが、傷ついた小6の私なりに、ピーを理解して応援したい心と、なんでそんな事を書くの、という恨みで葛藤していたから、今もよく覚えていて我ながらビックリしています。しかしすごいタイガースファンだったんです。
2012/4/15(日) 午前 9:52 [ みちよ ]
みちよさん/ピーの復活は奇跡のようで、本当に嬉しく感激しましたね。最高でした。
この記事は解散前後に発売された月刊明星誌上で2回に亘って連載されました。
当時、成人男性からすればそれほど驚くべき内容でもなかったですが、小6くらいの女の子にはショッキングな記事だったと思います。
タイガースがリアルタイムだった頃のファンやタイガースにとっては事件でしたが、仰るように今となっては大した問題でもなく、親友同士の青春時代の想い出とタイガースの歴史の1ページに過ぎない出来事でしょう。
ピーの再開や今回のツアーが全てを物語っていると思います。シローやトッポの事も同様、芸能人の前に親友だからこその成り行きでしょう。
やはりタイガースは素晴しい、永遠のグループですよね。
2012/4/15(日) 午前 11:12
ブログ主様、早速のご返答有難うございます!感激しております。
あの当時は私はまだ子供でしたが、あの記事でいろいろ考えさせられ、私を一気に大人に成長?させてくれました。
ほかの方々と同様、清濁あわせてタイガースが大好きです。今もほとんどの歌を覚えてるのが驚きですが(笑)また、ピーが後の人生をどれだけ頑張ったか、ほかの所で調べて感動しました。定時制の一浪で、よく慶應大にはいれましたよね。ビックリしました。………しかし残念ながら、苦労してお小遣いを貯めて買ったレコードが、当時貸した友達から全く返ってきてないのです。家に残っているのは、ピンクのジャケットのあれ、そう「銀河のロマンス」だけです(涙)
でもブログ主様、今回よくあの記事を出してくださり、本当に感謝しております。私の記憶が正しいかどうか、ぜひ後半も載せて下さいませ。よろしくお願いいたします。
2012/4/16(月) 午前 3:05 [ みちよ ]
みちよさん/このピー告白記事は、後半も含めた全てを既にアップしております。
書庫欄の「グループサウンズ」をクリックして頂くと、記事タイトル目次が出てきます。
お手数ですが、記事投稿の日付などから過去記事を探してご覧下さい。
其々の記事に投稿されたコメントを読んでいただけば判ると思いますが、
この告白記事を全てアップした事について感謝や応援のコメントを頂きました。
しかし反対に、
リアルタイマーの熱心な一部ファンの方からは厳しい意見や批判も寄せられました。
その事もあり、告白記事の後半最後の部分となる<第4弾>のみ、
お気に入り登録者様に限り閲覧できるファン限定記事にしています。ご了承下さい。
2012/4/16(月) 午前 9:23