昭和30年代に「ロカビリー3人男」と呼ばれ、 平尾昌晃、ミッキー・カーチスと共に一世を風靡した山下敬二郎。 その彼が今月の5日に胆管ガンで亡くなっていた。71歳だった。 この訃報を知ったのが一週間後の12日に営まれた通夜を報じる小さな記事。 ショックでした・・・なにか寂しい。 まだ小学生だったワタクシが恐らく初めて意識したスターだったように思う。 山下敬二郎のレコード・デビューは1958(昭和33)年4月。 日本語でカヴァーしたポール・アンカの「ダイアナ」がデビュー・ヒットとなりました。 古い話になりますが、我が家にテレビが来たのが昭和34年頃。 ちょうど彼らロカビリー3人男が活躍していた時期でもあり、 その中でも特に印象に残ったのが山下敬二郎でありました。 リ−ゼントで決め、お洒落でいなせなスタイルの彼をカッコイイなぁと思ったものです。 他の2人はバタ臭すぎてチョット苦手かな、という印象も子供心にあった事を覚えています。 以前にも記事で書きましたが、初めて自力で手に入れたレコードも「ダイアナ」。 その当時は彼のレコードを手に入れたのが嬉しくて嬉しくて、ホント忘れられない一枚です。 今回は全盛期から20年以上過ぎた、時代は1980(昭和55)年。 そんな彼が7月に新曲として「男と汽車と古い地図」という曲をリリースしました。 この曲は山下敬二郎自身が作曲したオリジナル・ナンバー。作詞は高田ひろお、編曲は高田弘が担当。 当時、テレビの歌番組「夜のヒットスタジオ」で初めて聴きました。 テレビで聴いたのは後にも先にもこの一回だけなんですが、 この時ワタクシは猛烈に感動した事を鮮明に覚えております。 幼い頃に憧れたスターが、久々にテレビの人気歌番組に出演。 過去にスターだった四十男が、ニューミュージック華やかなりし頃に自作曲を引っ提げての登場。 黒のタキシードに身を包んだ彼の緊張感が伝わり、ワタクシは期待感で一杯になったのです。 そして、手にはギターではなくグランドピアノを前にして歌った自作曲「男と汽車と古い地図」。 大人の男が歌う、男の歌詞とメロディー。大人のニューミュージック。 その雰囲気は最高にカッコ良くて眩しかった山下敬二郎。 直ぐにレコードを購入しては何度も聴いたものでした。 80年代のレコードもお気に入りは沢山ありました。 そうだ、何も60年代と70年代だけに拘る必要はない。 今回を機会に80年頃の歌も、たまには記事にしてみよう。 新しいスタイルを確立する彼の再起に期待した「男と汽車と古い地図」。 今聴くと不思議にそれほどでもないが、当時は猛烈に感動した想い出の曲です。 そして、この半年後の1981年1月。 最後の日劇W・カーニバルの舞台で、デビュー曲「ダイアナ」を歌う彼の姿がありました。 あれからちょうど30年が経過した2011年1月。 小学生の頃に憧れたロカビリー・スター、山下敬二郎は亡くなりました。 ・・・ご冥福をお祈り致します。 ★OSの関係上、WMPが表示されず音源が聴けない場合があります。 WMPとは違った何かしらバーらしき物が表示されている状態でしたら、 試しにバーの左端横すぐ近くの何もない空白部分をクリックしてみて下さい。 ↓音源が聴ける場合がありますので、一度お試し下さい。 http://groupsound.cocolog-nifty.com/music/00-bl193.mp3(analog record upの為noiseご了承下さい。)
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山下敬二郎さん亡くなりましたね。
私はチャコでダイアナを知る前に山下敬二郎で知りました。
「バルコニーに座って」はチャコも歌っていたんですよ。
上条ボスがロカビリー出身でしたのでそういう選曲なんですね。
この曲大好きでした。
2011/1/18(火) 午後 5:43 [ IKKO ]
残念ながら山下敬二郎さんは古い映像でしか知りません。
父に柳家金ごろうさんの息子さんだと教えてもらったことは覚えています。
2011/1/19(水) 午前 11:50
IKKOさん/はぃ、残念ですが亡くなりましたね。正月はパソコンもテレビや新聞も殆ど見ない生活でしたので、亡くなった事は後で知りました。しかしチャコも「バルコニーに座って」をカヴァーしていたとは、なるほど上条氏の選曲でしたか。チャコと敬ちゃんの二人は、ヤンチャで甘えたという雰囲気が似ていたようにも思えます(笑)。
2011/1/19(水) 午後 1:42
☆GigaOnoさん/山下敬二郎は他の二人に比べると、テレビで見る事が徐々に少なくなっていったような感じもします。人気落語家だった柳家金語楼との親子関係は有名な話でしたね。当時は信じられませんでしたけど(笑)。
2011/1/19(水) 午後 2:24
泉谷しげるの提供曲もありましたよね。シングルで。またぜひ取り上げてください。
2011/1/20(木) 午前 7:22 [ fri*ti*nrec* ]
frictionreckさん/シングルで泉谷しげるの作品は知りませんでした。ファンでしたが、山下敬二郎のレコードはあまり持ってなくて(苦笑)。どちらかというとレコードはヒット曲の多かった平尾昌晃のほうを多く買いました、ハハ(笑)。
山下敬二郎のシングルでは、泉谷関連では「バイバイ・ブルース」という岡林信康の作品があります。このシングルでは泉谷しげるはアレンジを担当していました。
2011/1/20(木) 午後 2:30
自分はくわしくないので、「バイバイ・ブルース」だと思います。
自分は後はリメンバー高護編集の情報しかないです。
2011/1/20(木) 午後 7:50 [ fri*ti*nrec* ]
frictionreckさん/リメンバーは面白い冊子でしたね。山下敬二郎の特集があったのですか。ワタクシも購読しておりましたが忘れていました(苦笑)。また読み返してみたいと思います。
2011/1/21(金) 午前 9:55
山下さん、お亡くなりになってしまいましたね。ずっと前ですが東京でカントリーのコンサに行ったことがあります。その時にもご出演されていたと記憶しております。小坂一也さんとかもいらして「お前とナッシュビル」って曲を歌われてました。彼も今は天国ですものね...ご冥福をお祈りいたします。
2011/2/13(日) 午後 7:13
CHERRY★CREEKさん/はぃ、残念ですが亡くなりました。子供の頃に憧れたスターでありました。おぉ、そうなんですか。C&Wのコンサートを見に行かれたのですか。山下敬二郎を始め、小坂一也などが出演していたのですね。これは懐かしい。
あの時代の多くのスターが天国に逝ってしまいましたねぇ、寂しい限りです。
2011/2/14(月) 午前 11:06