カヴァー・ポップスがブームだった昭和30年代後半、 スリー・ファンキーズという3人組のグループが活躍していました。 彼らはジャニーズ登場以前に活躍した男性アイドルの元祖ともいえる人気グループ。 その当時大人気だった橋幸夫や坂本九とは雰囲気が違い、近所のカッコイイお兄さん達といった感じ。 当時のメンバーは高橋元太郎、長沢純、高倉一志の3人。 中でも歌が上手くて笑顔が可愛い高橋元太郎が特にお気に入りでした。 後年、テレビの人気時代劇「水戸黄門」で、あの「うっかり八兵衛」役で活躍した俳優です。 信じられないでしょうが、彼はアイドルのハシリでありました(笑)。 彼らがレコード・デビューしたのが1962(昭和37)年1月。 ワタクシがまだ10歳の頃で、彼らのレコードを強請るのに難儀した事を覚えています。 彼らはシングルではなくカヴァー・ポップスを収録したアルバムでデビューしたからです。 当時シングル1枚290円だった時代に、LPはシングル3枚分の1000円。 LPは高価なものだったので、なかなか買ってもらえません。 駄々を捏ねるワタクシを尻目に、首を立てに振ってくれない母親。 それを見かねた新し物好きの叔母がLP盤はよく買ってくれました。 状況を見計らってする、親との駆け引きは大変だったのであります。ゴネ得ですね。 そんな彼らがデビューして2年が経った1964(昭和39)年2月。 高橋元太郎は62年に脱退しており、代わって俳優の手塚しげおが加入していた時代。 長沢、高倉、手塚しげおの3人での活動が一番長く、彼らの最盛期であったといえます。 この頃になると既にワタクシはバイトもしていたので、自分で稼いだお金でレコードも買っていました。 今回は通算10枚目のシングルとして彼らがリリースした「レッツ・メイク・メモリー」 この曲は日本でも絶大な人気を誇ったイギリスのクリフ・リチャードのナンバー。 日本と西ドイツだけでシングル発売された大ヒット曲の日本語カヴァーです。 本家クリフ盤「レッツ・メイク・メモリー」はラジオで耳にしていましたが、 この時だけはスリー・ファンキーズの日本語盤を迷わず買ったという想い出のシングル。 この曲をテレビで歌っていたスリー・ファンキーズの明るく元気なコーラスが印象的。 日本語とメロディーがよくマッチして耳に馴染んだ大好きなナンバーでした。 作詞:みナみカズみ(安井かずみ)、作曲:クロンプトン、編曲:岩井直溥。 ML誌ポピュラー音楽月間売上げランキングでは、1964年2月度に最高7位を記録しました。 その後もレコード会社の関係からか、 彼らも逸早くビートルズの「抱きしめたい」を日本語でカヴァーしたりしてましたが、 翌1965年には高倉一志も抜け、新たにモデルの早瀬雅男が加わりました。 スリー・ファンキーズはメンバー・チェンジの多いグループでした。 しかし65年末に、今度は手塚しげおが脱退宣言。 これでグループは解散。 既に人気も下降していたスリー・ファンキーズでしたが、 最後は内部分裂のような形で解散したような記憶があります。 その後、手塚しげおは元の俳優業へ。 「太陽にほえろ!」での有名なジーパン刑事の殉職シーン犯人役は彼。 高倉一志は藤健次に改名、ソロ歌手として活動。 最後に加入した早瀬雅男は、その後のGSブームでザ・ビーバーズのボーカルに。 ただ一人オリジナル・メンバーだった長沢純はタレント業や実業家として成功しました。 スリー・ファンキーズはアイドルの元祖とも云える人気グループでしたが、 これといった大ヒット曲には恵まれなかったグループ。 そんな彼らがリリースしたレコードの中でも「レッツ・メイク・メモリー」はヒットしたナンバーでした。 ★WMPが表示されず音源が聴けない場合があります。 試しにバーの左端横すぐ近くの何もない空白部分をクリックしてみて下さい。 ↓音源が聴ける場合がありますので、一度お試し下さい。 http://groupsound.cocolog-nifty.com/music/00-bl194.mp3(analog record upの為noiseご了承下さい。)
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kikuママ♪さん/はぃ、デビューはジャニーズよりスリー・ファンキーズのほうが2年ほど早かったです。彼らは他にもヒット曲がありましたね。オリジナルでは「ナカナカ見つからない」などユニークな歌がありました。高橋元太郎はデビューしてから半年ほどで脱退しましたからグループ活動は短かったです。
ジャニーズがデビューした当時、メンバーの真家ひろみ氏は長沢純によく似ていると騒がれましたね(笑)。
2011/2/19(土) 午後 9:55
アナログさんこんばんは
昨日投稿した分は失敗したので再投稿です。
こんばんは。スリーファンキーズですか。
さすがに私も覚えてるとは言えない世代です。
でも全く知らないと言ってしまえば嘘になるw
>高橋元太郎は62年に脱退しており、代わって俳優の手塚しげおが加入していた時代
母親が「今度の人はあかん(手塚しげおさんか?」と言っていたような。
何故あかんかったのかそれはわかりませんけど。
2011/2/20(日) 午後 0:35
シグナルさん/こんにちは。シグナルさんはスリー・ファンキーズを少し覚えている世代なんですね(笑)。手塚しげおはスリー・ファンキーズ加入前からTVドラマなどで顔は知れていた俳優でしたが、これはお母様の好みの問題かもしれませんね(笑)。それか、もしかするとその後に加入した早瀬雅男の事かも?ですね(笑)。
2011/2/20(日) 午後 1:24
お久しぶりです。
スリー・ファンキーズは、テレビで観ていましたよ。でも、この曲はあまり記憶がないです。この時代から彼等を聴いていたなんて流石です。
私が唯一知っているのは「ナカナカ見つからない」だけです。
2011/2/20(日) 午後 10:54
アナログ様、GS時代以前に活躍したスリーファンキーズに関しては当然、記憶にございません!(笑)スリー・ファンキーズの楽曲に初めて聞いたのがた80年代に入ってから再結成してリリースされたシングルレコード「スリーファンキーズメドレー」でしたね!「レッツ・メイク・メモリー」はそのメドレーの中に含まれていて知ることになりました!
アナログ様の仰るとおり「日本語とメロディがよくマッチ」しておりますよね!(同じクリフ・リチャードでも「サマーホリディ」は日本語では歌いにくいですよね!)
その後このレコードは中古レコード屋で入手する事が出来ました!
アナログ様が購入されてから実に18年後の事でありました!(笑)
スリーファンキーズの「単体」でのCDを発売して欲しい!と思うのであります!
2011/2/21(月) 午前 5:55 [ GSに一生を捧げる男 ]
WINDさん/お久しぶりです。
スリー・ファンキーズはバラエティー番組などで大活躍してましたね。
洋楽を日本語カヴァーでよく歌っていましたが、このカヴァーは記憶にないですか。
この頃は特にカヴァー・ポップスなどが好きでした。スリー・ファンキーズもよく聴きましたが、歌はあまり上手くなかったですね(笑)。
オリジナル曲でしたが「ナカナカ見つからない」もユニークな歌で結構好きでした。
2011/2/21(月) 午後 1:23
GSに一生を捧げる男さん/その80年代に発売されたメドレーのシングル知ってます。ワタクシも買いました。確か早瀬雅男がいた最後のメンバー構成でリリースされたレコードでしたね。
しかし彼らは歌があまり上手くなかったので、特に日本語が合わないカヴァー曲は情けなくショボい出来に聴こえました(笑)。
かなり以前ですが、スリー・ファンキーズの単体CDは発売されてましたよ。現在は廃盤かもしれませんね。
2011/2/21(月) 午後 1:41
長沢純さんはテレビに出てましたので覚えています。
2011/2/22(火) 午後 2:09
☆GigaOnoさん/彼は解散後も活躍しておりましたね。
司会業では「全日本歌謡選手権」が印象深い番組でしたね。
2011/2/22(火) 午後 2:35
アナログ様、長沢純さんは80年代の初頭に開催されたGSのディナーショーの司会も務められたのでありますよ!オックスが出演している部分をビデオで見る事が出来ました!会場には何故か?離婚したばかりのずうとるびの山田先生がいて「山田君、奥さんは二人目の方がいいよ!」なんて実感のこもった(笑)アドバイスを送っていたのが印象に残っています!
長沢さん、確かボクシング界にも顔が利くのですよね!
2011/2/22(火) 午後 4:59 [ GSに一生を捧げる男 ]
GSに一生を捧げる男さん/そうでしたか。長沢純はGSイベントの司会までするとは、何とも幅広い活躍ぶりでありますね。その上ずうとるびの山田クンですか、これも懐かしい(笑)。
そうそう、そうでした!長沢純はボクシング通でした。
そんな事、忘れておりましたよ(苦笑)。しかし流石GSさん、お詳しいですねぇ。
2011/2/22(火) 午後 6:43
スリーファンキーズのこのレコードうちにあります。
リアルでは知らないんですけど親とかがファンだったらしくよく話しは聞いてました。ウェスタンカーニバルとか新宿のなんとか?って言うジャズ喫茶によく行ってたそうです。
2011/2/24(木) 午前 7:14
ヒデさん/そうなんですかぁ。お母様がスリー・ファンキーズのファンだったのですね。
ジャズ喫茶やWカーニバルのライヴにも通っていたとは、時代を感じさせてくれる素晴しいお母様であります(笑)。その当時の彼らは人気もあったので、ライヴは凄い声援を浴びていたでしょうね。
2011/2/24(木) 午後 2:54
(かなかなかなか見つからない、今どこにいるのかな〜)と歌えるのはやっぱり歳だけは一番いってそうですね。ワ、タ、シ。
高倉さんは一番お声が良かったのにはにかみ屋で引っ込み思案でしたね。高橋元太郎さんはそんなに早くやめられたんでしたっけ。
スリーフアンキーズといえば初代3人のイメージがつよいです。懐かしい音源いつもありがとうございます。
2011/12/3(土) 午前 2:17 [ 夜更かしのリリー ]
夜更かしのリリーさん/「ナカナカ見つからない」ですね(笑)。
洋楽カヴァーが多かったスリー・ファンキーズでしたが、これはオリジナル歌謡でヒットでしたね。
高橋元太郎の在籍期間は短かったですよ。後釜の手塚しげおは長かったです。
人気者だった長沢純以外、歴代メンバーみんな歌が上手かったグループでしたね(笑)。
2011/12/3(土) 午後 11:35
お久です。
ツべを散歩してましたらコミニュティ稲毛という高級マンションといおうか、一人住まいのお年寄りの方のマンションといおうか?そこに長沢純さんもお住まいで、(お一人かどうかはわかりません)お年こそめされてるけど遠目で見たら昔と変わらないままで司会をし、まだお歌も歌ってらっしゃいます。
同じマンションにジェリー藤尾さんもお住まいで、歌の力ってsごいなぁ!と思いました。皆楽しそうです。
2012/6/4(月) 午前 2:56 [ 夜更かしのリリー ]
すぐにまたツべを検索してましたら、長沢純さんがアメログをはじめてられました。前回は見なかったのになぁ?
もう70過ぎておられるけど、若さと出たがり(若さのひけつ?)は変わっておられません。どうぞ覗いてみてください。
2012/6/4(月) 午前 3:17 [ 夜更かしのリリー ]
夜更かしのリリーさん/お久しぶりです。長沢純とジェリー藤尾は同じマンションだったのですね。
長沢純が川口晶と破局後に再婚した奥さんは可愛いらしい女性でした。
何故か印象に残っております(笑)。
長沢純のブログは見た事がありますよ。あの人懐っこい笑顔は昔のままで、いつまでも彼は若々しいですよね。
2012/6/4(月) 午後 1:46
ぐうぜんに、このPageに到着しました。管理人様、ファンキーズの活躍年代がずれているかもです。TV「シャボン玉ホリデー」と年代を重ねてみてください。手塚「シゲちゃん」は、僕の目の前にいました。もち、ファンキーズ解散後ですが。シゲちゃんの死を知らされたのはLAに居住していた時期。「涙の第三国道」を暫く聞き続けてましたよ。
2015/11/16(月) 午前 11:49 [ toyohko_line ]
> toyohko_lineさん、
はじめまして、ご訪問有難う御座います。
記事中のスリーファンキーズ活躍年代がズレてますか?間違いないと思うのですが…
「シャボン玉ホリデー」(61.6-72.10)放送、「スリファン」(62.1-66.2解散)
訂正箇所をご指摘いただければ調べ直して修正します。宜しくお願い致します。
2015/11/19(木) 午後 2:22