4月26日 明日から暫く巡業だ。午前11時に起き、少し曇っていたが布団を干す。 それから部屋の大掃除に、靴下などクリーニング屋に出せない下着類の洗濯にとりかかる。 夕方からフジテレビ「ヒット速報」の仕事に出かける。 午後11時半に帰宅する。タローの熱が下がりホッとした。 4月27日 朝7時、マネージャーの電話で起される。迎えの車で羽田空港へ突っ走る。 高速道路のおかげで25分ほどで空港ロビーに着いた。 朝だというのに国内線待合室はいやに混んでいる。 「ゴールデン・ウィークを控え旅行に行くんだぜ」と、サリーが教えてくれた。 ぼくらには黄金週間も休・祭日もない。あるのはギッシリつまったスケジュールだけだ。 が、どんなに仕事が忙しくっても“つらい”とか“いやだ”と感じない。 どうやらプロ根性がやっと板について来たようだ。 大阪空港着陸の際に、もう一寸で事故になるところだったらしい。 “らしい”というのは、僕は眠っていて気がつかなかったから。 人一倍気丈夫なサリーまで顔色を変えていたところを見ると、かなりショックだったらしい。 広島で公演、同市のグランド・ホテルに泊まる。就寝午前1時。雨が烈しくホテルの窓を叩く。 http://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/music60_70/20110516/20110516131758.jpg
フェリー・ボートで松山市へ。曇天で美しい瀬戸内海の景色が見えずもっぱらウトウトする。 会場の松山市立公会堂は想像していた以上にデラックスな建物だ。 昼の公演が終り、楽屋でくつろいでいたところ、 「ジュリー、おやじさんから電話だぞ!」とのマネージャーの声にびっくりした。 (家族の誰かの身に変わった事でも起ったのだろうか?) 一瞬、不吉な予感が脳裏をかすめた。がそれは取りこし苦労だった。 会社の慰安旅行ですぐ近くの道後温泉に来てるのだった。 夜の公演終了後、車を飛ばして道後温泉にゆく。親父の顔を見るのは2ヶ月ぶりの事だ。 「体だけは大事にするんやで」という父の言葉に送られ、仲間の泊っているグランド温泉に帰る。
車で松山から高知市へ。 高知市に入る一寸手前で、僕らの車を追ってきた単車をトッポが借りて気持ちよさそうにすっ飛ばす。 市近郊のモーテルで休憩、軽い昼食を取る。 しゅろなど南国ムードの林のあちこちに駐車場付きの一軒家が建っていた。 「キャンプ場みたいだなー」と僕が言ったところ、モーテルの従業員は、 「もっぱらアベックさんが利用してますよ」との返事にびっくりする。 高新ホールでの第1回演奏の途中、突然サリーのベースが沈黙した。アンプの故障らしい。 修理するまでピーと二人で舞台に立ち、間をつなぐ。 僕が「昨年の夏に高知に来たことがあるんですよ」と話したところ、 会場のあちこちから“嘘でしょう!”の野次がとぶ。 無理もないと思う。 昨年来たとき会場に集まったのは僕らのファンでなく、ジャニーズのファンの人たちだったから・・・。 あれから約1年、ジャニーズは解散して今はない。 果たして来年の今頃、僕らはどうしているだろうか? 4月30日 僕が目を覚ました時、隣に寝ていたピーの姿はなかった。 やがて、「車で海岸をドライブしてきたよ」とピーが帰って来た。 まったくピーは疲れを知らぬタフな奴だ。 僕なんか、これから車で徳島まで4時間あまりぶっ飛ばすと聞いただけで些かうんざりしているというのに・・・・。 車は四国の背骨と呼ばれる四国山脈に向けて山道をぐんぐん登っていった。 途中までよかった道も、大豊のあたりからは完全なデコボコ道となりはじめる。 これじゃ眠るどころじゃなかった。 峠を越して少し下ったところに有名な大歩危、小歩危の名勝があり、車から降りて見物する。 「京都の保津川に似てるな・・・」ピーとトッポが、同時に叫ぶ。 両岸の景色といい、急流といいどことなく保津川に似ていた。 徳島に近づくにつれて車が混み始め、会場に着いたのは開演3分前だった。 これは後ほど耳にしたのだが、市内の中・高校の先生が会場付近に立っていて、 僕らの公演を見に来た学生をだいぶ追い返したそうだ。 第1回目の公演の時、一部に空席が目立ったのはそのせいかもしれない。 実の卑劣だと思う。僕らの音楽のどこが悪いのだろうか? 一度、そういう先生たちに僕らの演奏を見てもらいたいものだ。 5月1日 快晴。 ピーが「飛行機が出るまで釣りをしようよ」と提案したが、 急な事でどうしても船が見つからずオジャンとなる。 かわりに新緑の吉野川沿いを散歩したりする。 午後3時25分、僕らを乗せたYS11は飛び立った。 鳴門海峡を一跨ぎし、まっすぐ東京に向けて・・・・。 新緑の5月、僕の大好きな季節にがんばるゾ!
CgBGcI6cvo">http://park.geocities.jp/rutouch/souko4/youtubeplayer.swf?txt=0$$CgBGcI6cvo ■60〜80年代の歌謡曲をお探しの方はこちらをどうぞ⇒「懐メロ邦楽」 ■60〜80年代のポップスをお探しの方はこちらをどうぞ⇒「懐メロ洋楽」 ☆沢田研二☆ ☆昭和30年代☆ ☆昭和40年代☆ ☆昭和50年代☆
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ソルボンヌさん/いえ、ジュリーの親父さんの写真は何度か公開されておりますよ。
目元がジュリー似のハンサムなお父さんです。
ジュリー二世はもう立派な大人でしょうね。
ジュリー似か?ピーナッツ似か?気になるところです(笑)。
2011/5/20(金) 午前 10:58
秀和さん/当時そこまで意識せずに読んでましたが、その時期から扱いが違ってましたか(笑)。
トッポを機会にGS人気メンバーが次々に脱退していった事が関係しているのではないでしょうか。GSが凋落していくようなイメージの悪い時期でもありましたし、実際人気は急落しましたからね。
近代映画は他の号もありましたが、既に物置の奥の奥の方に片付けてしまいました(苦笑)。
出来るだけ近々にでも再度引っ張り出してみますので、暫くの間お待ち下さいね。
2011/5/20(金) 午前 11:14
読ましてもらっています〜
何気ない一日(日記ですから当たり前ですが)を綴っていますが、
多分、ヘタな加筆などないそのままの内容って感じがします。
ジュリーの親父さんの画像は「我が名はジュリー」などで
公開されていますね。ほんと目元はジュリーそのまま。
ご両親に感謝でしょう〜w
2011/5/22(日) 午前 6:23
実にジュリーらしい19歳の頃の日記だと思いながら読みました。本当にジュリーって真面目なんだとつくづく思いました。
2011/5/22(日) 午前 9:09 [ マーサン ]
Lv♪エルヴィ♪さん/ジュリーの何気ない一日がよく分かりますね。
「我が名はジュリー」をお持ちですか。あの自伝は見応えがありました。
親父さん、ジュリーと似てましたね(笑)。なかなかのハンサムでした。
2011/5/22(日) 午前 10:38
ju0625jpさん/飾らないジュリーの一面が窺える日記ですよね。
昔からどこかジュリーには生真面目なイメージがあったのですが、
それもプロ意識の強さから伝わっていたのかもしれませんね。
2011/5/22(日) 午前 10:42
アナログさん、ちょこっとご無沙汰です。
ジュリーの日記、その1・その2を拝見。
まず、みんな若いな〜!って思いました。
勿論、姿も若いんですが、
文章から出てくる印象が初々しいって感じ。
2011/5/22(日) 午前 11:39 [ 奈良の虎っ子 ]
maron_roomさん/お久しぶりです。お元気ですか。
この時期のタイガースは全盛期ですね。彼ら若いですよね。
まだジュリーは二十歳前の19才ですからねぇ。
確かに初々しいですね(笑)。
2011/5/22(日) 午後 3:12
時代ですね〜 時の人でした
いまなお 現役で 活動され
末永く 頑張ってもらいたい歌手と思っています。
2011/5/22(日) 午後 10:55 [ 写 徒 ]
当時のタイガースの状況が分かる貴重な資料ですね。
でも、ジュリーは本当に当時からまじめですね。
2011/5/23(月) 午前 10:07 [ バンドマン335 ]
写徒:さん/はぃ、ジュリーは大人気のアイドルでありました。
その後も長い間トップスターとして活躍しましたね。
現在も含めた45年間、新譜をリリースし続ける現役歌手。素晴らしいです。
2011/5/23(月) 午前 11:24
バンドマン335さん/仰るように当時の状況がよく分かりますね。
ジュリー以外のメンバーが書いた日記も何れ記事にしたいと思います。
ジュリーの真摯な一面も、ファンを惹きつけた魅力かもしれませんね。
2011/5/23(月) 午前 11:27
アナログさん、こんな記事をアップされていたとは。
現在私は兵庫県在住ですが、実家は徳島にあり、小学6年の頃にタイガースの公演を見ています。
が、日付など全く覚えてなく、トッポがいた事くらいしか思い出せず、あれは一体いつの事だったのかと気になっておりました。それがこれだったんですね!昭和43年4月30日の事でありましたか・・
小6ですから母親にゴネて(方言?)連れて行ってもらい、初タイガース体験したのでした。が、しかし何せ田舎の小学生、ステージより絶叫するお姉様達をただボーゼンと見ていたような記憶しかありません。
それにしても会場周辺に中、高校教員が立っていたとは。
保護者同伴だったので入場出来たんでしょうか・・・?
あれから43年が過ぎ去り、今年の大阪で「ほぼタイガース」の一員として、ピーと再会するとは思ってもみませんでした。私は、思い出したらアカン、忘れなアカンと思い込んで、ジュリーや他のアイドルへも一切いかず、ピーの事は、タイガースの事は、忘却の彼方へと押しやっておりました。
≪続く≫
2011/10/22(土) 午前 11:31 [ cinecitta ]
≪続き≫ すみません長くて。
なので今のコンサートがあのような、いきなり立ち上ってそのままの状態で最後までいってしまうとは思いもよらず・・
こういうコンサートはそれこそ43年振りでしたので、またまたボーゼンとしてしまいました。
演歌(!)やクラシックは行ってたんですが。
でも立ったままでもいいから、もっともっと行きたい行きたい見たい見たいと思いました。2時間位なら問題なし。問題なのはチケットがない事だけ!!
長々と失礼致しました。
貴重な記事を有難うございました。
2011/10/22(土) 午前 11:49 [ cinecitta ]
cinecittaさん/当時、全盛時代のタイガース徳島公演をご覧になっていたのですね。
小6だった頃の薄れゆく記憶が蘇りましたか(笑)。
徳島はいいところですね。ワタクシは毎年、仕事やプライベートで年に数回行ってます。
GSブームが全盛の頃は、GS公演を見るのは厳しい学校が多かったですね。
保護者同伴なら入場OKという学校もあったようです。小学生なら同伴は尚更の事だったでしょう。
貴重な体験談を有難う御座います。楽しく読ませていただきました。
しかし今回のほぼタイガース・ツアー。
まさかステージで演奏するピーに再会できるとは、ワタクシも思ってもみませんでした。
これは奇跡かと思いましたね(笑)。
タイガースに熱狂し夢中になったファン、その中でも特にピーのファンだった人にとっては念願であり、こんな嬉しいひと時はなかった事でしょう。
トーク番組でもいいから、できればこのメンバーでTV出演もしてほしいですね。
2011/10/23(日) 午前 8:56
我が故郷をお褒め頂いてとても嬉しいです。有難うございます。
でも今回のほぼタイガース・ツアーに残念ながら徳島公演はありません。(しくしく)まぁ人口が四国では一番少ないし、仕方ないか〜とも思いますが・・・
四国では徳島が一番、阪神間から近くて行きやすいのはアナログさんもご存知ですよね。だから徳島のファンは神戸や大阪に見に来なさいという事なのかしら、なんて思ったり。
しかし四国の大きさと人口を考えると、三か所もやってくれるのはとても有難い事だと思っています。
悔しいので(?)12月に→高松→実家→自宅の予定です。
トーク番組見たいですね。その時はピーも関西弁でハジけて欲しいです。
2011/10/23(日) 午後 0:54 [ cinecitta ]
cinecittaさん/徳島は海の幸が美味しいですね。吉野川や山の緑と空の青さがとても美しいです。
そして徳島ラーメンは大のお気に入りであります(笑)。そういえば今回のツアーに四国三県はあっても徳島だけ無かったですが、仰るように神戸大阪あたりは近いですよね。先月徳島に行った時、偶々トッポたちの同窓会コンサート鳴門公演の広告を見ましたよ。
「徹子の部屋」あたりの番組で、メンバーたちのトークを聞きたいです(笑)。
2011/10/23(日) 午後 9:53
***内緒コメさん/うわ〜、これはどうも有難う御座います。
今PCを開いたので気が付きませんでした。
大変嬉しいのですが、仕事中です(苦笑)。あ〜〜残念です。
お気遣い頂き感謝致します。
本当に有難う御座いました。クゥ〜〜〜残念。
2011/11/19(土) 午後 0:46
***内緒コメさん/いえいえ大丈夫ですよ(笑)。同じツアーは1回見れば満足するタイプですので気になさらないで下さいね。有難う御座います。
不規則な仕事でもあり休日はあって無いようなもので、原則は決めてないのです(苦笑)。
なるべく土、日は休むようにしています。
ところでライヴは楽しんでこられましたか。地元ですので盛り上がった事でしょうね。
今回のツアーは特別なものでしたので、チケットは手に入りにくい状態でしたね。
また機会がありましたら、その時は宜しくお願い致しますね。
2011/11/21(月) 午前 11:12
***内緒コメさん/お気遣い頂きまして、有難う御座います。
☆☆感謝☆☆
2012/1/8(日) 午後 5:59