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☆☆☆昭和の名盤!アナログ日記☆☆☆
数日前の事、家族も寝静まった夜中に珍しく家でPCを開き何気にYouTubeを見ていた。
すると、なんとも懐かし〜いCMに遭遇。 昭和の時代に頻繁に流れていた大阪ローカルのCMだ。
関東の人には馴染みが薄いだろうが、
関西人なら知る人ぞ知る、食堂ビルの「ドウトン」。
ある年齢以上の人なら、このCMソングを覚えている人も多いだろう。 ♪ドウトンへ行こう〜よ 触れ合う何かがあるか〜ら
探していた味覚があるッから ホラッあのお店がドウ〜トン パパ、ドウトンだね! これは非常に懐かしい〜! 昔々の学生時代、ここでバイトをした経験がある。 常に2〜3のバイトを掛け持ちするような学生だったが、その一つに「ドウトン」の時期があった。 バイトをしたのは半年ほどだろうか・・・あまりよく覚えていない。 想い出を綴るにしても、記憶にはある程度の裏づけが必要だろう。 ネットで「ドウトン」を検索してみると、 建築家の村野藤吾という人が設計。昭和30年に開業された9階建ての総合食堂ビルとある。 どのサイトも大体この程度しか書かれていない。「ドウトン」に関する資料は少ない。 あとは己の拙い記憶だけを頼りに「ドウトン」を回想してみたい。 記憶力も怪しいので間違いがあれば指摘して下さい。 「ドウトン」は、喫茶、洋食、和食、中華などの料理ごと各フロアに分かれて営業。
各フロアに1店舗だったので、とても広い店内だったことを覚えている。 目的の料理が食べれる階でエレベーターを降りればいいのだ。 1階が喫茶店、2階が中華料理店、3階が洋食レストラン。
地下1階は従業員専用の更衣室や小さな賄い食堂があった。 最上階が事務所だったか。上階まで毎月の給料を貰いにいっていた記憶がある。 配属された仕事場所は、3階の洋食レストランだった。 4階から上は和食専門フロア等が色々あったはずだが特に覚えていない。 それは何故なら、給料日以外に4階以上に昇る用事が何も無かったからである。 仕事内容はウエイター。熱く焼かれた鉄板皿の上にステーキやハンバーグ。これが重たかった。 しかし仕事も慣れると3人前の鉄板皿とライスの合計6皿を、 両手に一度で客席まで運べるようになったりしたものだ。
特にミックス・グリルのようなものだったと思うが、これが本当に美味そうで何度ヨダレが落ちそうになったことか。 この当時は学業や他バイト日程の都合で「ドウトン」では働ける曜日や時間も限られていた。 その為にシフトの関係上から、時々だったが1階の喫茶にも廻され仕事をした。 ウエイターの仕事内容に大差はないが、3階洋食と比べ喫茶は運ぶメニューが軽くて楽だった。 「ドウトン」ビルがあった場所は、大阪一の歓楽街ミナミの戎橋から道頓堀に入って直ぐ左手。
現在の「ドウトン」ビル(正面側) 裏側から見た「ドウトン」ビル。
http://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/music60_70/20111204/20111204152152.jpg http://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/music60_70/20111204/20111204152151.jpg
左上端にあるのが道頓堀川に沿って建つ裏側から見たビル。その右隣のビルが「かに道楽」
商店街アーケード入り口の左角がジャズ喫茶「ナンバ一番」ビル跡。 http://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/music60_70/20111204/20111204152150.jpg ガラス張りの1F喫茶店内から目の前に見えるのが道頓堀。
その道頓堀筋を隔てて右斜め前の商店街角にジャズ喫茶「ナンバ一番」があった。 GSの王者ザ・タイガースがデビュー前のファニーズ時代に活躍した有名なビルである。 「ドウトン」のバイト帰りにGSを聞きに入ったことがある。 レコード未発売の無名GSだったので空席が目立っていたが、既にGSブームも下火。 彼是するうちに早くも「ナンバ一番」は昭和44年の夏頃に閉店してしまった。 左斜め前には最近閉店した有名な老舗総合食堂ビル「くいだおれ」があった。
ワタクシ的には「くいだおれ」より「ドウトン」の方が味も雰囲気も数段上だったように思う。 やはり「ドウトン」の想い出といえば食事だ。
食事は食事でも「賄い」の話である。
仕事内容が単調だっただけに楽しみといえば賄いだけ。要するに休憩時間に店から提供される食事である。 美味い物を喰わせる飲食店の賄いだけに期待したが、従業員用ともなれば別。 これが何とも酷かった。
地下1階に従業員用の狭く小さな食堂兼休憩室があり、十数人が代る代る次々に食事を交代でとっていた。 賄い係りはオバさんとオジさん、たった2人だけだったと思うが記憶は定かでない。 長いテーブルの真ん中にはドンブリに山積みされた黄色いタクアンが並べられ、 これとツヤのない冷めかけのご飯は食べ放題だった。 おかずは一品だけ。汁は無しで、温かいお茶は飲み放題(笑)。 賄いカウンターに並べられた小さな丸いアルミ皿に盛られたおかず。 それを各自一皿取り、オバさんにご飯をよそって貰い食事をする。 例えば、ある日のメニューは少量のひじき煮のみ。 おでんの日はコンニャクなどが3つ入っているだけ。
仕事中に見る豪華なメニューに比べ、あまりの落差に愕然としたものだ。 これを従業員たちは文句一つ言わずに黙々と食べるのだ。文句が出るのはバイト学生だけ。 ある時、一緒に食事をしていたベテラン従業員がこう呟いた。 「ご飯を食べさせて貰えるだけでも、有り難いと思わなくては・・・」 世の中の現実や理不尽を嫌というほど経験した大人の言葉は重い。 予算的なものもあったのだろう。もしや一種の搾取かもしれない。 この世界は使われる側は厳しい。ある意味ショックだった(苦笑)。
これが「ドウトン」で一番印象に残っている事だ(笑)。 しかし、育ち盛りの学生には辛いものがあったなぁ。
おそらく現在なら飲食店の賄いも栄養を考えたりして、それなりに豪華なのだろうな(笑)。 現在「ドウトン」は「comradeドウトン」とビル名を変えて、
各階に居酒屋やレストランのチェーン店が入るテナントビルとなっている。 想い出の場所たちは、スッカリ様変わりしてしまった・・・・・・ ■もっと、<懐メロ邦楽><GS><思い出の曲>を聴く■
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アナログさ〜ん。リンク先から抜け出せなくなるじゃないですか。
何しろコメントのトップが「京阪牛乳」ですから。
思わず、ポッポポッポハトポッポと歌っちゃいましたよ♪
関西ローカルCMの世界にひたりそうです。
ドウトンにはおそらく行った事あると思います。
食堂ビルという記憶があるのでくいだおれではなくドウトンでした。
ドウトン、くいだおれ、千日堂が御三家というところでしょうか。
2011/12/12(月) 午後 10:23
シグナルさん/少しローカル色が強過ぎましたか(笑)。
懐かしい「ドウトン」のCMを見てからというもの、色々と当時を思い出してしまいました。
YouTubeでは京阪牛乳がコメントされてましたね。千日堂も懐かしいです。
確か「ドウトン」は80年代に閉店したと思うのですが、最後まで頑張った人気の「くいだおれ」も3年前に閉店。残念でしたが、これで食堂御三家?は全て消滅してしまいましたね。
2011/12/13(火) 午後 1:56
道頓堀、いつ見ても、にぎやかですよね^^w
2011/12/16(金) 午後 9:37 [ tokei200719 ]
なんでやねんin大阪さん/昔から変わらず道頓堀だけは賑やかですね。
不況からか近年ミナミは閑古鳥が鳴いているようですよ。
昔と違い、宗右衛門町から北側の繁華街はガラガラ。夜の顔も変わりつつありますね。
2011/12/17(土) 午後 2:13
ドウトンの記事の時PCが壊れていてコメできなかったんですが、小さいとき伯父につれていってもらい目を白黒しました。大きすぎて。
何を食べたのかは定かではありませんが(それは今も同じ 笑)。
奈良から大阪へ行くのはちょっとした旅行(小学生にとって)でした。近鉄電車は上本町までしか開通してなくて、上本町の切符売り場の横の靴磨き屋さんの前ぐらいからバスに乗って、大丸やそごうまで行ってました。確かバスは16番だったかな?
どうでもいいことはよう覚えとりまっさ!
2012/1/29(日) 午前 1:48 [ 夜更かしのリリー ]
夜更かしのリリーさん/昔のことなので記憶も薄れてきてますが、ドウトンの店内は広かったですよ。
そうですね、昔は奈良と大阪いえば遠い距離に感じましたね。
今は交通機関も発達したので、奈良から大阪までは早いですね。
大阪に勤める奈良の人は通勤時間も短縮され便利になりましたね。
2012/1/29(日) 午後 2:21
味覚のアルサロ、といっていたような気がしましたが・・・
2012/9/18(火) 午後 4:27 [ きりぴぃ ]
きりぴぃさん/味覚のアルサロ!?・・・むむ、聞いたようなフレーズ。
これはドウトンでしたか。う〜む、思い出せません。
しかし確かに聞いた事が有るような・・・如何だったでしょうか。
味覚のアルサロ?…味覚のデパート?…。あぁ〜〜記憶が絡まります(笑)。
2012/9/19(水) 午後 3:01
ごめんなさい。『味覚のアルサロ』は、聞き違いでした。
youtubeで当時のCMを見たのですが『〜味覚があるから』と歌っていました・・・父親が子供を肩車しているのに『アルサロ』はおかしいですね。ただ、どこかの何かのお店で『味覚のアルサロ』という宣伝文句を見たような・・・
2012/9/27(木) 午後 2:28 [ きりぴぃ ]
きりぴぃさん/記事内にもYouTubeのCM動画を貼り付けておりますが、
このCMの歌詞は♪探していた味覚があるっから〜でしたね。懐かしいですね。
ワタクシも「味覚のアルサロ」という文句を聞いたような覚えがあるのです。
他には「味覚のデパート」とかも聞いたような気がするのですが、
しかし記憶も怪しく勘違いかもしれませんね(笑)。
2012/9/27(木) 午後 6:00
本当に懐かしいです。
昭和43年から45年頃にかけて断続的に中華フロアメインでアルバイトしてました。
ナホトカ経由ヨーロッパ貧乏旅行の資金を貯めるため。
私も記憶はあいまいですが、中華は4階だったような気がします。
2013/9/29(日) 午前 10:06 [ 団塊男 ]
団塊男さん/ドウトンでバイトされてたのですね。それもワタクシと同じ時期じゃないですかぁ。
中華フロアでしたか、ワタクシは主に3階の洋食でした。
もしや同じテーブルで一緒に賄い食べてた可能性ありますね(笑)。
当時2階フロアでカップル客の女性の晴着を過って汚したバイトが、その彼氏に殴られ大騒ぎになった事があったのですが、その時ワタクシ野次馬根性丸出しで下の2階まで見にいきました(笑)。
それが中華フロアだったような覚えが…しかしワタクシも記憶が曖昧です(苦笑)。
2013/9/29(日) 午後 0:46
リンド&リンダース(加賀テツヤのみ?)が出演していたノーベル製菓「ノーベルアマンドキッス」CM動画を何とか見たいけど残っていないみたいですね。
どこかに音だけでも残っていたら超レアですよね〜。
2013/9/30(月) 午前 1:00 [ shibaraku**7 ]
shibaraku**7さん/そういえばリンド&リンダースもCMやってましたねぇ。
ノーベル製菓といえば大阪の会社ですね。アマンドキッスでしたか。
歌にCMにと忙しいリンドが全盛の頃、彼らが馬主になって話題となりましたね。
その時はGSって儲かるんだなぁ〜と思ったものです。単純ですね(笑)。
2013/9/30(月) 午前 10:36
昭和の頃、ミナミには「ドウトン」のほか、「くいだおれ」、「千日堂」などの「食堂ビル」が立ち並んでいました。そのうちのひとつ「くいだおれ」で私も学生時代に短期間のアルバイトをしたことがありますが、ブログの筆者と同じく、私も「くいだおれ」の賄い飯のまずさに卒倒した記憶が残っています。
2017/10/28(土) 午後 11:31 [ アキボー ]
> アキボーさん、
「ドウトン」の賄いは少量のオカズが一品だけというお粗末なものでした。
しかし、あの「くいだおれ」も酷かったのですね(笑)。
どこも似たり寄ったりだったのでしょうね。
2017/10/29(日) 午前 10:59