1974年9月12日夜、人気アイドル歌手・風吹ジュンが番組収録後、テレビ局の前で数名の男たちに 車で連れ去られる事件が起きた。通報を受けた警視庁はパトカー20台を出動させ高輪Pホテルへ保護に向かう。 深夜、エレベーターを降りてきた風吹ジュンを保護。その場に一緒にいた暴力団関係者を連行した。 風吹ジュンの過去が暴き出され大スキャンダルとなる騒動の幕開けであった。 http://groupsound.cocolog-nifty.com/jpg/jun2.JPG
風吹 ジュン(ふぶき-、本名;堀川 麗子、1952年5月12日 - )は、日本の女優。 富山県富山市八尾町生まれ、高岡市と京都府で育つ。 所属事務所はパパドゥ。初代ユニチカマスコットガール。 血液型はB型。 1973年、広告ポスターのモデルとして芸能界にデビューした風吹ジュン。 その後に水着メーカーの広告で、世界的写真家デビッド・ハミルトンに日本人で初のモデルとして 撮影され、いっきにトップ・モデルの座へ登りつめ注目を浴び人気が急騰する。 74年5月、「愛がはじまる時」で歌手としてもデビュー、人気は最高潮に達した。 しかし、歌手デビューして僅か4ヶ月でこの騒動が勃発する。 当時の週刊誌によると、以前に所属していた事務所との移籍契約問題でのトラブル。 前事務所社員らとともにホテルに連行された風吹ジュンを待っていた者たちが暴力団関係者。 そこで移籍契約の無効を告げられた風吹ジュンはとりあえず口頭で話を了承する。 深夜に解放され、前事務所社長ら一団とともにホテルのロビーに降りると、そこに警官隊が待機していた。 警察は暴力団関係者を連行したが、彼女の否定もあり誘拐は成立せずすぐに釈放となった。 このような経過のもと、この夜の騒動はとりあえず落着する。 しかし、翌日の記者会見から事件の真相は少しずつ明らかにされていき、 騒動は思わぬ展開に発展していくのである。 8月まで所属していた事務所Aの給料などの待遇面で不満を持っていた風吹ジュンは、 作詞家Nの弟子を介し、事務所B社長を紹介され給料アップを条件に8月27日移籍に関する委任状を交わす。 翌28日、B社長が暴力団と関係するとリークした別の事務所Cの話に乗せられた風吹ジュンは Bと委任状を交わしたまま事務所Cとの契約を結んでしまう。 ●契約解除を認めていない事務所A ●本人の委任状を手にしている事務所B ●移籍契約を結んだとする事務所C 複雑なる三重契約という失態。風吹ジュンは記者会見の席上で 「夜から明け方までしつこく言われたんです。とにかくハンコを捺せといって、契約書みたいなものに 手を取られて拇印を捺されたんです」と、事務所側の狡猾な手口を強調した。 しかし、契約時に録音された会話のテープが後に公開され、風吹ジュンが全てを承知の上で契約していた事が判明する。 事務所間のタレント転がしと風吹ジュンの損得勘定から起きた騒動は、事務所Bに所属することで 一件落着し、芸能活動も続けていく事となるのだが、彼女の清純派というイメージは崩れ去っていった。 ちょうど第2弾シングル「涙に微笑みを」がリリースされた時期に起こった事件でもあり、 レコード・セールスを見ても彼女の人気が急落していることがよく判る。 「愛がはじまる時」(1974.5)オリコン21位10.5万枚。 「涙に微笑みを」(1974.8)オリコン52位2.9万枚。 「ふたりの舗道」(1974.11)オリコン73位0.7万枚。しかしこの後に、彼女のアイドルとしての人気を完全に打ち砕くこととなるスキャンダラスな記事が 各週刊誌に掲載され大騒動に発展するのである。 デビュー時に公表されていたプロフィール詐称に始まり、男性遍歴まで暴かれる始末。 仕舞いには風吹ジュンと同棲していたと名乗る男が登場、肉体関係まで赤裸々に語った。 清純派アイドルの正体が暴かれた瞬間、ファンは一気に落胆した。 しかし、風吹ジュンは中傷的なる暴露記事にも負けず告白手記を発表する。 「・・・・これが私の全部です。その時その時を純粋に生きてきた。 この騒動でも私を理解してくれない人に、私は弁明をしない」 自らスキャンダルな過去を積極的に肯定し、強い意思を持つ自立した女をアピールしたのである。 人気は完全に無くなった彼女であったが、翌75年に見事復活する。 人気ドラマ「寺内貫太郎一家2」など数本のTVドラマでレギュラーの座を獲得、 女優として再出発した彼女の人気も回復の兆しを見せていた。 しかし76年2月、再び彼女は騒動を起こした。バラエティー番組をスッポかしての失踪事件。 正確にいえば失踪ではなく風吹ジュンの独立問題から起こった騒動。 事務所Bとは75年9月で契約は法的にも切れており、再契約交渉中の76年1月には弁護士を通じ 2月以降、事務所Bの仕事はしないという内容証明を彼女は送っていた。 風吹ジュンは2月以降も元マネージャーとともに取った仕事を地方でこなしており、 彼女の弁護士は東京地裁に出演妨害禁止仮処分申請を提出していたのである。 事務所Bとの再契約を拒んだ理由として、 風吹ジュンは歌の才能に限界を感じドラマへ活路を見出そうとしていたが、事務所側はあくまで歌手のほうで 売り出したいと思っていた為、両者が対立したとされている。 地裁の調停は素早く、2月下旬に風吹側弁護人と事務所Bの和解が成立。 事務所Bが契約した仕事を5月まで消化、その後は風吹ジュンの芸能活動を一切妨害しないという条件で合意される。 3月、風吹ジュンは記者会見を開いた。 「自分を偽る人生はもうイヤです。私はタレント活動を人間活動としてやりたかった。 これからはやりたい仕事だけをやっていく。タレント失格と言われてもかまいません」 その後、干されたせいかどうか判らないが彼女は芸能界の表舞台、 メジャーな仕事から姿を消していくことに・・・ 彼女の凄いところはその2年後、1979年に男性誌でオールヌードを公開、 松田優作主演映画「蘇える金狼」に出演、激しいファック・シーンを演じて話題となり 見事、華々しいカムバックを遂げた。 その後も女優として順調に仕事をこなし、現在も名脇役として活躍中である。 スキャンダルにも負けず、それ自体をも踏み台にしてしたたかに自立・成長した女性のタレント像は 少なからず芸能界に大きな影響と強いインパクトを与えたタレントの一人であったであろうと思われる。 [参考文献・引用資料] 「微笑.週刊ポスト.週刊明星.週刊平凡.宝島.週刊女性.ウィキペディアetc」
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