すっかり朝夕の風が秋らしくなりました。 今回はフォーク・グループのレコードから一曲。 どちらかと云えばフォーク・ソングはワタクシ苦手とするジャンル。 しかし、このグループだけは特別でした。 後に「紙ふうせん」と「ハイ・ファイ・セット」に分裂した「赤い鳥」 「赤い鳥」がメジャー・デビューした1970年から解散する74年まで、 彼らのアルバムは当時すべて購入したほどのお気に入りグループでした。 本来「赤い鳥」の魅力はそれらアルバムにあるのですが、 今回は3枚だけ所有するシングル盤から一枚を採り上げたいと思います。 シンプルながらも心暖まるメロディーに、 詩人の黒田三郎の短くも素朴で美しい詩を乗せて歌われた名曲です。 CMソングにも起用された1973(昭和48)年5月発売の「紙風船」 作詩:黒田三郎/作曲:後藤悦治郎/編曲:瀬尾一三&赤い鳥。 オリコン最高9位、売上げ実売数18.9万枚を記録しました。 「赤い鳥」といえば「翼をください」や「竹田の子守唄」が有名ですが、 この「紙風船」も曲前半部分の詩やフレーズは記憶に残る作品です。 ♪落ちてきたら、今度はもっと、高く高くうちあげようよ〜 何度も何度も同じフレーズが繰返される歌でしたね。 前半の1コーラスが終るや否やエレキのリズムに乗って始まる間奏から転調して後半パートへ。 前半と後半では全く異なる曲調を楽しめた「紙風船」 後半では児童合唱団と歌ったポリフォニーなコーラスが魅力的でした。 以前に採り上げたヒデロザの「愛情物語」や有名な「ドレミの歌」のような、 主旋律が二つ並存する多声音楽は大好きです。 YouTubeに珍しい音源があったので貼り付けてみました。 73年9月5日放送の歌番組「ベスト30歌謡曲」で「紙風船」を歌う「赤い鳥」の音源です。 放送時間の都合上からか、曲全体を短くカットして演奏しています。
「赤い鳥」といえば、どうしても5人組グループのイメージが強いですね。 しかし「紙風船」のジャケ写真にも見れるように、 このシングルが発売される直前までの約1年間は7人のバンド編成で活動しておりました。 ギターに大村憲司、ドラムには村上“ポンタ”秀一がメンバーとして在籍。 90年代に沢田研二のバックバンド・メンバーとしても活躍した二人であります。 ワタクシが「赤い鳥」に惹かれた理由の一つに、 当時お気に入りだった作曲家・村井邦彦がプロデュースしていたこと。 シングルでは地味な印象があった「赤い鳥」でしたが、 デビュー・アルバムからソフト・ロックやポップスを展開。洋楽も沢山カヴァーしておりました。 それ以降もフォークからカントリー、ジャズ・ロックなど、 幅広いジャンルのオリジナル曲を発表していたグループであり、 一概にフォーク・グループと一括りできない魅力的なグループでした。 彼らのサウンドは、後のニューミュージックや歌謡曲に大きな影響を与えたことは間違いないでしょう。 1974年9月に分裂した「赤い鳥」のオリジナル・メンバーは、 後藤悦治郎・泰代夫妻は「紙ふうせん」に。 山本俊彦・潤子夫妻と大川茂の3人は「ハイ・ファイ・セット」を結成。 ワタクシには「赤い鳥」の魅力が其々に半減したように聴こえ、 結成から暫くは何か物足りなさを感じるグループに思った事もありましたが…
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