先日、物置から16年前のスクラップ記事が出てきました。
この記事を覚えているファンの方もいらっしゃると思います。
懐かしい当時の新聞を、そのまま画像にしてブログに載せてみました。
1995年(平成7年)、日刊スポーツ紙上で毎日連載された「この道」500人の証言。
それぞれの時代を熱く沸かせ、日本人に勇気と感動、
そして笑いと涙を与えてきたヒーローたち。
長嶋茂雄、力道山、美空ひばり、石原裕次郎ら26人。
彼らのドラマを証言形式で綴った連載企画でした。
5月16日(火)から20日(土)まで、
4回に亘り連載されたのがGSの王者「ザ・タイガース」
(何故か17日は休載。第2回は18日(木)に掲載された)
その時、記念に残しておいたスクラップです。
1995年(平成7年)5月16日(火)
「この道」500人の証言〜ザ・タイガース<1>
わずか5年でザ・タイガースは散った。
時の流れとともに、それぞれの「花の首飾り」や、
「落葉の物語」の思い出も消えた。
けれど調べは残り香のように漂って、時代の青春を生きた人々の心に蘇る。
全国に何千というグループ・サウンズが生まれていた。
タイガースはそのトップに咲いた、香水のようなブランドだった。
たたかれながらも若い世代を魅了した、貴公子たちの物語を、
4回連載します。
<証言364>エッセーストの安藤和津さん(47)
<証言365>ヒット曲のほとんどを担当、名付け親でもあった作曲家・すぎやまこういち氏(63)
<証言366>サイド・ギター担当だった森本太郎氏(48)
<証言367>豊橋俊介(46)FM802事業部長
【ザ・タイガース】
岸部おさみ(本名・岸部修三)、森本太郎(本名・同じ)、加橋かつみ(同・高橋克己)、
瞳みのる(同・人見豊)の4人が65年(昭40)6月に「サリーとプレイボーイズ」として結成したのが母体。
翌66年1月にボーカルの沢田研二(本名・同じ)を加え「ファニーズ」とし、渡辺プロと10月26日に契約。
12月に「ザ・タイガース」として改名した。
最大のヒットは加橋がボーカルを担当した68年3月発売の「花の首飾り」で70万枚を売ったが、
方向性の違いを理由に翌69年に加橋が脱退。
岸部の弟、岸部シロー(本名・岸部四郎)が参入したが、
71年(昭46)1月24日の日本武道館公演を最後に解散。
15曲のシングルとアルバム7枚は900万枚を売り上げた。
81年(昭56)と89年(平1)に一時的に再結成され話題を呼んだ。
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