17歳の小柄なヤマトナデシコが、単に東洋からやって来た”サムライの末えい”というだけでなく、 ”軽音楽界の新しい日本の代表”としての声価を高めた功績はリッパなもの。 ベネチア音楽祭では、欧米の一流歌手なみの扱いをうけ、現地の新聞に「天才的なショーウーマン」 「ヨーロッパナイズされた、大変すばらしい歌手」といった最大級の賛辞を呈されたほど。 同音楽祭事務局から「来年もぜひ音楽祭に出て欲しい。今度は、一人でなく、ウインキーズも上っしょに・・・」 といった嬉しい申し出があった。 また彼女はモンテカルロ・テレビに出演したが、これが全ヨーロッパにナマ中継されて、これまた好評を呼び 「10月ごろにもう一度出て欲しい」と申し込まれて、今秋、三度目のイタリア訪問が実現する。 特に、ボビー・ソロの「頬にかかる涙」の作曲家で、由美のために「ラ・ミア・ボーチェ」をプレゼントした ジャンニ・アルゲッティ氏は、おりから訪伊中の東和映画川喜多長政社長と会った際、 「彼女はまれにみる自然な声の持ち主で、世界的な大スターになる素質がある」と、 手放しで由美の事を褒めていたと言い、たまたま川喜多社長からこの話を聞いた西野氏を感激させていた。
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