☆昭和の名盤!アナログ日記☆

昭和の時代!ゲストブック☆沢田研二の世界♪「すべてはこの夜に」(1984.6)〜詞:曲/佐野元春/編:井上鑑。

「昭和の名盤」レコード

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1960年代、70年代にコレクションしてきた国内外盤レコードを、
数十年ぶりにもう一度いちから懐かしく聴き直しています。
その中から主観的嗜好によりヒット曲やマイナー曲に限らず、
想い出に残るレコードたちを少しずつですがブログ上に記録しながら紹介しております。           
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☆☆☆黄金の60年代!栄光の70年代!☆☆☆
☆☆☆昭和の名盤!アナログ日記☆☆☆


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Vol.3◆File-No.45◆
「地球は回るよ/トワ・エ・モワ」(1971)
☆☆☆World&Japanese Pops Late60s/Early70s☆☆☆


1969年に結成された「トワ・エ・モワ」
メンバーは山室英美子(現・白鳥英美子)芥川澄夫の二人。

69年5月のデビュー曲「或る日突然」が大ヒット、
以後も数々のヒットを放った人気デュオでした。
しかし僅か4年でグループ活動にピリオド、1973年6月に解散します。

彼らの曲はどれもソフトなフィーリングを持った良質な作品ばかりで、
当時ワタクシもお気に入りのグループでした。

そんなトワ・エ・モワのヒット曲の中から特に好きだった想い出の一曲。
1971(昭和46)年3月に発売された第7弾シングル「地球は回るよ」
この作品は作詞:山上路夫/作編曲:東海林修。
オリコン最高25位、売上げ実売数8.0万枚のスマッシュ・ヒットでした。


元々は「時は変わるとも」というタイトルで、
前年の1970年11月に催された「合歓ポピュラー・フェスティバル'70」で入賞と参加作曲家賞を受賞した作品。
同月開催の「第1回東京国際歌謡音楽祭」にもトワ・エ・モワはこの曲で参加しています。
その後「時は変わるとも」から「地球は回るよ」へタイトルが変更され、
翌71年3月に7枚目ニューシングルとしてリリースされヒットしました。

因みに、この時の音楽祭グランプリはイスラエル代表のヘドバとダビデが歌った「ナオミの夢」
この翌年に日本語で歌って大ヒットした懐かしいナンバーです。
この大会で歌ったトワ・エ・モワの「地球は回るよ」も、
ヘドバとダビデは葵まさひこ編曲でレコーディングしています。
後にシングルB面曲として発表されたが、こちらのカヴァーも遜色のない出来栄えでした。


さて、トワ・エ・モワのイメージとは少し雰囲気も違った「地球は回るよ」
メジャーな明るい曲調の軽快なアレンジがとても印象的な作品でした。
大好きだった「愛の泉」と同じく、勢いやパワーを感じさせるナンバーです。

頻繁に繰り返される転調や曲の構成も変則的で面白く魅力的。
そして後半サビ部分のCメロが聴きどころでしょうか。
突然テンポ良い6拍子のリズムに変わり、
美しいハーモニーで盛り上げるラスト展開は聴き応えも十分。
爽やかなメロディー、アレンジ共に東海林修の傑作ナンバーだと思います。


今回は珍しく妻も一緒にレコードを聴いていましたが、
妻は二回り近く離れた下の世代。トワ・エ・モワの記憶の欠片さえ無い。

この曲を初めて聴いた感想を尋ねてみると、
「なんだか学校で習うような歌やね・・・(沈黙)」

たったこれだけ・・・なんとも寂しい評価でした(笑)。


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♪「地球は回るよ/トワ・エ・モワ」(1971)

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☆☆☆トワ・エ・モワ☆☆☆
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Vol・3 ◆File-No.44◆
「友よ/岡林信康」(1968)


先月から珍しくフォーク系のレコードを、
久々に色々と引っ張り出しては懐かしく聴きました。

前回に採り上げた「赤い鳥」やフォークル系などの所謂メジャー級や、
フォーク・ソング風の歌謡曲などは当時沢山購入したものです。

しかしフォークのイメージと云えば、やはりマイナーURC系の関西フォークでしょうか。
その後の四畳半フォークなどの「かぐや姫」などもそうでした。
生ギターで唄うスタイル。あの頃のワタクシは最も苦手としたジャンルなんです。
それでも当時、とても気に入って聴いていた歌があります。
その苦手だったフォークの代表的な歌手であり「フォークの神様」と呼ばれた岡林信康の作品。

1968(昭和43)年9月に発売された両A面シングルのB面に収録された「友よ」
これは良かった。お気に入りのレコードで、よく聴きました。
作詩:岡林信康・鈴木孝雄/作曲編曲:岡林信康。

その後は岡林自身も問題の歌としたようですが、
あの時点では時代を反映していた胸に沁みる作品だったと思います。

反対にA面収録で労働者の悲哀を唄った「山谷ブルース」は、
詩も暗くマイナーで切ないイメージが先行して大嫌いな曲でした。
http://pds.exblog.jp/pds/1/201203/21/07/a0212807_7362291.jpg


ワタクシが学生だった頃、特に夢中で聴いた音楽はグループサウンズ。
社会現象になるほど流行した所謂GSブームです。
僅か2年足らずでブームは終りましたが、終焉まで没頭して聴いたものです。
GSは昔も今も変わらず一番好きな音楽ジャンルかもしれません。

その一方で人気だったのがフォーク・ソングというやつです。
それまでもフォーク調の曲は数多くヒットしていましたが、
ところがGSブームも終わった昭和44年頃からは、
プロテスト・ソングやメッセージ性の強い作品をよく耳にするようになります。

これは時代背景もありましたが、
ギター片手に商業主義とは相反するメッセージを乗せた音楽が流行りました。
反戦や反体制を訴え、学生運動や左翼思想に傾倒することが先端であり、またインテリジェントなスタイル。
日本の現実や将来を憂う学生が目立ったが、その反面、遊びにうつつをぬかす学生は我関せず。
一般的には似非左翼やノンポリが多かっただけに、
漫画の矢吹ジョーや星飛雄馬に夢中になり、網走の健さんに憧れ、藤圭子の歌に酔い痴れる……

当時チョット生意気な高校生だったワタクシは、
友人たちとよくスナックに屯していたのですが、
その店に出入りする年上の大学生をカラかったりしてました(笑)。
「よぉ、兄ちゃんら。アンポ、アンポって騒いどるけど、アンポってなんやねん?」
「アンポいうたら、日米安全保障条約に決まってるやろ」
「そんなもん知っとるわ。中身を聞いとんや?」
「それは・・・よう知らんけどな。まぁ〜とにかくや、安保延長反対しなアカンのや。安保粉砕や!」
「なんじゃそりゃ、内容も知らんのかい。アホらし〜」
ママさんが困った顔してボソッと、
「こらっ、常連さんにケンカ吹っ掛けんといてや。売上げにヒビくやないの、頼むで〜」

熱いエネルギーと軽薄さが入り混じる混沌とした時代だったように思います。
そのような時代だったからなのか、岡林信康「友よ」はとても感動的な歌に聴こえました。

友よ夜明け前の 闇の中で
友よたたかいの 炎をもやせ
夜明けは近い 夜明けは近い
友よ この闇の向こうには
友よ 輝くあしたがある…♪

やはりあの当時は、ワタクシが共感できたフォークは岡林信康くらいだったでしょうか。

アルバムまでは手が伸びませんでしたが、シングルは数枚買ったものです。
しかし関西フォーク系は殆ど縁が無かったなぁ。
岡林のバックを担当していた有名な「はっぴいえんど」すら、その後には評価も高いバンドでしたが、
恥ずかしながら未だ一曲なりと真剣に聴いたことがない有様です。

まぁワタクシのような能天気なミーハー歌謡好きには、関西フォークは無縁の世界でしたが、
岡林信康の歌だけは学生時代のホンの一時期ですが興味深く聴きました。
彼のメッセージや作品には心に響くものがあり、今も懐かしくレコードを聴いております。


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当時のスポニチ芸能ニュースで「山谷ブルース」を歌う岡林信康です。若い!



☆☆☆岡林信康☆☆☆
「昭和の名盤」ファイル・リスト初選曲歌手。



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Vol・3 ◆File-No.43◆
「紙風船/赤い鳥」(1973)


すっかり朝夕の風が秋らしくなりました。

今回はフォーク・グループのレコードから一曲。
どちらかと云えばフォーク・ソングはワタクシ苦手とするジャンル。
しかし、このグループだけは特別でした。
後に「紙ふうせん」と「ハイ・ファイ・セット」に分裂した「赤い鳥」

「赤い鳥」がメジャー・デビューした1970年から解散する74年まで、
彼らのアルバムは当時すべて購入したほどのお気に入りグループでした。
本来「赤い鳥」の魅力はそれらアルバムにあるのですが、
今回は3枚だけ所有するシングル盤から一枚を採り上げたいと思います。

シンプルながらも心暖まるメロディーに、
詩人の黒田三郎の短くも素朴で美しい詩を乗せて歌われた名曲です。
CMソングにも起用された1973(昭和48)年5月発売の「紙風船」
作詩:黒田三郎/作曲:後藤悦治郎/編曲:瀬尾一三&赤い鳥。
オリコン最高9位、売上げ実売数18.9万枚を記録しました。

「赤い鳥」といえば「翼をください」「竹田の子守唄」が有名ですが、
この「紙風船」も曲前半部分の詩やフレーズは記憶に残る作品です。

♪落ちてきたら、今度はもっと、高く高くうちあげようよ〜

何度も何度も同じフレーズが繰返される歌でしたね。
前半の1コーラスが終るや否やエレキのリズムに乗って始まる間奏から転調して後半パートへ。
前半と後半では全く異なる曲調を楽しめた「紙風船」
後半では児童合唱団と歌ったポリフォニーなコーラスが魅力的でした。
以前に採り上げたヒデロザの「愛情物語」や有名な「ドレミの歌」のような、
主旋律が二つ並存する多声音楽は大好きです。


YouTubeに珍しい音源があったので貼り付けてみました。
73年9月5日放送の歌番組「ベスト30歌謡曲」で「紙風船」を歌う「赤い鳥」の音源です。
放送時間の都合上からか、曲全体を短くカットして演奏しています。
http://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/allcd/cabinet/cd-gazou/img38025339.jpg
この当時の「赤い鳥」はメンバーにドラムの渡辺俊幸を迎えた6人編成グループ。
「赤い鳥」といえば、どうしても5人組グループのイメージが強いですね。
しかし「紙風船」のジャケ写真にも見れるように、
このシングルが発売される直前までの約1年間は7人のバンド編成で活動しておりました。
ギターに大村憲司、ドラムには村上“ポンタ”秀一がメンバーとして在籍。
90年代に沢田研二のバックバンド・メンバーとしても活躍した二人であります。


ワタクシが「赤い鳥」に惹かれた理由の一つに、
当時お気に入りだった作曲家・村井邦彦がプロデュースしていたこと。
シングルでは地味な印象があった「赤い鳥」でしたが、
デビュー・アルバムからソフト・ロックやポップスを展開。洋楽も沢山カヴァーしておりました。
それ以降もフォークからカントリー、ジャズ・ロックなど、
幅広いジャンルのオリジナル曲を発表していたグループであり、
一概にフォーク・グループと一括りできない魅力的なグループでした。
彼らのサウンドは、後のニューミュージックや歌謡曲に大きな影響を与えたことは間違いないでしょう。

1974年9月に分裂した「赤い鳥」のオリジナル・メンバーは、
後藤悦治郎・泰代夫妻は「紙ふうせん」に。
山本俊彦・潤子夫妻大川茂の3人は「ハイ・ファイ・セット」を結成。

ワタクシには「赤い鳥」の魅力が其々に半減したように聴こえ、
結成から暫くは何か物足りなさを感じるグループに思った事もありましたが…
http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/009/708/27/N000/000/000/0161.jpg http://img17.shop-pro.jp/PA01151/864/product/38354889.jpg?20111230210329
数年後、彼らは其々に「冬が来る前に」と「フィーリング」を大ヒットさせました。


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☆☆☆赤い鳥☆☆☆
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Vol・3 ◆File-No.42◆
「あなたと私/可愛和美」(1971)


可愛和美という歌手を覚えているでしょうか…

昭和44年10月に日本コロムビアのデノン・レーベルから、
「このごろ二人」という曲で歌手デビューした可愛和美。
http://www.torori.com/konogorofutari.jpg

デビューから2年近くは「シャボン玉ホリデー」や「ヤング720」など、
歌にドラマにバラエティー番組などで活躍していたマルチ・タレントです。
元々は本名でアニメ・ソングなどを歌っていたそうですが、その後は渡辺プロのスクール・メイツに在籍。
脇ながらも頻繁にTVで見かけた、忘れられないタレントの一人。
キュートな笑顔が印象的で快活な女の子でした。

今回の想い出のレコードは、可愛和美の第6弾シングル「あなたと私」
1971(昭和46)年9月にリリースされた橋本淳=筒美京平コンビによる作品。
(因みにB面は、いしだあゆみが68年に歌った名曲「夢でいいから」をカヴァー)

「あなたと私」は軽快で洒落たポップな歌謡曲。
お気に入りのナンバーでした。

何と言ってもブラスとフルートが絡むハッピーなイントロ・フレーズ。これが素晴しい。
出だしから最高の気分にさせてくれるサウンドをバックに、
明るく弾むAメロ、流れるようなBメロからサビのCメロでは彼女自身による二重唱。
軽快なメロディーと最高のアレンジ、可愛和美の歌唱力も素晴しいものでした。

ところが彼女のレコードは「あなたと私」を含め、全て売れておりません。
出す曲、出す曲、ヒットせず。所謂ところのB級アイドル歌手。
歌手としては成功しなかった可愛和美でしたが、気になる存在のタレントでした。

当時、偶々でしたが彼女の新曲即売サイン会に行ったことがあります。
「シャム猫とのら犬」という曲を歌っていた1970年の秋頃と、
その1年後となる今回の「あなたと私」が発売された1971年の秋。
合計2回もサインを貰った想い出深い歌手なのです。

「シャム猫とのら犬」のサイン・ジャケは部屋の壁に貼っていたので、いつの間にか色褪せてクシャクシャに。
結局このジャケは行方不明になってしまい、後日また新たにレコードを買い直したりしてました。
「あなたと私」も同様に2枚所有。こちらのサイン・レコードは未だ大切に残しております。

この当時、チョット驚いたのが「あなたと私」が発売された直後の岡崎友紀の新曲でした。
当時、TVドラマ「おくさまは18才」で大人気だった岡崎友紀ちゃん。
ワタクシも大好きだったアイドル。彼女のレコードは必ず買っていたのでビックリしました。

新曲「天使はこうして生まれるの」のイントロの一部が「あなたと私」にクリソツ。
どちらも橋本=筒美コンビの作品で、アレンジも同じ筒美京平。
よくある事ですが、まさか同じ時期にリリースされた新譜のイントロを使い回すとは…。

さすがに驚きましたが、当然ながら曲メロディーは全くの別物。
どちらも甲乙付け難い素晴しい出来の作品に、ファンとしては納得の満足。さすが筒美京平先生です。
興味がある人はYouTubeで2曲を聞き比べてみるのも面白いかもしれません。


昭和48年頃からは子供番組「ひらけ!ポンキッキ」の初代お姉さんとしても活躍したそうです。
ワタクシは番組を見た事がないので知りませんでしたが、
その頃に子供だった40代あたりの人なら記憶の片隅に残っているかも?ですね。

その後はコーラス・グループ「クレスト・フォー・シンガース」に加入。
女性ボーカルとして活躍した彼女は、
現在もステージでジャズ・ナンバーを披露しているそうです。

ショート・ヘアーがよく似合い、
その笑顔はキュートな子猫ちゃんと云われたりした可愛和美
とてもチャーミングで歌の上手い素敵なアイドルでした。


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Vol・3 ◆File-No.41◆
「ちいさな恋/伊東ゆかり」(1966)


多感な中学時代を過ごしたのが、ちょうど昭和40年を挟んだ3年間。
決して真面目とは云えない学生でしたが、音楽だけは大好きな少年でした。
この時代に聴いた歌謡曲やポップスは印象に残っている曲が沢山あります。
御三家や加山雄三にピーナッツ、ビートルズが来日したのも中学3年の夏休みでした。

女性歌手では渡辺プロのスパーク3人娘も人気で、レコードも沢山買ったものです。
それまでは外国のヒット・ポップスを日本語でカヴァーしていた3人でしたが、
逸早くオリジナルの歌謡曲を大ヒットさせて人気だったのが園まり。
伊東ゆかりや中尾ミエもオリジナル曲を発売してはヒットを狙っておりました。

その頃の一曲に、伊東ゆかりが歌った「ちいさな恋」という歌謡曲がありました。
1966(昭和41)年9月にリリースされたフォーク・ロック調のオリジナル曲。
作詞:水島哲/作曲:平尾昌章/編曲:井上忠夫。
とても印象に残っている作品です。

人気ロカビリー歌手から渡辺プロ専属作曲家に転身したばかりの平尾昌章が作曲。
まだ作曲家として「昌晃」に改名する前に発表した初期ナンバー。
編曲は歌うエレキ・バンドとして人気急上昇中だったブルー・コメッツの井上忠夫。
フォーク人気に肖ったメロディーや歌詞はメルヘンチックでしたが、
何と云ってもバンド・サウンドを強調したアレンジは新鮮でした。

演奏は歌手時代の平尾のバックを担当していたオールスターズワゴン。
この数ヵ月後に訪れるGSブームを象徴するような、
フォーク・ロック調に仕上がったGSサウンド歌謡の隠れた名曲です。

ちょうどフォーク・ロック風の歌謡曲が人気し始めた時期でもあり、
スパイダースの「夕陽が泣いている」、サベージの「いつまでもいつまでも」
荒木一郎の「今夜は踊ろう」やブルー・コメッツの「青い渚」などがヒット。
この「ちいさな恋」もヒットすると確信していた、ワタクシお気に入りの一曲でした。


この当時、同級生にF君というショボイ奴がいたのですが、
此奴の特技が変わっていて、これからヒットする新曲をズバリ言い当てるのです。
歌謡曲に限れば、これが何とほぼ100%の確立で的中。
今から思えば笑えるクダラン話ですが、その鋭い感性に驚いたものでした。
反対にワタクシは、いつも予想を大きく外すタイプ。
売れないと思う歌が大ヒットして、ヒットと予想する歌が全く売れない事が度々。
どうもワタクシは感性も鈍く、嗜好が偏向していたようです。

伊東ゆかり「ちいさな恋」は絶対にヒットすると予想するワタクシに対し、
F君曰く、
「こんな童謡みたいな幼稚な歌は絶対ヒットしない。伊東ゆかりには合わない」と、スパッと切り捨て!
さすがF君、鋭い感性でズバリ的中でした。

次に発表された「小指の想い出」の時も、
ワタクシは、「伊東ゆかりは色気づいたな、これは売れないな」とリリース当初は思ったが、
するとF君、「これは間違いなくヒットするよ。伊東ゆかりにピッタリのムードだ」と高評価。
数ヵ月後、ちょうど卒業式の春頃には大ヒット・・・
少し生意気な奴だったが今頃どうしているのか。素敵なジジイしとるかな。
伊東ゆかり「ちいさな恋」も、今は懐かしい想い出です・・・


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