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…と大げさなタイトルにしてしまいましたが、 何てことはありません。 私が毎月購読している声楽の専門誌の契約更新に関して。 こちらが、そのお誘い↓ 1年分 2年分 そして、 一生分????????? えっ? 私が生きている限りは この雑誌が届くということ? 一生分のお値段は、103ドルと 2年分の90ドルと比べてもかなりお得です。 2年以上続けて購読するつもりならば、 かなりのバーゲンでしょう。 でも、こんなお買い得なお値段で 一生分の契約をしてしまう、この専門誌、 行く末は大丈夫なんだろうか? 一生分というのは、 私の生涯のことではなくて、 この雑誌が存続している限りということなんじゃないか? などと深読みしてしまって 1年分だけ申し込むか 一生分にするか 迷っております。 みなさんなら、
どうします? |
I think that...
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ずばり、最近考えていること。
アメリカの国内ニュースや何気なく浮かんだ日常の疑問など。
アメリカの国内ニュースや何気なく浮かんだ日常の疑問など。
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1945年8月6日、
広島に原爆が落とされてから今年で62年目となる原爆の日。 今日は、 フィラデルフィア市内の平和の集いにて 被爆者の中村雄子さんが ご自身の貴重な体験談を語ってくださいました。 (以下、本人の了承を得て、体験談を掲載します) 1945年の7月、広島女学校の2年生で当時13歳だった中村さんは 他の同級生とともに、広島市内にある飛行機工場で働き始めました。 8月6日当日は、電休日で工場の作業もお休み。 久しぶりに泳ぎに行くことが決まり、わくわくしていた生徒たち。 そこへ、空襲警報が鳴り響いたため、工場内に待機していました。 工場の外にいた中村さんの友達が 「あっ、B−29だ!落下傘みたいなのが落ちてくる!」と指差す方向を見た途端、 まぶしい光とともにすさまじい爆風が! その破壊力のあまりの凄さに、 工場が爆弾の直撃にあったと思ったそうです。 ガラスが体につきささり血まみれになりながらも 2回目の爆弾攻撃を恐れ 裏山の防空壕へ非難。 血を洗いながすために井戸に行くと、 「黒い雨」が降ってきました。 黒い雨をガソリンの雨と思った人々は 再び防空壕へ非難。 爆心地から2.8Km、しかも工場内で被爆したため、 生き延びることができた中村さん。 一方、同じ女学校の1年生(12歳)220人は 広島市内の中心地にて野外作業中に被爆し、 全員がその日のうちに亡くなりました。 生き延びた被爆者、 広島や長崎に救援に来て被爆した人たちの多くが 原爆症で命を落としました。 中村さん自身も30代で2度の手術を経験。 その後40歳くらいまでは 冬になればすぐ風邪をひき 夏には何もやる気がおきないという 後遺症に悩まされました。 現在、中村さんは 神奈川県原爆被災者の会にて事務局長をされ、 語り部として各地で講演をされているそうです。 中村さん曰く、 「1980年代、テレビアニメで広島女学校の生徒たちのことがとりあげられたとき、 仲良くしていた友達の写真が画面に映し出されました。 前日の日記では、『明日も作業を頑張ります。』と書いていた友達。 私は、ちょっとの差で生き延びた。 無念にも亡くなった友達の思いを伝えるために、この運動に入ったのです。 世界で3万発あると言われる原子爆弾を使わせないためにも この運動を力尽きるまで続けていきたいと思っています。」 今回、フィラデルフィア、ピッツバーグなど3都市で話をするために たった一人でアメリカに来た中村さん。 今回、実際にお話を聞き、新たに知ったこともたくさんありました。 お身体を大切に、これからも、いろいろな場所で体験談を語っていただきたいなと思います。 「The War is Never the Answer!〜戦争は、けっして答えではない〜」 |
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つい数日前の出来事です。 近所の電気工事のため、 夜、一時的に停電したんです。 約束の夜10時を過ぎたあたりから 今か今かと待ち構えていると、 パソコンの画面が突然真っ暗に。 その後、室内の、そしてアパートのビル全体から 光が消えて真っ暗に。 停電を見越してあらかじめ充電してあったラップトップで いつものように日本語の単語練習に励む正雄氏を尻目に 私はキャンドルに灯を。 停電で真っ暗になったアパートは 正雄氏がキーを叩く、カタカタという乾いた音だけ。 冷蔵庫のぼぉーっと低い音も クーラーのごぉーっという音も どこかに消えてしまった。 夜というものは、本来、静かで真っ暗なものだったんですよね。 電気は現代人の生活にはなくてはならないもの。 でも、その電気がとまっても 時間は何事もなかったかのように前に進んでいく。 私たちが本当に必要としているものって 案外少ないのかもしれない。 なければないなりに どうにか工夫して生きていけるもの。 そんなことを脈絡なく考えていたら アパートが突然明るくなりました。 たった二時間のキャンドルナイト
テントの中に隠れていたような気分でした。 |
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どんな外国語でも、 初心者が最初のうちに習うことというのは 大体決まっているもの。 女の人、男の人、 子ども、大人、猫、犬 数字の読み方 お金の数え方 カレンダー 年齢 そして 時計の読み方 その時計の読み方で ジェネレーションギャップを感じることになるとは…。 去年、日本語のクラスで10代前半の子を受け持った時のこと。 ホワイトボードにアナログ時計の絵を大きくかいて 時計の読み方を説明しました。 私 「すみません、今、何時ですか?」 生徒「○時…(と答えに詰まる)」 分の場合、12よりも大きい数字が出てきますから、 60までちゃんと数字が言えないと難しいんですよね。 ところが一緒に数字を数えてみると、 12より大きい数字でもちゃんとすらすら言えるんです。 気をとりなおし 長針を3のところにもっていき… 私「じゃぁ、今は何時でしょう?」 生徒「○時…」 やっぱり○分のところで躓いてしまう。 まさかと思い、 2:15と書いてみたら、 「にじじゅうごふん!」と即答。 その後、新たに受け持った10代の子も アナログ時計を読むのが苦手でした。 どうやら、アメリカの現代っ子は アナログ時計を読む習慣がないままに 育っているようなんです。 考えてみれば、公共の場所でも 大きなアナログ時計が設置されているところは 数えるほどしかありません。 最近は、携帯電話の普及により 腕時計をする若者は随分減ったそうですが、 携帯電話の時計もあえてアナログモードに設定しなおさない限りは デジタル式です。 アナログ時計が読めない子どもたちが増えているなんて…。 小さなことですが、
大きな衝撃を受けました。 |
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フィラデルフィアのチャイナタウンは、 日本からの輸入駄菓子の宝庫。 懐かしいお菓子をみつけました。 ヨーグレット、ハイレモンって 昔からありますよね。 小学校、中学校の遠足では 必ず買ってました。 まさか、こんなところで出会えるとは! 糖衣タイプになってますが、 味は昔のまんま。 箱の裏には、 トランプの絵柄が印刷されていて 可愛い〜♪ アメリカにも日本同様、 駄菓子は売っていますが、 色も食べ物とは思えないほど鮮やかだし、 味も?なものばかり…。 やはり駄菓子は日本製だよなぁと思う 今日この頃。 みなさんは、
遠足のお菓子というと 何を持っていきましたか? |


