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作詞・作曲家のおぐら・けいさんのコラムを読んでいたら、こんな事が書いてあった。 強く望み続けたことどもが、必ずしも自分の努力とか、そのための具体的な行為の帰結としてではなく、何故か不思議としか言いようのない道筋で、獲得されたり果たされてきたと言う事実の多さに我ながら驚かされる 極めて非合理的な思い込みかもしれないけれど、人間の祈りとか願いとかを念じることとか強く想うということは、なんらかの「力」があるのではないかと感じている そして、「再会」という歌を創られたそうだ。 「あの人にまた会ってみたいなぁ」と思っていたら、次々と再会する場が訪れたそうだ。 しかも、特別に再会の為に行動をとったり、企画をしたわけでもないのに、幾つもの出逢いの機会に遭遇したというのである。 子どもの頃、祖母からよく言われた。 「仏様に一生懸命拝めば、きっと願い事が通じるよ」 子どもの頃の大人の言葉は、一生忘れないらしい。 私は、困った時や願い事を叶えて欲しい時、未だに仏様にお願いしている。 昔は、阿弥陀如来様。今は、大日如来様、と代わったけれど。時には、どこかの神社仏閣で。 確かに、一心に願うと、道が拓けると私は思っている。願い通りではなくても、ある程度満足のいった線で願いが叶う事が多い。 (なんて幼稚くさい。迷信だよ。叶うわけないわ。)一笑に付されそうだが。 普段は罰当たりな生活してるけれど、祖母の教えは間違っていない、と特にこの頃強く感じている。
そんな時に、おぐら・けいさんのコラムを読み、嬉しく思った。 |
無題
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江原さんを師としてる(笑)私としては、信じるよ^^っていうか、事実だと思ってる。目に見えることしか信じられない人間は、死んだらきっと後悔するだろうから、無理に信じなくてもいいと思うし。人に言われて聞く耳持たない人は、自分で気づくまでは何言っても無駄なんだよね。。。以前テレビで、超常現象肯定派と否定派の論争が良くやってたよね〜〜
2005/11/16(水) 午後 2:26 [ ヒサソーレ ]
このお話に似たようなことを知人から教えてもらいました。どんな状況でも「ツイテル!ありがとう!感謝します!」という言葉を言い続けていると、本当に幸せになれると・・・。たとえ、交通事故などに遭っても、「あぁ、死ななくて良かった。ツイテルなぁ!救急車を呼んでくれてありがとう。その迅速な対応に感謝します。」といった具合です。w ぼやいてばかりの人生よりも、このほうが確かに前向きですもんね。(^^♪
2005/11/16(水) 午後 6:40 [ Prowler7010 ]
アオイさん、古い話で恐縮ですが、似たような事を、「古老」と呼ばれた人たちが、祖母の話みたいに次々世代の子どもに、折に触れ話したのですね。頭が固い人は無理みたいよ。
2005/11/16(水) 午後 7:44
prowlerさん、頭の切り替えが素早く出来るには、いきなりその様には出来ないので、日頃からの心構えが大切みたいです。宗教に対してある部分では、恐れや危惧すら感じておられた小椋佳さんの言葉なので、気になりました。逃げるのではなく、前向きに捉える事は、希望に向かう道標となるのでしょうね。
2005/11/16(水) 午後 7:58
最近思うのは、「神様ってよく見てる」ってことですかねぇ。やっぱりいつか報われるって信じて頑張っている人が幸せになっている気がします。努力が足りないですね、私には。トホホ・・・。
2005/11/17(木) 午前 7:59 [ - ]
shippaibakariさん、小椋佳さんは「過度の期待は禁物だけれど、強い願望を抱き続ける事を、人にもお勧めしたい」とも言っておられます。一途な姿が、周囲の見ている人の心を打つのではないでしょうか。「弱気は損気」とか、難しい事ですが、諦めない事も大切でしょうかねぇ。
2005/11/17(木) 午後 7:48