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作詞・作曲家のおぐら・けいさんのコラムを読んでいたら、こんな事が書いてあった。 強く望み続けたことどもが、必ずしも自分の努力とか、そのための具体的な行為の帰結としてではなく、何故か不思議としか言いようのない道筋で、獲得されたり果たされてきたと言う事実の多さに我ながら驚かされる 極めて非合理的な思い込みかもしれないけれど、人間の祈りとか願いとかを念じることとか強く想うということは、なんらかの「力」があるのではないかと感じている そして、「再会」という歌を創られたそうだ。 「あの人にまた会ってみたいなぁ」と思っていたら、次々と再会する場が訪れたそうだ。 しかも、特別に再会の為に行動をとったり、企画をしたわけでもないのに、幾つもの出逢いの機会に遭遇したというのである。 子どもの頃、祖母からよく言われた。 「仏様に一生懸命拝めば、きっと願い事が通じるよ」 子どもの頃の大人の言葉は、一生忘れないらしい。 私は、困った時や願い事を叶えて欲しい時、未だに仏様にお願いしている。 昔は、阿弥陀如来様。今は、大日如来様、と代わったけれど。時には、どこかの神社仏閣で。 確かに、一心に願うと、道が拓けると私は思っている。願い通りではなくても、ある程度満足のいった線で願いが叶う事が多い。 (なんて幼稚くさい。迷信だよ。叶うわけないわ。)一笑に付されそうだが。 普段は罰当たりな生活してるけれど、祖母の教えは間違っていない、と特にこの頃強く感じている。
そんな時に、おぐら・けいさんのコラムを読み、嬉しく思った。 |
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2005年11月15日
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