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9月4日に久しぶりに記事を更新した。 「こんなことでいいのだろうか」で締めくくったその夜の夜更け・・・ 電話が鳴った。 老人ホームにいるおばaさんの所の看護師さんからだった。 「たった今、亡くなられました。どのくらいでこちらへ来れますか?」 時計を見ると、12時ちょっと過ぎたところ。 私たちは、眠気も吹っ飛んで駆けつけたのだった。 初めて分かったことだが、個室にいたおばaさんは、嘱託医の最後の診察後、「ご臨終です」で、すぐに部屋を出なければいけないことだ。 直ちに霊安室に移され、以前から予約?してあった斎場に電話をし、すぐ迎えを頼んだ。 今年97歳になるおばaさんは、斎場の積み立てがしてあったので、助かった。 真夜中の事であるが、ほどなくお迎えの車が老人ホームに到着。 こうして、11年間過ごした老人ホームを、たまたまの当直の職員さんに見送られて深夜に出て行くことになった。 土曜日は友引なので、告別式は日曜日という事になった。 そのために、私たちは冷え冷えの斎場に3泊もすることになったのだった。 「おくりびと」と言う映画が、今評判になっている。 映画はまだ観ていないが、まさに「おくりびと」のお世話になり、若い男性と女性であったが、心を込めた対応と所作に深い畏敬の念を抱いたものだ。 5年前のやはり今頃、母が亡くなった。 喪失感で落ち込んでいた私は、立原道造の一編の詩に出合った。 夏の弔い(一部分) 立原道造 逝いた私の時たちが 私の心を金にした 傷つかぬやう傷は早く愎るやうにと 昨日と明日との間には ふかい紺青の溝がひかれて過ぎてゐる今また、この詩集を引っ張り出して読んでみた。 老人ホームの帰りによく寄った、大きなショッピングセンターには、まだまだ行く気がしない。 今年の納涼祭の時に見た花火のころまでは何とか元気だったのに・・・ 老人ホームに入る前、私は我が家に来ることを勧めた。 しかし、夫の遠縁にあたるおばaさんは、我が家の姑とは何十年も前から犬猿の仲だからか、固く断られた。 でも、台湾生まれの私と台湾育ちのおばaさんは、姑に対しては「敵の味方は敵」と言う関係で数少ない同志でもあったのだ。 この世で唯一同志だったおばaさんがいなくなっってしまった。 今は、私の心を金にしてくれる時たちを待とう。
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人間模様
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大分県で発覚した教員採用をめぐる汚職事件は、不正採用された人は取り消しになる方向で捜査がすすめられているらしい。 |
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会議のメンバーが役員改選で代わり、会議の雰囲気も様変わりした。 とりわけ、2年ぶりに復活したKさんは、会長も私も苦手なタイプだ。 10人いたら1人くらいは気の合わない人がいても仕方がないが、自己中心的なところが嫌なのだ。 それに、ねっちりした喋り口で押し付けがましく、人の心にグサッとくる言葉を平気で投げつけてくるタイプ。 で、キンキンした声も嫌なのだ。 会議は2時間ほどで終わったが、ドッと疲れた。 その日の夜は、次女ファミリーと食事をする約束だったので、電車に乗って隣町へ。 こんな時、気の置けない身内との食事は楽しい。 みんなたらふく食べて、飲んで、帰り道の駅への通路は青いライトが点いていて綺麗だった。 普段、夜景を楽しむことがない私には新鮮に感じられ、嬉しくなった。 ライトアップは、心もアップする。 家に帰って、XJAPANのお気に入りの原点 「紅」 をやっぱりアップした。
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もし、セルフ式ガソリンスタンドで、釣り銭がそのまま残っていたらどうするか? |

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