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高校時代の友達Eさんがが東京から墓参のために帰ってきた。 お昼を一緒に食べようと、駅で待ち合わせて近くのイタリアンレストランに出かけた。 彼女はヴァイオリニストで、東京芸大を卒業後、東京都交響楽団に所属していた。 高校時代は、ずっと伴奏をして親しくしていたが東京に住んでいるので滅多に会えない。 会ったのは、日頃から始終会っているKさんと3人である。 この3人の共通項は、今も健在の姑と、夫との家族関係で悩んでいる点だ。 年齢は、96歳・90歳・86歳といわゆる超高齢者で、気性が強いのも共通している。 86歳のKさんの姑は、昨年新車を買って乗り回しているバリバリのやり手ババaだ。 90歳になる家の姑は、4つもサークルに所属して市内バスで夫々の会場に駆けつけている。家にいるときは畑で野菜を作るために、クワやビッチュウとかを自在に繰って耕しているのだ。 96歳になるEさんの姑は、身体が不自由で老人保健施設(ロウケン)に入っているが、気は確かなので、行く度に嫌味をタラタラ聞かされ、ウンザリして帰ってくる。 共に息子である3人の夫たちは、母親には何にも逆らえない人たちで、一卵性双生児みたいな母子。 夫・姑・妻の関係は、テレビ塔のように高い二等辺三角形に似ている。(天辺は妻) 私の周りには、このように85歳以上で、しかも意地が悪くて負けん気の強い強情な姑が少なくない。 (影で何度泣いたかしれない)=私たち 私たち可哀想な世代の悩みは尽きることがない。 当然私たちは姑、でもあるが、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の後遺症で、異常に気を遣って『嫌われない姑』になるべく努力している。 他人同士が上手くやっていこうと思ったら、肉親以上に気をつけなくてはいけないと思う。
超高齢者の多くは、そうは思っていないんだよね・・・。 |
人間模様
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運転のマナーの悪さは、概して女性に目立つ。 私だって模範的な運転をしていると胸を張って言える立場ではないが、危険運転は絶対していない、つもり・・・。 先日もある駐車場から道路に出るために赤信号で車列が続き、停止していた。 青になって車列が動き出した途端に、後ろにいた車がいきなり大きくカーブして右に出て強引に割り込んできた。 左ハンドルの赤いベンツで、助手席には男性が、運転していたのは若そうな女性だ。 地味な国産車に乗っているからと言って決して僻んでいるのではない。むしろ、大きい車に乗ってるからとこのように傍若無人な乱暴運転するような人を蔑んでいるくらいだ。 中身のない人ほど、『虎の威』を借りて自分を誇張したがるものだ。 全くバカな女だ。恥知らず。 で、午後から予定が入っている会場へと急いで走らせていた。 ふとバックミラーを見ると、後続車の運転手(これも若そうな女)は、本を読みながら運転しているではないかっ! (あぶな〜) 前方がかなり混みあってきて、渋滞で減速した途端 「キィ〜!」とスリップの音がした。 見ると、私の後ろから来る読書しながら運転していたバカな女だ。 幸い追突は免れたが、さすがにそれから本を下ろした。 こんな言い方は好きじゃないが
(この国の女性のマナー、いや規範意識、いや最低限のモラルは、どーなってしまったのか) |
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前回、仲人さんが家を手放して息子の家に移り、奥さんとも別居した事を転落人生と称したけれど、見方を変えれば、大いなる決断の結果新しい人生 を選んだ、と言う事でもある。 確かに思い出の詰まったマイホームを、若くもない人生の後半で手放すのは辛いだろう。 3人の子どもたちが巣立っていった大切な証ともなる家がもの。 しかし、この悲劇はなるべくしてなったと思う。 美人で派手好きな奥さんは、自分の物欲をセーブできずエスカレートしていったのだろう。 その片鱗は、仲人してくれた頃からみられたが、子どもたちが成人すると一層顕著になってきた。 何かの用事でお邪魔した時に、例のワニ製バッグと共に、着物を利用して作った時代劇にでも出てきそうな屏風を見せてくれたのだ。 (茶道を趣味にしていたので)着物道楽であった母を亡くした直後でもあって 「お母さんの着物、一枚私にも譲ってね」 母の着物にご執心であったことを思い出す。 既に従妹に上げたりして処分していたので適当に返事をしていた。 実直なKさんは、奥さんを愛していたのだろうが、奥さんは案外そうではなかったかも知れない。 何か欲求不満が浪費につながって、ついに奈落まで落ちてしまったとしたら、どちらも哀れとしか言いようがない。 買い物症候群も自費で賄える程度にしておこう。 これは、ささやかな浪費家の私の自戒としての独白だ。 とにかく、Kさんのほろ苦いかもしれないが新しい門出に拍手を送ろう。
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近所に住む方から電話をもらった。 「入居のお祓いをして欲しいんですが」 家は、密教系の寺院なので各種お祓いもしているから、それ自体は別段珍しい依頼ではない。 「場所はどこですか?」 の問いに 「○○神社の信号を左折して100メートルほど先の右手にある家です」 (ええ〜?それってもしかしてKさん宅では?)と思って聞いていると 「前は、Kさんと言う方が住んでおられた家で、中古住宅を買いました」 そうか、とうとう家を手放さなくてはならない羽目になってしまったんだ・・・。 このKさんこそ、私たちの結婚を勧めてくれて仲人までしてくれた人なのだ。 10年くらい前に、元々派手好きな奥さんが、海外旅行の支払いのためと言って我が家に借金に来た事があった。 いくら恩義がある人でも胡散臭い借金には貸せないという事で夫は冷たく断った経緯がある。 その後、数年前には旦那さんであるKさんがしょぼくれた風情で借金をしに我が家に来た事があり、いよいよ胡散臭くなってきた。 勿論、薄情かも知れないが、そのようなお金はないのでやはり断ったのであった。 Kさんは、実直を絵に描いたような教師で、昔だったとはいえ定年まで自転車で通勤していた素朴な人だ。 派手な奥さん自慢の新居を訪問し、娘にピアノを教えていたのだが、家庭では当時まだ珍しいグランドピアノを購入しオーディオも高価な物が設えてあって、Kさんとのアンバランスはその頃から何か波乱を含んでいて危うい印象を持っていた。 聞けば、奥さんは実家近くに住み、Kさんは他県に住んでいる息子の家に行かれたらしい。 愛着のあるかつての我が家を後にする際、「何でこうなってしまったのだろう・・・」と、涙にくれていたらしい。 しかし、近所にもそこらじゅうで借金をしてそのまま立ち去る訳だから恐らくは二度とこの生まれた土地には戻って来れないだろう、と言うのがKさんを知る人たちの思いだ。 「ワニ一匹で作ったのよ」
と、昔自慢そうに濃いグリーン色の重そうなハンドバッグを見せてくれた奥さん。 あのバッグはどうしちゃったのかなぁ〜。 |








