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こんにちは、ゲストさん
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肩書に弱い人って男女を問わずいるものだ。 名刺に裏表にいっぱい書き込んで、押し付けがましく名刺をくれる人がいる。 彼女は、お花と着付の自分流の流派を作って、師匠を名乗っているのだが、名刺を見ると首を傾げたくなるような肩書がある。 県の主催するボランティア養成事業修了証、とか地域子育て支援事業の協力員など参加すれば誰でももらう認定証まで所狭しと列記されている。 でも、彼女の場合は愛嬌があって、ちょっと滑稽だけど罪がない。 色々な事業を開催する度に、新聞社に記事の掲載を依頼する事で、特に地方の出張所に派遣されている記者とはしばしば縁がある。 その中でも、S記者は市役所内でも他の団体でも滅法評判が悪い。 理由は、態度がデカいからだ。 別に低姿勢にして欲しい、などとは思っていないが、兎に角、若いくせに、いつも苦虫噛み潰したような無愛想な表情で現れる。 普通に話が出来ないとみえて、いつもボソボソと無表情に質問する。 特に彼が、なぜ多くの人に嫌われるのかと言うと、肩書に弱いからだ。 課長以上の肩書を持った人には、豹変して腰を低くし、頭を下げる。 先日も、コンサートの入場者の数を聞いてきた時の事。 「凡そでは困るんですよ。後から訂正されても・・・。いつもそーですよね」 (事業の途中の慌ただしい中で、数なんて正確に分かるはずないじゃろ。バーカ) 傍に教育長がいたので、 「あっ、教育長さんに聞いてもらえる?」 と、振ったところ、教育長は威勢良く 「公称550人!。はっはっは〜!!」 笑い飛ばして答えてくれた。 (どう見ても、そこまでは入ってないでしょうに・・・)=私 (・・・?)=S記者 しかし、肩書に弱い苦虫仮面のS記者は、さすがに戸惑いながらも強気な事は言えない。 すごすごと引き下がるしかないのか、会場に入り、2階席でカメラを構えていた。 市と共催事業だったので、ヒラのM君がお世話してくれるので取材も押し付けてしまったが、M君も鼻であしらわれカンカンだった。 翌日の朝刊には、写真入りで記事には〜入場者550人 (市教育委員会調べ) 〜、とあった。 これで、いいんだって、目くじら立てなくても〜。 この地域の担当になって2年ほどのS記者は、顔は悪くないのに、会う度に爬虫類のように冷血な人相になってきたみたいぃ。
多分まだ駆け出しだと思うけれど、新聞記者って、そんなに偉いのか? 私は、この人勘違いしている哀れな人だと思っているけれど・・・。 |
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作詞・作曲家のおぐら・けいさんのコラムを読んでいたら、こんな事が書いてあった。 強く望み続けたことどもが、必ずしも自分の努力とか、そのための具体的な行為の帰結としてではなく、何故か不思議としか言いようのない道筋で、獲得されたり果たされてきたと言う事実の多さに我ながら驚かされる 極めて非合理的な思い込みかもしれないけれど、人間の祈りとか願いとかを念じることとか強く想うということは、なんらかの「力」があるのではないかと感じている そして、「再会」という歌を創られたそうだ。 「あの人にまた会ってみたいなぁ」と思っていたら、次々と再会する場が訪れたそうだ。 しかも、特別に再会の為に行動をとったり、企画をしたわけでもないのに、幾つもの出逢いの機会に遭遇したというのである。 子どもの頃、祖母からよく言われた。 「仏様に一生懸命拝めば、きっと願い事が通じるよ」 子どもの頃の大人の言葉は、一生忘れないらしい。 私は、困った時や願い事を叶えて欲しい時、未だに仏様にお願いしている。 昔は、阿弥陀如来様。今は、大日如来様、と代わったけれど。時には、どこかの神社仏閣で。 確かに、一心に願うと、道が拓けると私は思っている。願い通りではなくても、ある程度満足のいった線で願いが叶う事が多い。 (なんて幼稚くさい。迷信だよ。叶うわけないわ。)一笑に付されそうだが。 普段は罰当たりな生活してるけれど、祖母の教えは間違っていない、と特にこの頃強く感じている。
そんな時に、おぐら・けいさんのコラムを読み、嬉しく思った。 |
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