楽しいトホホホ生活

毎日酷暑。でも8月になればすぐに立秋だよね。

家族・友人

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5月もあと1日で終わり。
母の日にもらったプレゼントの花たちも夫々ピークを過ぎて終わりになってきた。
今日は、隣町に住む娘が、家に寄ったのでお昼は家でランチした。
娘がくれたミニバラの鉢植えも、やはりピークが過ぎた。
そういえば、息子のお嫁さんがくれたベゴニアの鉢植えは、来客用の玄関入り口に飾ってある。
枯れない様に、水をチェックしないとね。
プレゼントを眺めていると、贈り主の心遣いが感じられて嬉しく温かい気分になる。
最近、ネットを見ていると、老人に対する若者の暴言が目に余る。語彙も貧弱だけれど・・・FBは、10代から30〜40代が多くなったとのことだが、私は70代ですけれど何か?と言いたい。
ネットだけではないかもしれないが、「死ね」とか「バカ」とか、時の総理に対して呼び捨ては当たり前、自分もいずれは老人になるくせに「ジジババ」などヘイトスピーチ紛いの汚い言葉が飛び交っている。全く荒廃した世の中だ。

おまけに周りでは、年齢からくる悲惨な話を聞くことが多く憂鬱な気分になる。
あー、もー嫌な事は忘れよう〜


母の日に思うこと

お友だちのブログで、とてもジーンとくる歌詞を見つけた。
 
私の母が亡くなって7〜8年が過ぎた。
夏も終わりの早朝、病院からの連絡で駆けつけた時には既に亡くなっていた。
「夜、爪を切ると親の死に目に会えない」と、言うけれど、私はいつも夜になって爪を切っていたからか、とうとうその通りになってしまった・・と、時々思う。(根拠のない迷信だと思うけど)
 
母の日が近づいて、プレゼントらしい物を買っている人を見かけると、
(ああ、私にはもう、プレゼントする人がいないんだ)
と、無性に感傷的になる。
そして、自分の事、一番気遣ってくれる(た)人は、やっぱり母親なんだ、とも思う今日この頃。
 
イメージ 1
 
そんなこの時期に、この歌詞は、かつての自分がオーバーラップして、つい涙が出そうになった。
結局、この世にいなくなって初めて、母親の存在の偉大さが分かるのかもしれない。
歌詞は、そんな複雑な気持ちを表しているようにも思える。
生きていた時にもっと優しくしておけば良かった、と言う気持ちがジーンときて泣きそうになるのかなぁ。
 
母の日は、この世に母親がいる人もいない人も、今一度母の存在を認識してみるのもいいかもしれない・・・
 
 
 
 
 

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危うい友だち関係

ピアノ指導をしている仲間で続けていたPTCと言う音楽同好会(7名)が最近ギクシャクして存続が危なくなってきた。
凡そ20年以上も前に出来たPTCは、最初は毎年お互いの生徒を2〜3名ずつ出してコンサートを開いてきた。
市内のお洒落なホールで開いた事もあったが、途中からは仲間のKさん宅は開業医でその上お嬢さんはちょっと有名なピアニストなので、自宅の小ホールを借りて行なってきた。
でも、最近は私もそうだが、レッスンはほとんどやめてしまったので、趣味の集まりとなり、コーラスが中心になってしまった。
しかし、楽譜はすぐ読めるものだからその場で適当に歌い、段々お喋りがメインとなってきて、ここ数年はKさんが教える女医さんコーラスとの合同ミニミニコンサートになり、ますます、私たちからみればレベルの低いコンサートになってきた。
7名中4名はと高校以来の友だちだ。
その中の一人Aさんから、もう止めたい、とメールが来た。
20年も続いてきて、ある時期には毎年1泊旅行もし、とりわけAさんとKさんは付き合いが長い仲間だったのに、どうしてこうなってしまったのか分からない。
Kさんは、私たちより10歳も上だが、ある時洗礼を受けて以来、教会のオルガンを今も月一で弾きに行っている。
Kさんの父母の葬儀は、縁あって夫が導師をした。
こうして夫々つながりが出来てきたので、Kさんが止めよう、と言うまでズルズルでもいいから続けたほうが角が立たないと思うのだが、4月中に提案する、とAさんは言った。
 
長いお付き合いがこれでなくなると思うと、気が重い。
Aさんの気持ちが推し量れなくて、一層気が重い。
 
お互い姑との葛藤で同志だったが、私は2年半前に開放された。
それも原因の1つだろうか・・・
 
女の友情は難しい・・・トホホホ
 

星供養の準備の途中で

あっという間に1月も今日で終わりだ〜。
お嫁さんが女の子を出産し、家族が増えた。
お嫁さんは、高齢出産、高血圧、血糖値が高め、と、何かと危険な妊娠なので、胎児治療で有名な先生がおられる国立病院機構の医療センターでお世話になっていたのだった。
妊娠初期に、1ヶ月くらい入院していたので、ここまで辿り着けて本当に嬉しい。
心配していたが、今回はまさに「案ずるより産むは易し」だったみたいで(当人はそうでもなかったみたい)、ホッとしている。
敷地は同じだが、普段は別の生活だが退院してきたばかりなので、食事を一緒にしているし、2人の孫の面倒は見なきゃいけないしで、毎日大忙し。
 
それに、2月3日の節分が目の前に近づき、星供養のお札作りも最終段階なんだが、そんな訳で今年は大幅に遅れている。
いつもなら、7〜800枚のお札は殆んど名前書きや判押しが終わっているのだが、そこまで進んでいない。
で、本当はPC打ってる場合じゃないけれど、ちょっと息抜き!
イメージ 1
節分が過ぎたら、自分のやりたかったこと少しは出来るようになるかなぁ。
 
そうそう、長女の長女、桃子が、国立大学付属中学校入試に合格したと長女から今日電話があった。
嬉しい事が続くのはいいけれど、『好事魔多し』にならないよう、しっかり精進しお参りしたい。
 
 
 
 
姑が他界して2年が過ぎ、3回忌が終わった。
夫は妹、弟2人の4人きょうだい。
長男として、晩年の姑のお世話を献身的にしてきたのを傍で見ていた私は、つい最近まで続いた相続争いは情けないとしか言えないものだった。
妹、次弟、末弟は所詮外に出た者だから1:3に分かれ、話し合いはずっと平行線で、結局調停で漸く決着つけたという有様だ。
「絆」と言う言葉が持て囃されるこの頃、そんなものは、金銭が絡んだらあっという間に吹っ飛んでしまうと思う。
だから、「絆」をあまり好意的に、美しい最強の言葉、みたいに取り扱うと苦い思いをする、ガラスみたいなものだから過信せず用心した方がいいと私は思っている。
 
私は、結婚以来40年以上も同居してきてその間、姑には随分酷い言動で泣かされてきた。
そもそも、ブログの動機がそんな憂鬱な毎日から逃れたくて始めたくらいだから。
 
「人は、生きたように死ぬ」
「棺を閉めた時にその人の人柄が分かる」
と、誰かに聞いた事がある。
姑の死はまさにそれを実証していると私は思った。
 
調停の結果は、調停員に
「今の法律では殆んどの場合長男、又は最後まで親の世話をした者にとって、報いられるような結果にはならないから」
と、同情されたそうだ。
「親の死後は、付き合わない」
と、縁切り宣言していた義妹は、何事も無かったかのように涼しい顔をして3回忌に現われた。
姑に生き写しのようなこの義妹には二度と会いたくないと思って清々していた私はがっくり。
3回忌が終わっても、すっきりしないなんて、やっぱり姑からの開放はまだまだ先か・・・トホホホ
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今年は遅れている彼岸花、姑は嫌いだった。
あんなに美しい「天上の花」とも言われる彼岸花を、桜に優るとも劣らないくらい大好きな私は、彼岸花がますます愛おしくなるのだった。
 
 

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