楽しいトホホホ生活

毎日酷暑。でも8月になればすぐに立秋だよね。

旅ノート

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花と動物に囲まれて

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チューリップや芝桜が見ごろだと聞いて、一日牧歌の里に行って来た。

そこは、広い牧草地帯で、牛や馬、羊、山羊が放牧されていたり、乳搾りの体験や、乗馬の体験も出来る。
トロッコのような乗り物に乗って周る事も出来るし、コーナー毎に夫々のエサが百円で販売されていて与えたり、柵の中に入って直接羊や山羊と戯れる事も出来る。
エサは、鯉も家畜も形状は異なるが、牧草みたいなもので作られていて、馬などは、エサ売り台に近付いただけでじっとこちらを見ていて、そのうちに近付いてくる。
思わず情にほだされて買ってしまい、結局うさぎなど合わせて8箇所でエサをあげてしまった。

ところで、白と茶色のブチのスマートな馬がいて、スタイルの良さとまつげの長いアイシャドーでも施したのかと思うような可愛い瞳にすっかり魅了されてしまった。

飛騨牛の肉マンは、とってもでかくてホッカホカ〜
ジャージー牛のヨーグルトやソフトクリームもこってりしているのにさっぱりしていて、ホント美味しかった。

取りあえず、その雄姿をアップした。

おのぼりさんツアー

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電車で行けば2〜30分の距離にあるのに、わざわざ観光バスツアーで名所に行ってきた。

最初に行ったのは、以前にも行った「イタリア村」
お昼の時間まで、自由行動(って修学旅行みたい)なので、お店を回った。
コーラスの友人は、ここで変わったデザインのカーディガンを買って着ていた。
と言うのは、一般的には裏表が逆か?みたいなデザインだが、そこはイタリア製なので、色使いがとてもお洒落に見える。

しかし、サイズ的にぴったりくる服がなかなか見つからないので、カバン屋さんに入ったが、結局値段が折り合わず買わずじまい。

銀製の可愛い花瓶を買っただけで終わり。
お約束のバイキングは、種類も豊富で美味しかった。

その後、「大須観音」や商店街、コメヒョーを歩いた。
で、名駅前の「ミッドランドスクエア」へ。
最上階まで行くとするとエレベーターは有料。雲上の眺め?を満喫したい人はそちらへ。
しかし、中にあるブランドのお店は、私は趣味ではなく、隣の庶民的なデパートに行く。(なんのこっちゃ!)って感じだけど。

本来なら、そこから電車で買えれば2〜30分で家路につけるのにツアーバスに乗って大回りで帰途につく。
今日の旅って、お付き合いで参加したとは言え、本当にアホらしい一日に思えた。

安曇野へ

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安曇野に住んでいる従妹の家へ、連休中に法事を兼ねて行って来た。

一人っ子の従妹は私と同じ年。
軽いリューマチを患っているので、温泉を自宅に引ける安曇野へ、旦那さんの定年を機に転居したのだ。
今年で4年目を迎え、それまで名古屋のど真ん中のマンションで暮らしていた従妹たちは、すっかり山の暮らしが板についてきた。

2年ぶりに訪れたのだが、周りには新たに家が建ち、景色も変わってきた。
それでも、ゆったりした敷地に建つお洒落なハウス、じゃなかった自宅は私の憧れだ。
本当は、曹洞宗なんだけれど、真言宗の僧侶の夫のやり方で法事を心を込めて行なった。
1日目は従妹の家に泊めてもらい、2日目は白馬村和田野のホテルを予約している。
(私が、ネットで検索して気に入ったホテルを予約したのだった)

来るたびに思うのだが、安曇野の辺りというのは、どこに行っても雄大で自然の美しさに感動するばかりだ。
「縄文のおやき」や「そばの美郷」で食を堪能し、五龍岳のカタクリの花の群生を見、姫川源流を散策しながら、水芭蕉やザゼンソウに感動した。
八重桜が満開の中、真っ白なこぶしの花が清楚に輝いて見えた。
もっとゆっくり時間をとって、五龍岳の頂上まで行って、おにぎりが食べたかった〜

記念に、とりあえず、お花をアップしよう。
また、きっと来たくなる。いえ、住みたくなる。
それが、安曇野だ。

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台北市内にある「忠烈祠」「中正紀念堂」では、衛兵の規律ある交代儀式が見られた。

服装はどちらも同じようであったが、中正紀念堂の衛兵のヘルメットはスチィールのようにメタリックに輝いていてちょっと高級感が漂っていたくらいの差異だ。
中正紀念堂(ツォンツェンチーニエンタン)は、台北の中心部にあり蒋介石を記念して1980年建てられたホールで、本堂は高さが70mもあり2階には巨大なブロンズ像がある。
ちょうど衛兵の交代式があったので、みんな衛兵についてゾロゾロ動いていた。
1人奇妙な女性が衛兵の前に立ってガンと動かず、警官に注意されても逆に険しい顔で叱責し、見物客も戸惑って見守っていた。
結局強引に退けられたが、中華民国による台湾支配の象徴である蒋介石のブロンズ像を睨みつけたまま突っ立っていた。

忠烈祠(ツォンリエツー)は、日本人が創建した護国神社があった場所で、辛亥革命や抗日戦線などで命を落とした中華民国軍人の英霊を祀っている。
儀仗兵の交代式も見ることが出来た。
独特の行進の仕方は、まるで機会仕掛けの人形のようであった。
真っ赤な柱や黄色の屋根など、中国宮殿様式が美しく華やかな本殿が圧倒される。
入り口の門の壁に描かれた戦場の様子が生々しく痛ましい。

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3泊4日の旅の中で一日はフリーだったので、MRT(新交通システム)を利用して観光をした。

まずは、旧川端町のあった辺りを訪ねることにした。淡水線古亭まで行き、あるいて旧川端小学校へ向かった。

廈門街・詔安街の表示がある交差点を通り過ぎた所に、レンガ造りの学校が見えてきた。
ぐるっと一周して正門の前で写真を撮った。
鉄製の門扉ががっちり閉まっていたので、その隙間から手を伸ばしてカメラを中に入れて撮影しようとしたら、守衛さんに見つかってしまった。
(ダメダメ!)と言った顔で手を振りながら近づいて来たので
「すみません!ちょっと学校を写させて〜」と言ったら、またまた
(言葉が分らん!)と言った顔をして手を振りながら奥に行ってしまった。

この螢橋國小学校は、昔の川端小学校で川端町71番地外八だそうだ。
何しろ2歳前の私には全く記憶がないから、ただ(なるほどね〜)と感じ入るばかりだ。
母が元気な時にこれば、もっと詳しく分ったんだろうけれどねぇ・・・
しかし、ここに多くの日本人が住んでいた、その実感が何となく膚に感じられて貴重な経験となった。

近くを流れる新店川があり、旧名「川端橋」「中正橋」になっていて、遠くに望めた。
町の中はかなり立て込んでいて、中古の電器器具やレンジ、家具店がずっと続いていて、活気のある町並みを絶えずスクーターや車が慌しく走っていた。

再びMRT古亭駅から1区乗って中正紀念堂駅で降り、中正紀念堂に向かった。


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