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 今回の日本縦断セミナーにおいては、棒は「徳嶺の棍」の復習、素手の形も多くのものを復習します。

 さらに、首里手のパッサイ(八十一戦)の形を解説します。

 それも、通常のパッサイでは無く、祖堅方範師に伝承された
パッサイ(八十戦)・小」を伝授します。左足前交差のパッサイです。

 さらに通常のパッサイ、またはパッサイ・大と言われる形も説明しますが・・・。これは、小との比較のために行います。

 じつは大部分のパッサイ、あるいはパッサイ大には、コンテキスト的に平仄に合わない部分が存在します。これは、祖堅のパッサイ・大も同様です。

 自分が相手(敵)に技を出すのでは無く、相手と身体がぶつかったり(これは、知花朝信師系統の「松村のパッサイ」に見られます)。

 または意味無く、相手の身体を前後に引き回している動作が存在します(これはその他の泊、喜屋武系統のパッサイ。それに、祖堅のパッサイ・大に見られます)。

 この意味無き動作は、平安五段の水増しにも使われている動作です。

 これらの意味の無い動作は、首里、北谷屋良を問わずクーシャンクー(公総監)の形の意味無き動作が、平安三段の水増し部分に導入されているのと同様です。

 しかし、船越義珍師の松濤館のパッサイと、リチャード・キム師系統の全米武徳会のパッサイは、その部分でのコンテキストとの平仄がピッタリと合致します。

 じつはパッサイ、特に松村直系の祖堅師のパッサイの伝承背景を調べることで、首里手の唐手・佐久川からの変移が解けたような気持ちがします。

 さらに、「なぜ、泊のパッサイが開手なのか?」、「松村は打ち上げ(いわゆるアッパー)を、得意としていた」という口碑が生まれたのか? の理由も明確になります。

 そして、中国清朝の軍事教練を大和(日本剣術)の心身文化と、琉球のそれで如何にハイブリッドしたのかも、完全に明らかになります。それなども、今回は時間を取って指導します。

 あと、わたくしにとっては、沖縄空手において、重要な疑問として残っているのは余りありません・・・。セイゼイ一つ、二つぐらいのものだと思っています。まあ、何時もながらのわたくしの大言壮語だと思って、お笑いになってください。
10月27日ー11月11日
大阪・東京・沖縄
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