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 能楽の事柄が出てきたので、以下の質問をしてみます。

 ただもう大分昔に調べたことなので・・・、自分の記憶がアヤフヤになってしまっており、登場人物の名前や前後関係などの誤りがある場合もあると思いますが、その部分はご了承ください。

 徳川三代将軍、家光は生まれながらの将軍であり、かつ武に非常に興味を持った人物でもありました。そして当時の武家のたしなみとして、「能楽」を楽しんでいました。

 これは確か金春流の人物と、柳生新陰流の達人のハナシであった可能性もありますが、わたくしの記憶がアヤフヤなので、ご興味がありますれば、ご自分でお確かめください。
 兎にも、角にも・・・。時の将軍である家光(だった?)が、この金春流の能楽師が舞台で舞っている時に、柳生新陰流(だったと思う)の剣の達人に、それを切ることが出来るか? っと尋ねます。
 そして能楽師が舞っている時に、剣の達人は観客の一人としてそれをジーっと見ています。
 そして舞台が終わった後に、家光が「どうだ。お前の力量で斬れたか?」っと尋ねます。
 この剣客は「イヤ、無理でございました。どこにも、隙がありません」っと言った後に、「ただ・・・、舞台の袖に引き上げる時に、一瞬だけ斬れるかと・・!?」っと、言葉を足したということです。

 そしてこの能楽師は、舞台が終えた後に付き添っている弟子のひとりに、「今日の観客の中に、一人身を切られるほどの思いをさせる人物がいた。そして舞を終わり、舞台の袖に踵(キビス)を返す時に、一瞬身が膠着した!」っと述べたといいます。

 このハナシが、どこまでが本当であるのかは分かりませんし、わたくし自体が、どこまでこのハナシをチャンと覚えているのかも疑問です。

 でも、ここで質問です。

 もしこの能楽師が、ナイファンチの形を演じたとした場合には、斬られる、あるいは反撃されるのは、ナイファンチの形の(仮想の)相手方なのでしょうか? それとも、このナイファンチの形の演武を観ている、観客の側にいる人物からのなのでしょうか?

 わたくしは、自分の再修業にあたってナイファンチの形を稽古する時に、そのことをズーッと考えていた時期がありました。チョットおセンチなハナシになりますが、今その時の自分の心身の状態を考えると、感慨深いものがあります。

 能楽という、武士の審美眼に適った舞ではありますが・・・。実際の生死の狭間を想定して稽古しなければならない、武道・武術としての(沖縄空手の)形・型の厳しとは、その疑問・設問を自分に課す程までの、厳しさが無ければならないのではないか? っと愚考します。
 皆様・・・、大変でしょうが、頑張ってください。次回はもう少しだけ、厳しいことを記します。
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    うーむ。これが師範のおっしゃる「形で舞えるか?形は舞えるか?」という設問なのですね。うーむ。言葉が出て来ません。 削除

    [ H ]

    2018/9/14(金) 午後 7:52

    返信する
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    また自分のブログを消去したくなってきました・・・。

    [ hir***** ]

    2018/9/14(金) 午後 8:06

    返信する

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