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無想会空手の連絡先

 じつは今年8月の沖縄スペシャルイベントの際に、全国各地から弟子たちが集結してくれ、アメリカの世界総本部道場の弟子(指導員)たちと、交流する機会がありました。

 その国際会議上で、今後の弊会の普及についての話し合いが持たれ、弟子・会員たちの結束が固まりました。

 さらに沖縄同好会の代表氏の今回のブログでも記されているように、この「’18・秋・初冬期」の「日本縦断セミナー」において、弊会の目指す「武術として伝承された沖縄空手」の本質の明確化と、その技術・形の思想と操作も明確化が為されたと思っています。
 あとは、「五十四」や「公総監」の形などを残すのみです。

 「武術として伝承された沖縄空手の再興」などと謳ってはいますが・・・、チョットでも考えてみれば、これは実現不可能に見える大事業です。

 しかしながら・・・、大言壮語するようですが、空手の歴史とその技術、そして形の意味するものと、武術としての伝承の全てを解き明かし、指導体系を確立した弊会には、時間を掛ければその大事業の達成は、可能であるとも思っています。

 そのために、最初の十年は日本国内の基礎固めとして、信頼に値する指導員、黒帯を養成するという目論みでしたが、幸いなことにこの目標は達成されそうです。

 現在の国際沖縄空手道なる名称も、前記の国際会議後に使い出したものですが、 まだ国際沖縄空手道「連盟」または「協会」などの正式名を使うまでには至っていないと思い、アメリカ、ベトナム、日本などを含めた国際と謳っただけの、過度期の名称だとご理解ください。

 いま現在、日本語でこの拙ブログ以外では、下記のブログが活動中であり、一覧表にあるように全国各地で会員との稽古が可能です。

 技術体系の伝承は一応ひと段落はしましたので、今後は日本国内、そして世界各地での普及活動を積極的に行っていく所存です。

 以上、宜しくお願いします。

関連ブログ

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蹴りの上達

 今回の日本縦断セミナーは、お蔭様で、以前にも増して大成功でした。

 弟子たちの技術的な面から言えば、その技術の根底を成す立ち方などの、再認識が為されたのが大きな収穫な一つでしょう。

 この技術の思想と、「武術として伝承された沖縄空手の形」の思想を、理解したことが大きいです。今回の「パッサイ(八十一・戦)」っという形の伝授で、その思想が徹底したと思います。

 単体の技術としては、蹴り技が飛躍的に伸びていました。

 じつは、セミナー自体では今回も同様ですが・・・、突きや形の指導に時間を取られてしまい、蹴りの指導には時間が取れません。
 ホントウはもう少し時間を取りたいのですが、限られた時間内でのセミナーなので、ショウガ無いのです。でも・・・、蹴りに関しては余り心配していませんでした。

 なぜなら・・・? 世界総本部道場の弟子たちの指導でも同様に、突きの速さ、早さ、疾さを理解できれば、蹴り技のそれを合わせることを、個々人が自ずから目標にできるようになるからです。これは、形も同様です。
 さらに言えば、ナイファンチの立ち方を完璧に目指す方向で修行しているならば、「蹴り技は前蹴り、横蹴り、後ろ蹴り、そして回し蹴りなども、すべてナイファンチ立ちの応用である」っと、理解できるからです。
 そのために、今回の大阪と東京は蹴り技の指導はセミナーでは無しでしたが、昇級審査での蹴りの課題は、ほとんどクリアーしていました。

 さらに沖縄セミナーでは、東京から参加したM氏の要望で「回し蹴り」を指導しましたが、10-15分ほどの指導で、完璧に近い回し蹴りを出していました。そしてM氏は、「嗚呼ー、これはナイファンチですね!」っという、的を得た感想を漏らしていました。
 ナイファンチは、重力のある地球上で直立二本足歩行をする、人類の究極的な身体操作です。それを徹底的に理解し、自分のものとする修行を積めば、大体の動きは可能になります。
 それを徐々に、弟子たちが理解して行っているのが、手に取るようにわかる今回のセミナーでした。

 嬉しかったです!!
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セミナー成功のお礼

 「日本縦断セミナー’18、秋・初冬期」の大阪、東京、沖縄における、

 最終地であった沖縄会場セミナーが無事終了しました。

 お蔭様で、三会場すべてが大成功でした。

関係者さま各位、ならびにセミナー参加者すべに、
厚く御礼申し上げます。

 技術的には、現在の弟子たちの進歩については、もう文句はありません。

 あとは、個々人が鍛錬して磨き上げていくだけです。

 そして、弊会の普及活動においても、なお一層活発に行うだけです。 

 「外連(ケレン)に奔らず、華美に流れず、かつ野暮には陥らず」

 粛々として、「武術として伝承された沖縄空手の再興」を、成し遂げて行こうと思って絵います。


感謝!!
無事成功裡に終了しました。
            国際沖縄空手道・無想会・主催
10月27日ー11月11日
大阪・東京・沖縄
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面構え

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 国際沖縄空手道・無想会の東京セミナーが大盛況・大成功の裡に終了しました。

 関係者の皆様、ご参加頂いた方々ホントウに有難うございました。

 参加者が多いために、初日の棒の稽古では会場が手狭に感じられて、お互いに棒で相手を叩かないように指導する側は気を遣うほど満杯でした。
 
 今回の目玉である「パッサイ(八十一・戦)」の形は、大阪同様、東京でも好評でした。
 
 松村宗昆の形の凄さ! っというものが全開の形なので皆様、納得いってくれたと思っています。

 さらに関西から二三名の弟子たちが参加してくれたお蔭で、西と東の交流が出来たのが、さらなる収穫でした。ありがとう!

 そして集合写真の、皆様の面構えが見事でした。

 これは大阪セミナーも同様でしたし、東広島同好会の代表氏も触れられています。

 弊会の空手に対する理解が深まると同時に、自らの卓越した技術に、自信が生まれてきている証拠だと思っています。

 あとは、沖縄を残すのみです。

 頑張ります!

 写真は、S隊長のFACEBOOKからです。


10月27日ー11月11日
大阪・東京・沖縄
正規お申込み受付中
詳細・お申込みは、下記のセミナーHPからお願いします。
      https://muso-kai.jimdo.com/

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松村の手の経歴

 いま弊会主催の日本セミナーの途中で、手元に拙著「沖縄空手道の歴史」が無いので、ややアヤフヤなのですが・・・。

 琉球王国時代の沖縄には、「武士・松村」こと、松村宗昆と双璧を謳われた剣の達人に、外間という人物が存在します。

 わたくしは上記の拙著で、出来る限りの史料、資料の結果として・・・、

 この外間なる人物は、松村宗昆の高弟の一人であり、かつ幕末の琉球王国で大きな政変である「牧志・恩河事件」で非業の死を遂げた、語学の天才である板良敷朝忠(または牧志朝忠とも)っと親族の可能性が高いと記しました。

 幸いなことに、わたくしの感はドンピシャと当たっていたようです。

 明日の東京セミナーが終わって、沖縄セミナーで沖縄へ向かいますが・・・、
 拙著をお読みになった方の導きで、その外間、桑江、牧志、大湾などの姓のある玉川門中(一族)の系図委員会の方々と、お会いすることとなりました。

 さらにいま唐手・佐久川の五名の弟子、すなわち宇久田、松元、知念思加那、宜野湾殿、そして武村の事柄と、松村宗昆の師匠について、考察を深めてその証拠・エビデンス固めをし始めています。

 松村宗昆は、沖縄空手、首里手、沖縄手の始祖です。

 しかし、彼が中国拳法を沖縄空手に変えたのでは無いのです。
 それ以前に、すでに唐手・佐久川の移入した15の形の大部分は、沖縄の武士たちの手によって変革されています。

 その過程を明らかにすることが、沖縄空手の中国伝来の経過を明確にできることだと、確信しています。

 それらはすべて、わたくしのパッサイの修行から、糸口をつかむことが可能になりました。

 まさに、パッサイ(八十一・戦)」の形に感謝です。

10月27日ー11月11日
大阪・東京・沖縄
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詳細・お申込みは、下記のセミナーHPからお願いします。
      https://muso-kai.jimdo.com/
     国際沖縄空手道・無想会、新設公式ホームページ

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