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『真・三國無双BB』オフィシャルブログ

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私は星彩。蜀漢の歴戦の将軍、燕人(えんひと)・張飛の娘。
父上は、万人に敵すると言われた猛将……。
少しがさつなところもあるけど、私にとっては尊敬できる父。
だから私も父上を見習って早くから矛を手に取り、武芸の訓練を重ねてきた。

父上と関羽殿、そして劉備様の 3 人は、固い絆で結ばれた義兄弟。
乱世を治めようと立ち上がり、ついに蜀漢の国を打ち立てた。
そしてこの益州は、父上たちが長いあいだ各地を放浪し、あまたの群雄に翻弄された末に得た安住の地。

けれど、新しい国を創るよりも、守り育てるほうが難しいもの。
民が新たな支配者に対して不安を抱くことなく、皆が安心して暮らせるよう、国を保っていかなければならない。
蜀漢の建国に携わった三兄弟を見習い……いえ、その背を越えて、関羽殿の子である関平が、そして、張飛の娘である私が、劉備様の子である劉禅(りゅうぜん)様と蜀を支えていかなければ。

劉禅様の幼名は、阿斗(あと)。
お母上が劉禅様をお産みになる前、北斗七星が口に入る夢をご覧になったことから名付けられたもの。
元服した後、名を禅と定め、字を公嗣(こうし)と名乗られた。
関平は、関羽殿の養子。
軍神と称されたお父上を尊敬し、つねにその背を追っていた。
私と関平は互いに切磋琢磨して、共に武技を高めてきた。

けれど、荊州北部をめぐる曹魏・孫呉連合軍との戦で、関羽殿と関平は志半ばで討たれてしまう……。
それだけじゃない。
関羽殿の仇を討つため出陣の準備をしていた父上までも、部下の兵に背かれて……。

でも私には悲しんでいる暇などなかった。
関平や父上の分まで、この蜀漢を守らなければならなくなったから。

ただ、関羽殿や父上を失うと、劉備様は変わってしまわれた……。
趙雲殿や諸葛亮殿の諫めも聞かず、孫呉を討つべく兵を挙げられた。
復讐の戦、そこには劉備様が大切にしていた仁義も大義もないのに……。
そして……、趙雲殿らの不安は的中した。
夷陵の戦いで、呉の軍師・陸遜に敗れた劉備様は、撤退した先の白帝城で、失意のうちに亡くなられた……。

関羽殿、父上、そして劉備様……。
建国の英雄たちが、相次いでこの世を去ってしまったために、新たに皇帝となった劉禅様の肩には、蜀漢の行く末が大きくのしかかった。

劉備様は亡くなられる間際、諸葛亮殿を枕元に呼び、劉禅様に国を治める才能があるならば補佐し、その器量がないようであれば、代わりに蜀を治めるようおっしゃったとか……。
劉備様は最後まで、劉禅様と蜀漢の国の行く末が気がかりだったのね。

確かに劉禅様は、それまで戦場に出た経験もなかったし、家臣の言うことは、良くも悪くも素直に聞き入れるとても純粋なお方。
凡庸なお人だと陰で言う人もいるけれど、私はそうは思わない。
父君である劉備様が立派すぎたせいで、劉禅様は自信を持てないだけ。

私だって、父上の残した実績や名声は重い。
けれど、そのことにめげて修行を投げ出したりはしない。
父上たちの思いを裏切ることになるから……。
劉禅様の秘められた才能も、鍛錬を積めば、いつか芽吹くと思う。
それにお父上が劉禅様に残されたのは、蜀漢という国だけじゃない。
趙雲殿、諸葛亮殿、魏延殿……すばらしい将星たちがいる。
劉禅様には、彼らの上に立つべき者としての徳を備えてもらわねば。

父上、劉備様、関羽殿、そして関平……。数々の武将が築き上げた蜀漢。
ここには、「人の和」という何にも代え難い財産がある。
私たちにはそれを受け継ぎ、守っていく義務があると思う。
そのために、これからも劉禅様をお守りしていかねば……。


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