2010年洋画部門

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 次のページ ]


『442日系部隊 アメリカ史上最強の陸軍』 予告編

***それでも彼らはアメリカを選んだ。***

それはとても不思議な光景だった。
第二次大戦中、ドイツに占領されていたフランスのある街を、アメリカの兵士達が解放した。
市民達は、彼らアメリカ兵を熱狂的に歓迎した。
大通りの両側にはフランス国旗、ハンカチや、花も振られている。
その大通りを整然と行進するアメリカ兵士達。
イメージ 1


彼らの軍服は数々の戦争映画でボクタチが見慣れた、あのラフな感じのヘルメットであり、少しくすんだオリーブ色(かつてミリタリーのプラモデルをよく作っていたのでオリーブドラブという言葉は覚えた。)である。持っているライフルや機関銃も見慣れたアメリカ軍のものである。
ただ、ひとつだけ彼らが普通のアメリカ兵と違う所がある。
背が低い。そしてヘルメットの下にある顔は明らかに日本人なのだ。
彼らこそ伝説の日系人部隊442部隊の兵士なのだ。
アメリカ政府は日米開戦をきっかけとして、日系アメリカ人を(国籍はもちろんアメリカ)危険だとして人種隔離政策を行った。
山の中に収容所をつくった。
アメリカ市民でもある、彼ら,ジャパニーズアメリカンの財産をすべて没収した。
持ち込める荷物はカバン一つ。
何もかも失った日系アメリカ人たち。
彼らジャパニーズアメリカンの人達は、それでも祖国はアメリカであると覚悟を決めた。なぜなんだろう、僕にはそこがいまひとつ腹にストンと収まらない。
もちろん、一世の人達と、二世の人達との葛藤があった。
家族の中でも自分は日本人として生きるか、それともアメリカ人として生きるのか,その意見が食い違う場合もある。
あまりに過酷な選択を強いられたのだ。
二世の多くはアメリカに忠誠を誓い、それを証明するために,未来ある若者達が軍に志願していった。

イメージ 2


後にその部隊はアメリカ陸軍史上、空前の活躍を見せる。
しかし、彼らは戦時中全く世間的には評価されなかった。
イタリア、ローマの街を彼らが解放に導いたとき、真っ先にローマに凱旋したのは、後方にいた白人部隊だ。そして日系人部隊はすぐに別の戦地に配置換えされる。
手柄はあくまでも白人部隊に、というこの政治的配慮の卑劣さは、映像を見ているこちらまでも唇を噛み締めたくなる。
442部隊については、その戦死者、負傷者の数でも飛び抜けているそうだ。
ほとんど全滅に近い死傷者を出し、それでも果敢に突撃しドイツ軍相手に勝利した中隊もある。
その悲惨で英雄的な戦いを生き残った兵士達。
彼らは、そのあまりの悲惨さな戦いについて、多くを語ろうとしない。
ただ平和に、静かに、いまの生活を送っている。

イメージ 3


家族の愛、子供や孫達に囲まれて、ゆったりとした生活を送る、いまは年老いたかつての兵士達。
彼らは本作の中のインタビューにぽつり、ぽつりと答える。
彼らの信じがたい戦いは、静かな、そして深く重い悲しみの表情で淡々と語られる。
かれらの存在は、アメリカの歴史の一部そのものだとおもう。
戦後、アメリカ政府は、ジャパニーズアメリカンを差別し、迫害した事を正式に謝罪している。
彼らには平和に生活する権利が保証された。ようやく彼らは「本物の」アメリカ市民であると認められた。
彼らジャパニーズアメリカンは、なぜここまで悲惨な戦いをしなければならなかったのだろう。
これが運命というものなのか?
そのあまりの現実の重みに僕は押しつぶされそうになった。
上映が終わり、僕はしばらく席を立てなかった事を告白する。


監督   すずき じゅんいち 
主演   442部隊元兵士達
製作   2010年 日本/アメリカ 
上映時間 97分

約束の葡萄畑 あるワイン醸造家の物語

***そのワインに命の味はしていますか?***

ニキ・カーロ監督には「クジラの島の少女」という作品で、一つ教えられた事がある。「キャスティングは映画に奇跡を起こす」という事だ。ケイシャ・キャッスル・ヒューズというマオリ族の血を引く少女の多感な時期。主演女優である彼女の青春期の一時期でしか撮れない表情を、ニキ・カーロ監督はフィルムの中に閉じ込めた。
あの映画は正に奇跡の映画だったと言える。
そのケイシャ・キャッスル・ヒューズとニキ・カーロ監督が再び組んで映画を作る、という事で相当な期待をして観に行った。

イメージ 1


全体を通してやや演出面でインパクトに欠けるなぁというのが率直な印象である。でも監督独自の目線がとても光る部分がいくつもある。
主人公は葡萄を作っている。ワインを作るためだ。彼はある夜、天使と出会う。彼は天使が教えてくれた通りのやり方で葡萄を作り始める。その葡萄から作ったワインは、やがて大評判となり、彼は成功を収めるのだが、、、というストーリー。

イメージ 3


 実は、現れた天使が普通の天使ではなかった、という視点がおもしろい。さらにもっと興味深いのはニキ・カーロ監督の絵作りだ。
ワインの元となる葡萄。それを作るのは人間の手と土なのだ。そう。土のこびりついた手。節くれ立ったざらざらの手が、何とも神々しくスクリーンに映える。
農民の手を映すだけで、すでにこれは一つのストーリーに匹敵するぐらいの説得力がある。
イメージ 2


 天使は、いいワイン作りのためには、葡萄を痩せた土地に植えろと教える。痩せた潤いのないカサカサの土地。そこにやがて生えてくる葡萄の苗木の力強さ。
監督の目線は更にその痩せた地べたを這いずり回る。
小さな小さな昆虫や、ミミズまで映し取ってみせる。
痩せた土地であっても、生命は何ともいじらしく生きているのだ。
これらの小さな生き物たちの排泄物まで取り込んだ土から,葡萄は養分を吸い取る。その葡萄から生まれるワイン。
それは生き物の味。そしてそれを作った作り手の味がするのだ。そう言う味わいをスクリーンに表現してみせる監督。
このような土臭さが漂う絵作りといえばエミール・クストリッツァ監督が思い浮かぶ。ちょっと牧歌的で、そのくせ,政治は不安定で、それでも人と家畜はノンキに暮らしている。そう言う東欧の農家を描くクストリッツァ監督も僕は大好きだ。
本作ではニキ・カーロ監督が自分なりの土臭い絵を描こうと、もがいている姿が垣間見える。
正直物足りなさを感じる映画なのだが、まぎれもなく監督の悪戦苦闘ぶりが見える作品作りだった。
かつてイエスは「これは私の血だ」と言いつつ弟子たちにワインを注いだと聞く。宗教とワインの関係に少し踏み込むかの様な表現さえ、この映画にはある。
しかし何よりワインを作る農民の手と血の味、生き物たちの命の味がスクリーンから伝わってくる作品なのである。

監督   ニキ・カーロ  
主演   ジェレミー・レニエ、ケイシャ・キャッスル・ヒューズ、ギャスパー・ウリエル
製作   2009年 、フランス/ニュージーランド
上映時間 126分

映画『アイルトン・セナ 〜音速の彼方へ』予告編

***セナを通して知ったF1の世界***

アイルトン・セナのことについて何か書こうと思うのですが、胸が一杯で、何から書いていいか分かりません。思いつくままに書いてみましょう。
僕は社会人になってからモータースポーツに興味を持ちました。たまたまその時期に日本人初のフルタイムF1レーサー、中嶋悟さんが登場。チームはロータス・ホンダでした。
そのチームパートナーがアイルトン・セナでした。
何せ、初心者だったので、マシンのこと、F1のこと、何も分かりません。一生懸命本を読んだり、雑誌を読みあさったりしてF1のセカイにどっぷりのめり込んでいきました。
日本で初のF1グランプリ。チケットはとっくに完売。鈴鹿サーキットに直接電話したら、初開催国なので、金曜の練習走行の前に木曜日にF1が走り始めるとのこと。
もういても立ってもいられません。会社に無理を行って休み、バイクにまたがり、自分で弁当を作りリュックを背負い、神戸から鈴鹿へ中古のオンボロバイク、スズキのカタナ250ccで鈴鹿サーキットに向かいました。
当時3コーナーと呼ばれていた、S字の手前の土手に座ってストップウォッチを二個首からぶら下げてF1の走る姿を眼に焼き付けました。その時思ったのは、
「ああ、この人たちは神様から早く走る才能を持たされた人達なのだな」ということ。
いきなり異国での、しかも初めてのサーキット。
そこを走る彼らの美しい芸術的ともいえるライン取り。
今でも、眼に浮かびます。
その中で特に印象に残ったのはアラン・プロストという人の美しい走行ラインでした。

 「SUZUKAを早く走るには、このラインしかない」
そのラインをいきなり一発目の走行からやってのけたのです。
レース初心者が百回走行しても覚えられるかどうかというラインを彼はいきなり綺麗にトレースしたのでした。
僕はタイムを計測しました。1分43秒。
隣でそれを見ていた人が「申し訳ないけど、それは何かの間違いでしょう。」
僕も「そうですよね。多分押し間違えたんでしょうね。日本のF3000より、10秒も早いのは、おかしいですよね。」
おまけに今日は試走。本気を出して走ってもいないのです。
どう考えたって馬鹿げていると思えました。
ところが、
土曜の予選通過タイム
トップのゲルハルト・ベルガーは1分40秒984。
ボクタチ日本のモータースポーツファンは改めてF1の圧倒的な早さを目の当たりにしたのです。
そのF1の世界で、人気実力共に別格の存在がアイルトン・セナでした。

イメージ 1


 セナは日本が大好きでした。ホンダエンジンに乗ってくれたことはうれしかった。
本田宗一郎さんご夫妻を日本のパパ、ママと呼んでいたといいます。
ホンダとの別れのとき、セナはヘルメットに日本国旗を付けて走ってくれました。
本当に日本,日本のファンが好きだったアイルトン・セナ。
確か,3度の世界チャンピオンも鈴鹿で決定したと記憶していますが,セナ自身鈴鹿は特別な場所だと生前語っていました。

イメージ 2


 今日、F1日本グランプリの日です。もしかするとセナが空から見守っているかもしれませんね。みんないい走りを見せてほしいものです。
そう,本作でも取り上げられているレースのセカイでの政治やお金のことなんか忘れて、レースという「スポーツ」を楽しみましょう。
最後に,アイルトン、君がいた頃のF1を、リアルタイムで観る幸運に恵まれたことに,本当に感謝しています。あんな素晴らしい人間ドラマを観ることが出来るなんて。ぼくは本当にいい時代にF1に巡り会えました。
ありがとうアイルトン・セナ。


監督   アシフ・カパディア
主演   アイルトン・セナ、アラン・プロスト
製作   2010年  
上映時間 108分




映画『終着駅 トルストイ最後の旅』予告編

***愛と矛盾の中で***

この作品はトルストイの晩年の私生活を描いています。
僕は作家の私生活というのに興味があって、その創作がどのように生まれたのかをを知りたいのです。どんな生活をしていて、何処からその発想を得ていたのか。作家の舞台裏を覗く事で、なぜ傑作が生まれたのかをひもとく鍵が見つかるかもしれないと思うのです。
そんな事を言っておきながら、僕はトルストイの作品にはあまり興味がない。
僕がこの作品に興味を持ったのは「クィーン」でエリザベス女王を演じたヘレン・ミレンが出演しているから。
彼女のエリザベス女王役はほんとにすごかった。気品があって、女王としての威厳のある姿がよく似合いました。イギリス王室を背負って立つのは自分であるとの自負。そんな公務の中で、ダイアナ妃を巡るゴタゴタに女王は心を痛めます。そんな悩める女王の素顔を、そして内に秘めた悲しさを、実に的確に表現していました。
僕はあの作品を観た時、ちょうど精神的に参っている時期だったので、実は途中で退席しました。なぜなら、映画も女優もあまりに完璧すぎたから。
女王の悲しさが画面からこちらに伝わって来て、スクリーンが女王の涙でぬれている様に見えたのです。それぐらいヘレン・ミレンの演技は神懸かり的でした。
その女優さんがトルストイの奥さん役を演じる。さあ、どんな素晴らしい演技を見せてくれるんだろう。期待して観に行きました。
結論としてやはり期待通りでした。この女優さんに外れはないですね。

イメージ 1


 トルストイはその著作で富と地位と名声を手に入れました。ところが本人は富が集中する事に反発を感じます。やがて、彼はトルストイ主義という、富とモノを所有しない運動を展開して行きます。
彼は素晴らしい屋敷を持っています。その内装も豪華です。そこでロシアのジャムティーを飲むトルストイ夫妻。
その豪華なティーカップ、ティースプーン、とても素敵な食器たち。そして、素敵な家具調度品に囲まれた生活を送っています。
全ては彼の著作が売れたから手に入れられた財産です。
ところがトルストイ本人としてみれば、こんな屋敷に住むのは不愉快だというのです。貧乏人から見れば何とも贅沢な悩みですが。
奥さんとしてはこの生活を守りたいし、何より自分の家族、こどもたちを守りたい。 
そんなところへ、トルストイ主義に賛同し、彼の運動を推進しようとする人物が近寄ってきます。そして彼の著作権を全て放棄させる様にしむけていくのです。
それに最も反対したのがヘレン・ミレン演じる奥さんです。
二人は激しい対立を見せます。
このあたりのヘレン・ミレンの演技は凄みがありました。それこそ狂気に近い様な悲しみが加速していきます。「クィーン」で見せた神懸かり演技がここで展開して行きます。

イメージ 2


 人間は誰しも欲を持っています。
所有をしない生き方を提唱するトルストイ運動。それを強力に推進しようとするリーダー。でもリーダーの行為の原動力になっていたのは、人々を啓蒙したい、そして自分のリーダーとしての地位を世間に認めさせたいという、自己顕示欲の現れなのです。
これもまた人間の欲望の一つですね。自分の中の欲望と、どう付き合うのか、それと生涯悪戦苦闘したトルストイの姿。
そう言った人間ドラマを堪能出来る作品でした。

監督   マイケル・ホフマン
主演   ヘレン・ミレン、クリストファー・プラマー
製作   2009年  
上映時間 112分

ミックマック


『ミックマック』 予告編

***この映画には微笑みがよく似合う。***

「アメリ」をつくったジャン=ピエール・ジュネ監督の新作という事で、とても期待して観に行きました。オドレイ・トトゥ主演の「アメリ」は映画の神様にイタズラする様な凝った映像と、とてもキュートなオドレイ・トトゥのキャラクターがうまく解け合って、何とも素敵な、そして斬新な映画でした。フランス映画の新しい時代の幕開けではないかと思えました。その監督の新作「ミックマック」。
観終わって、大満足でした。

イメージ 1


 年間五十本ぐらい映画を観てると、やはり外れ作品というのにしょっちゅう出くわします。でも本作「ミックマック」はそんな事なかったですね。セコいですが、元は取ったぞ、という満足感でいっぱい。
ストーリーは、あやまって頭に銃弾が打ち込まれてしまった主人公が、ちょっと変わった仲間たちと武器製造会社に復讐する、というものです。なんかとても重いテーマの様に聞こえますが、実際扱っているテーマはすごくヘビーだと思います。 武器、銃弾、失業、ホームレス、浮浪者、ゴミダメ、悪徳社長、武器商人。
この映画を語るのにそんな単語をいっぱい使わなくてはなりません。
当然映画も暗くなるんじゃないかと思ってしまいますが,意外にもクスッと笑わせてくれる。ちょっとビターな笑い。センスのいいしゃれたオトナの笑いがあるのです。
それにフランス映画だから、普通に街並を撮影していてもおしゃれなかんじです。映画の道具として出てくる、ポンコツ三輪自動車だって何とも味があっておしゃれな感じがする。

イメージ 2


 さて武器製造会社へ、協力して復讐をしようとする主人公と仲間たち。主人公の仲間のキャラクターが皆、それぞれどこか人の真似の出来ない一芸に秀でた人達、だけど世の中の生活にうまくとけ込まないので、ゴミ山の中に作られた、彼らの秘密基地で共同生活しているのです。
ここでの美術スタッフの頑張りは良い仕事してますねぇ、と拍手を送りたい。
彼らは復讐する訳なんだけどその作戦がもうお見事なんです。 ああ、こういう落しどころがあったのか、と大納得。
何で監督はこの作品を作ったのでしょう?
監督の心情としては、きっと根っこの部分で怒りがあったんだと思うんですね。
俺は軍需産業に文句を言ってやると。
声高に叫ぶのは簡単だと思います。直接的に非難する事も出来るでしょう。でも監督は映画という、ある意味最強の武器を持ってこれに立ち向かったんですね。しかもそれをユーモアを交えて笑い飛ばしてしまった。
そのとても気分が重くなる様なテーマを扱っておきながら、観客を笑いと,おもちゃ箱をひっくり返した様なセカイに引きずり込もうとする。
その豊かな想像力。そう言う立場に立って映画を作っていこうとする姿勢。僕はとても好きですね。 
上映している映画館は少ないようだけど、これはお勧めしたい作品です。

監督   ジャン=ピエール・ジュネ
主演   ダニー・ブーン、アンドレ・デュソリエ
製作   2009年  
上映時間 105分

全4ページ

[1] [2] [3] [4]

[ 次のページ ]


.
mussesow
mussesow
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

過去の記事一覧

友だち(3)
  • was*by9*19
  • だりゅ
  • ナフ
友だち一覧
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

Yahoo!からのお知らせ


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事