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『442日系部隊 アメリカ史上最強の陸軍』 予告編 ***それでも彼らはアメリカを選んだ。***
それはとても不思議な光景だった。 第二次大戦中、ドイツに占領されていたフランスのある街を、アメリカの兵士達が解放した。 市民達は、彼らアメリカ兵を熱狂的に歓迎した。 大通りの両側にはフランス国旗、ハンカチや、花も振られている。 その大通りを整然と行進するアメリカ兵士達。 彼らの軍服は数々の戦争映画でボクタチが見慣れた、あのラフな感じのヘルメットであり、少しくすんだオリーブ色(かつてミリタリーのプラモデルをよく作っていたのでオリーブドラブという言葉は覚えた。)である。持っているライフルや機関銃も見慣れたアメリカ軍のものである。 ただ、ひとつだけ彼らが普通のアメリカ兵と違う所がある。 背が低い。そしてヘルメットの下にある顔は明らかに日本人なのだ。 彼らこそ伝説の日系人部隊442部隊の兵士なのだ。 アメリカ政府は日米開戦をきっかけとして、日系アメリカ人を(国籍はもちろんアメリカ)危険だとして人種隔離政策を行った。 山の中に収容所をつくった。 アメリカ市民でもある、彼ら,ジャパニーズアメリカンの財産をすべて没収した。 持ち込める荷物はカバン一つ。 何もかも失った日系アメリカ人たち。 彼らジャパニーズアメリカンの人達は、それでも祖国はアメリカであると覚悟を決めた。なぜなんだろう、僕にはそこがいまひとつ腹にストンと収まらない。 もちろん、一世の人達と、二世の人達との葛藤があった。 家族の中でも自分は日本人として生きるか、それともアメリカ人として生きるのか,その意見が食い違う場合もある。 あまりに過酷な選択を強いられたのだ。 二世の多くはアメリカに忠誠を誓い、それを証明するために,未来ある若者達が軍に志願していった。 後にその部隊はアメリカ陸軍史上、空前の活躍を見せる。 しかし、彼らは戦時中全く世間的には評価されなかった。 イタリア、ローマの街を彼らが解放に導いたとき、真っ先にローマに凱旋したのは、後方にいた白人部隊だ。そして日系人部隊はすぐに別の戦地に配置換えされる。 手柄はあくまでも白人部隊に、というこの政治的配慮の卑劣さは、映像を見ているこちらまでも唇を噛み締めたくなる。 442部隊については、その戦死者、負傷者の数でも飛び抜けているそうだ。 ほとんど全滅に近い死傷者を出し、それでも果敢に突撃しドイツ軍相手に勝利した中隊もある。 その悲惨で英雄的な戦いを生き残った兵士達。 彼らは、そのあまりの悲惨さな戦いについて、多くを語ろうとしない。 ただ平和に、静かに、いまの生活を送っている。 家族の愛、子供や孫達に囲まれて、ゆったりとした生活を送る、いまは年老いたかつての兵士達。 彼らは本作の中のインタビューにぽつり、ぽつりと答える。 彼らの信じがたい戦いは、静かな、そして深く重い悲しみの表情で淡々と語られる。 かれらの存在は、アメリカの歴史の一部そのものだとおもう。 戦後、アメリカ政府は、ジャパニーズアメリカンを差別し、迫害した事を正式に謝罪している。 彼らには平和に生活する権利が保証された。ようやく彼らは「本物の」アメリカ市民であると認められた。 彼らジャパニーズアメリカンは、なぜここまで悲惨な戦いをしなければならなかったのだろう。 これが運命というものなのか? そのあまりの現実の重みに僕は押しつぶされそうになった。 上映が終わり、僕はしばらく席を立てなかった事を告白する。 監督 すずき じゅんいち 主演 442部隊元兵士達 製作 2010年 日本/アメリカ 上映時間 97分 |

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