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『武士の家計簿』 予告 ***ある武士の算盤,そして、このくにの算盤。***
今年はなにか,良い時代劇に数々出会えた年だったような気がします。 この作品もその秀作のひとつだと思います。 幕末を剣の力ではなく,ソロバンという、自分の得意技で生き抜いた、ひとりの武士とその家族の物語です。 幕府の元にある各藩は、例えば,まあ地方公共団体みたいなものでしょう。 その江戸時代の地方公務員の慎ましい生活を描いた本作。 主人公は藩の勘定方に務めております。。今でいえば経理課に当るのでしょうかね。彼はソロバン馬鹿と言われるほどのソロバンの腕前でした。性格も几帳面。 必要以上に藩の会計をソロバンで検算していたら、思わぬ不正を発見してしまったりします。 まあ,彼にとっては,数字が一文でも合わなければ、生理的に気持ち悪いという、性格の現れだった訳ですが。 下っ端役人である自分が、そんなとんでもない事実に出くわした時、どう対応するのかという見所もあります。 僕がこの作品の演出で一番感心したのは、ソロバンを弾く、その「音」でした。 これは森田監督のこだわりなのか,それとも堺雅人さん本人のこだわりなのか。 本作での算盤を弾く音を良く聞いてみてください。 パチン,パチン,カチッ,カチッ。 一芸に達した人の「作業」というのは、それを見ているだけで、また音を聞いているだけで気持ちのよいものです。 実に澱みがない。 しかもリズミカル。 計算するという作業が着々とうまくいっている、まさにそれを表現しているのだと思います。 将棋の棋士や囲碁の名人が盤に駒や碁石を置いていく。そのパチリと言う音がとても気持ちいいときがありますが、そんな感じですね。 また、料理の達人が包丁を刻む音が素晴らしかったりするのと似ております。 さらに、森田監督がただ者ではないなと思うのは、その舞台装置のこだわりです。 僕が注目したのは猪山家の台所でした。 そのディテールのリアルな事。 装置として組み込まれた台所のたたずまい。 ここで火をおこし、飯を炊く。そして流しはここ。漬け物の壺はここに置かれてあって,下女はここから出入りして、等と、まさに猪山家の食生活や、暮らし向きがモロに分ってしまうのですね。 かまど,飯を炊く釜、壺、ザル,そんな、何気ない小道具ひとつひとつが、すでに下級武士の暮らしの歴史、そのものを物語っているのです。 当時の生身の武士が、どんなものを食し、どのような趣味をしていたのか。どんな所で見栄を張っていたのか? そういう、ある侍一家の全く飾り気のないリアルな生活感が、生き生きと描かれております。 派手なチャンバラもなく、淡々と平凡な日々を掘り起こして、映画に仕上げていく、そのケレン味のなさが何とも良いなぁ。 こういう切り口の新しい時代劇。面白いと思います。 堺雅人さん演じる猪山さんは、やがて自分の家の借金返済のため、まさに家計の大改革を断行します。ここで彼のセリフがキラリと光ります。 「私は生まれてくる子供の目をまっすぐにみたいのです。」 日本の政治家の皆さん、お聞きになりましたか? あなた達は子供たちの目をまっすぐ見る事が出来ますか? 収入の何倍もの借金を、自分の家が抱えているという事実に、ひとりの下級武士は、真正面から向きあっていったのです。その態度が清々しいのですね。 たとえ昼のお弁当を切り詰めてでも、財政を立て直すのだ、という覚悟のほど。 ひとつの家族の家計を立て直すというだけで、これだけのドラマがある。 これだけの苦労と努力がある。 もし、これがいち家族ではなく,国という単位だったらどうなんでしょうね。 こんな事やってる場合じゃないんですよ。ニッポンは。 国の借金はどれだけあるんですか、政治家と呼ばれるみなさん。 おぎゃあ、とかわいい子供が生まれてくる。 その赤ちゃんには生まれたときから649万2168円也(2010年4月1日時点)の借金を背負わされているそうです。 まっすぐ見てください。幼い赤ちゃんの顔を。 この幕末の一下級武士の地味なお話を、映画にする意義は,正にそこにあるのだ、と僕にはそう思えてなりません。 監督 森田芳光 主演 堺雅人、仲間由紀恵 製作 2010年 日本 上映時間 129分 |

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