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母と暮せば


映画『母と暮せば』予告
2015年12月29日 イオンシネマ明石 にて鑑賞

失った人、失った時間

皆さま明けましておめでとうございます。今年最初のブログ更新となります。新年第一弾は山田洋次監督作品「母と暮せば」の映画レビューです。
*****

劇場で鑑賞してから、本作のHPを見てみました。
ああ、なるほど、と「微妙に納得」
井上ひさし氏には「父と暮せば」という作品があります。
宮沢りえさん主演で映画作品にもなりました。舞台は原爆が落とされた広島。ならば、二発目の原爆が落とされた長崎を舞台に、作品を作らねば……。
それが「原爆」という、人類史上類を見ない虐殺兵器を、作品のモチーフとして扱ってしまった作家の義務である、と井上氏は強く思ったことでしょう。未完のままで自分は死ねないのだ、広島を描いておいて、長崎に生きた人々を描かないことは、創作者として、けっして許されないのだ、という強い想いがあったのだと思います。
その井上氏の尊い遺志を引き継いだ形で、山田洋次監督自らオリジナル脚本を書き上げたようです。これは山田洋次監督としても、大変なチャレンジでしょう。
井上ひさし氏、お得意の戯曲形式。舞台劇を強く意識した体裁で、本作「母と暮せば」は制作されております。
映画を見慣れた方なら、お分かりになると思います。
本作の特徴は、なんといっても
「長セリフ」
に尽きると思います。
山田洋次監督は、日本映画界の巨匠です。映画の、ど素人である私が言うまでもなく、映画という芸術作品をどのように構築して行けばいいか? そんなイロハは、もう「映画職人として」体に染みついているはず。
たとえば「ここは観客の皆さん、泣いてくださいよ」と「わざとらしく」センチメンタルに演出する。そういうことはしない人だろうと思ってきました。
ところが本作では、あきらかに「セリフによって」「泣かせよう」という意図が見え見えの演技があるのです。もうそれが「臭いぐらい」分かっちゃうわけです。
もう一点、長セリフに関連して
「説明セリフ」
の多用が本作では特徴的です。
作品を見ていて、まさか「あの」山田洋次監督がこんな稚拙な手を使ってくるとは?! と当初僕は仰天しました。
普通、映画の主人公が、作中の相手や私たち観客に思い出などを語るとき、冒頭のセリフをきっかけにして、あとは映像として引き継ぎますよね。
たとえば「あのとき私は……」と主人公が語り始める。
そのあと回想シーンが始まる。
当時の風景。客船であろうが、鉄道の駅であろうが、映画ならなんでも登場させられる。
そこに生きた当時の人々の息づかい。その時代の衣装、服装。
その中でクローズアップされてゆく、劇中の登場人物。キャメラはそこに寄って行きます。さあ、どんなドラマが始まるのか……と、まあ、こういうのが典型的な回想シーンのやり方。
映画の魅力と、映画のもつ最大の説得力とは何か?
それは「時間と空間を切り取った”映像”を自由自在に編集できる」ことに尽きると思います。
どの時代の、どの背景の、どの人物の映像なのか、それを編集という映画特有のマジックにより、一瞬で時空間を飛び越えることができます。
しかし、驚くべきことに、本作において山田洋次監督は、その映画文法そのものを、かなぐり捨てることに挑戦したのだ、と私は解釈しました。
イメージ 1

本作の主人公は吉永小百合さん演じる福原伸子。長崎の原爆で医大生の息子、浩二を亡くし、悲嘆にくれる毎日です。
そこに、ある日あの世から、息子の浩二の幻が現れます。許嫁の佐田町子(黒木華)は今も無事であること。そして、母、伸子は、日々の暮らしでの想いを、浩二の幻を相手に語ってゆくのです。

本作において山田洋次監督は、前作「小さいおうち」に引き続き、黒木華さんを抜擢しました。

僕は「小さいおうち」を劇場で鑑賞しました。黒木華さんの、昭和初期の古風で丁寧な言葉使い、イントネーションで話される「長セリフ」
これは実に魅力的でした。
彼女はこの作品で、第64回ベルリン国際映画祭最優秀女優賞を獲得します。
本作「母と暮せば」を構想するにあたり、山田洋次監督の頭の中には「黒木華」という女優の長セリフの気持ちよさ、佇まいのよさ、というのが大きな前提としてあったのではないか? と僕は推測するのです。
長セリフをやめて、従来通り、映像で語る手法をとるのは「安全策」です。
映画製作50年以上のキャリアを持つ山田洋次監督にとっては、実にたやすいことであったでしょう。
しかし、山田監督はあえて新たな冒険を試みています。
説明セリフでどれだけ映画作品が成立するか?
巨匠と呼ばれる映画監督が、未だに新しいことに挑み続ける、その姿勢こそ、本作の最大の見所なのかもしれません。
また、商売上手のちょっと怪しいおじさんを演じた、加藤健一氏の名演に拍手を送りたいと思います。
本作においては吉永小百合さん演じる福原伸子、また、黒木華さん演じる佐田町子の登場シーンにおいて、ほぼ回想シーンがないのです。全ての時間はもう、二度と過去に戻らないのです。
歴史上起こった事件、戦争は、もう引き返せない。時間は一方通行なのだ、という当たり前だけど、大切なことを思い知らされるのです。
現実とは残酷なものです。
将来の残酷な結果を見たくなければ、時代の流れ、時代の節目に、しっかり立ち止まって考える勇気を持っていたいものです。
**************
天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)
物語 ☆☆☆
配役 ☆☆☆☆
演出 ☆☆☆
美術 ☆☆☆☆
音楽 ☆☆☆
総合評価 ☆☆☆
**********
作品データ
監督   山田洋次
主演   吉永小百合、二宮和也、黒木華、浅野忠信、加藤健一
製作   2015年 
上映時間 130分


ガールズ&パンツァー 劇場本予告

2015年11月30日  OSシネマズ神戸ハーバーランド にて鑑賞

世界平和のために「パンツァー、フォー!」

え〜、何と申しましょうか。ミリタリーオタクとまではいきませんが、ミリタリー好きなのぶりんでございます。本作は完全に戦車マニア・ミリオタ向けです。よって、一般の方のご批判は、その分ちょっと割引いていただいて……
なんぞと思っていたのですが。
テレビシリーズでファンになった僕から見ても、本作は明らかに
「つまらんぞぉ〜!!」と言いたくなる出来でしたねぇ。
「ガールズ&パンツァー」をご存じない方に、ちょっと解説です。
このお話は、「茶道」や「華道」などと同じように「大和撫子の嗜み」として「戦車道」があるという設定になっています。また「お茶」の裏千家、表千家、武者小路千家のような「流派」まであるんですね。
戦車道がある高校は「学園艦」という、巨大な航空母艦のような船が母校なのです。そこは一つの街になっておりまして、高校生達の家族が一緒に住んでいます。
さて、主人公の”西住みほ”は「戦車道西住流」家元の次女です。実は彼女、戦車道の試合で、あるトラウマを抱えておりまして、親元から離れて、戦車道のない「県立大洗女子学園」に転校してきました。そこで友人もでき、ホッとしたのもつかの間。
なんと転校してきたばかりの母校が廃校の危機に。それを救う条件がありました。「戦車道全国大会」で優勝すれば文科省から廃校を免れる、というのです。そこで西住みほは、生徒会のゴリ押しもあって戦車道の隊長に就任。
伝統ある西住流戦車道のDNAなのでしょうか。大洗女子学園は見事全国大会優勝を勝ち取ります。しかし、廃校の危機は去った訳ではなかったのでした……

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やっぱりねぇ「ガルパン」も、いわゆる萌え系、女子高生系列の路線に乗っかって出てきた、作品だと思うわけです。
ただ、女子高生が「戦車」に乗って戦う、というありえない「ぶっ飛んだ」インパクトが強烈だったんですね。
それが視聴者の度肝を抜き、アニメファンが文字通り「食いついた」訳です。

フツーの女子高生を「リアルに」「ふつう」に描いた作品としては、廃部寸前の軽音楽部に入部した、女子高生達を描いた「けいおん!」がたいへんなブームになりましたね。彼女達は「涼宮ハルヒ シリーズ」 「中二病でも恋がしたい」 などの作品のように、自意識過剰のあまり、宇宙空間へワープしたりするようなことはありません。

また、その真逆もアリなのがアニメの魅力でして「時をかける少女」 「サマーウォーズ」 のような、異次元空間を扱ったようなSF作品も人気があります。
これらの作品に共通するのは、
「魂は細部に宿る」
というセオリーを守っていることです。
そしてなにより
「子供達に対して子供扱いしない」ということ。
それをきちんと分っていらっしゃるのが、あの巨匠、宮崎駿監督であることは、僕が言うまでもないでしょう。
実は男子という生き物は、たとえ五十や六十になっても、やんちゃで、変なことにこだわったりする、愚かしい「子供」の部分があるのです。
(ちなみに男のアホさ加減「いくつになっても子供」であることを、端的に表現したのが、宮崎駿監督の『紅の豚』 という作品ですね。ぼくはこれ大好きなんです。名作だと思ってます)
そんな子供みたいなオッサン達を、優しく母のように包み込んでくれるのが、女性にしかない「母性」というものであります。
「オトコ」を戦車のようにうまく操縦するには、世の女性の皆さん、ここら辺りの「男のアホさ加減」をよぉ〜くご理解の上、ご配慮くださいますよう、よろしくお願い申し上げる次第です。

はて、僕は何を書いてるんでしたっけね。
そうそう「ガールズ&パンツァー」のことですよ。
本作も細部はちゃんと描けてます。
戦車のメカニズム、ディティールの表現そのものには、ちゃんと魂入ってます。しかしながら、僕が本作で一番、不満だったのは
「子供扱いされたこと」だったのです。
戦車ファンが観客だろうから、戦車どうしの闘いを、たくさん描けばいいだろう、というのは、いかにも安直すぎやしませんか?
これ、観客として、明らかに見くびられているぞ、と思う訳です。
先にあげた「けいおん!」や「サマーウォーズ」などは違いますね。
どこが違うか?
登場人物達が「ちゃんと生きてる」感じがします。彼女達、彼らは失敗もするし、葛藤し「ちゃんと悩む」んですね。
漫画界の巨人である手塚治虫氏は、はっきりと「勧善懲悪モノは描かない」と述べられていました。その典型が、無免許ながら、天才的な外科医の腕を持ち、途方もない報酬をふんだくる男「ブラック・ジャック」です。
彼もまた「命とは何か?」に悩む一人の医師でもあります。
かつて鉄腕アトムをアニメ化するときにも、手塚氏は言いました。
「アトムはもっと悩むんです。ハムレットのように」
そして手塚氏は子供達に「一流の」作品を届けようとしました。
子供達だからこそ「一流」に触れておくべきだ、という信念があったのでしょう。
「ガルパン」テレビシリーズでは、ちゃんと登場人物達が生きてた感じがします。彼女達はそれぞれ、若さゆえの悩みや、葛藤、家庭の事情を抱え、彼女らなりに「大和撫子の嗜み」とされる「戦車道」に打ち込みます。
そこに彼女達の、未完成ではあるけれど、一所懸命頑張っている姿、不器用で、傷つきながらも成長する姿に、見るものは親近感を抱き、惹きつけられるんですね。
本作では、すでにテレビシリーズをご覧になった方、もう「ガルパン」のキャラクターは知り尽くしているよ、というファンの方なら、それなりに満足感は得られると思います。
イメージ 2

お子様向けアニメ作品であろうが、映画は世相を反映してもいいし、また、紛れもなく時代の表層に乗っかるものでもあります。いま日本では、安保関連法案が成立し、集団的自衛権とか、自衛隊の海外でのドンパチも間近なのか? など、軍事面での動きがクローズアップされております。
その中でなぜいま「戦車のアニメ」なのか?
本作は「戦意高揚」「プロパガンダ」ではないのか? といった具合に勘繰られてもしかたない部分さえあります。
であるならば、その批判を逆手に取り、もっと志を高く持って、世界の平和のために、この「ガルパン」を活用してみてはどうか? と僕は思う訳です。
本作は女子高生と「戦車」という「ぶっ飛んだ」組み合わせです。
これだけぶっ飛んだ企画なのに、なぜチマチマと「大洗」の市街地だけを舞台にするのか?
「けいおん!」劇場版 ではイギリスに卒業旅行しましたね。
ならば「ガルパン」も世界に打って出るというのはどうでしょう。
例えば、国連主催の平和イベントとして、世界戦車道選手権大会みたいなのが開かれる。そこで日本の片隅の地方都市、大洗の街からやってきた、西住みほ達五人が、世界中の高校生達、そして多様な戦車とその戦い方を通して、そのお国柄、文化にふれあう、交流する。

ロシア人や、中国人はこんな風に考えているのかぁ〜とか、フランス人は時に死んだふりをしてやり過ごす、とか、さらには中東、イスラエルの戦車 だってメカニズムは素晴らしいものがあります。

その国の文化、考え方、技術力、国力、すべてが実に分かりやすく反映されるのが、意外にも「戦車」を含めた「武器」に他なりません。
たかが戦車ですが、されど「戦車」でもあるのです。
僕を含め戦車に夢中になっている「男の子」たち。その「子供心」
その一端でもちょっとお分りいただければ幸いです。
**************
天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)
物語 ☆☆☆
配役 ☆☆☆☆
演出 ☆☆☆
美術 ☆☆☆☆
音楽 ☆☆☆
総合評価 ☆☆☆
**********
作品データ
監督   水島努
声の出演 渕上舞、茅野愛衣、尾崎真実、中上育実、井口裕香
製作   2015年 
上映時間 119分

FOUJITA


11/14公開:映画『FOUJITA』予告編

2015年11月24日 神戸国際松竹 にて鑑賞

「フーフー」と、キツネの贖罪

小栗康平監督がレオナール・フジタの映画を完成させた、と聴いて、ちょっと胸騒ぎがした。
「早く観にいきたい」という気持ちと、「もしかして……」という一抹の不安、相反する気持があったのだ。
僕は小栗康平監督の「埋もれ木」という作品を、名古屋のミニシアターで鑑賞した。2005年のことだったと思う。
そのあまりの抽象性に「さっぱり訳がわからん」とひどく落胆した、嫌な思い出があったのだ。
レオナール・フジタ(藤田嗣治)は映画の題材として、あまりに魅力的だ。
しかもフジタを演じるのは、オダギリジョーだという。
いやはや、この作品は魅力的すぎる!!
こんな美味しいニンジンをぶら下げられたら、もう映画好き、美術好きとしては劇場に向かって走る以外ないだろう。
しかしである。
もし、ここで、小栗監督お得意の抽象性で描かれたら、もう本作は、それこそ太平洋戦争末期の日本軍さながらに、映画興行として「玉砕」してしまうのだ。
そんな不安を抱えながら僕は劇場にいそいそと向かった。
上映が始まると、僕の不安は安堵に変わった。
イメージ 1

小栗監督は所々でやはり、抽象性を挟みつつも、実に丁寧に抑制された演出で、淡々と藤田嗣治と女たち、そして彼が生きた時代を描いて見せるのである。
映画前半、エコール・ド・パリでの「フジタ」
彼の描く乳白色の裸婦像は、パリっ子たちにとって「東洋の神秘」
「誰も真似できない」として絶賛されまくる。
夜の街に繰り出せば、誰もが彼を「フーフー」という愛称で呼ぶ(ちなみに、これは「お調子者」という意味らしい)
彼はパリのアーティストたちの、まさに中心人物として担ぎ上げられる。
束の間の平和、日ごと、夜ごとの乱痴気騒ぎ。
「フジタ」はパリで最も有名な日本人として、時代の「波」に乗った。
芸術家たちにとって、なんと幸せな時期であっただろう。
しかし、すぐ暗黒の時代がやってくる。
映画の後半は、まさに作品をバッサリと真っ二つに切ったかのようだ。
舞台は戦時下の大日本帝国。
そこにはもう乱痴気騒ぎはない。
あるのは疎開先での質素な田舎暮らし。
そして軍から集落に強要される、定期的な「金属の供出」である。
フジタはフランス帰りの洋画の大家として、日本軍に迎えられる。
戦意高揚のため、戦争絵画を描くように軍から要請されるのだ。
彼は軍から請われるまま、アッツ島玉砕の大作を描く。
フジタは、その玉砕を美化した、日本軍の協力者として、戦後に激しいバッシングを受けることになる。彼は故郷ニッポンの地を二度と踏むことなく、スイスのアトリエでその一生を終える……
本作は彼の戦後については、あえて描いてはいない。
疎開先でのフジタは、ある日、知人からキツネに「化けかされる」話を聞いた。
「そんな迷信を……」とフジタは笑う。
しかし、残酷な戦争は、フジタ自身をキツネにしてしまったのかもしれない。
彼は日本軍から「少将待遇」という、とんでもない高い位を与えられる。
その象徴として、将軍が羽織る、マントをもらっていたのだ。
そのマントを羽織って、下駄を履いて、田舎の里山を散策するフジタ。
これがエコール・ド・パリで一斉を風靡した、同じ人間なのか……
イメージ 2

化かされたのは誰か? 化かしたのはだれか?
滑稽なまでのマント姿のフジタ。
それを淡々と演じるオダギリジョー。
時代に弄ばれたフジタの姿はあまりに痛々しい。
なお、本作では描かれていないが、フジタは生涯の終わりに、教会の壁画を手がける。自身手がけたことのないフレスコ画への挑戦だった。
フランスに帰化し、カトリックの洗礼を受けたレオナール・フジタ。
自分が犯した罪と罰。
それをどう裁くのかは「神様」が決めてくれるだろう。
絵描きは絵描きとしての責任を全うすべきなのだ、という、フジタなりの決着のつけ方ではなかったか?
本作のエンドロールで映される、その小さな教会を眺めながら、僕はそんなふうに思った。
********************
天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)
物語 ☆☆☆
配役 ☆☆☆☆
演出 ☆☆☆☆
美術 ☆☆☆☆☆
音楽 ☆☆☆
総合評価 ☆☆☆
**********
作品データ
監督   小栗康平
主演   オダギリジョー、中谷美紀、アナ・ジラルド
製作   2015年 日本・フランス合作
上映時間 126分

岸辺の旅


映画『岸辺の旅』予告編
2015年10月18日 シネリーブル神戸 にて鑑賞

あの世とこの世の境にて

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ところで皆さん、お墓参りって最近行ってますか?
僕は今55歳なんだけど、ふと、思いついた時とか、ちょっと気分を落ち着かせたい時など、お墓参りをするようになりました。今までの人生をふりかえって、「あの時、よく、死ななかったな」と思うような瞬間がいくつもありました。50歳を超えた折に、三回、全身麻酔で手術を受けたことも影響していると思います。
全身麻酔を経験した方なら分かると思うけれど、あれ、麻酔液が注射針を通して(僕の場合はそういうタイプの麻酔でした)体に入ってくるのが分かるんですよね。麻酔液って、ジュワ〜っとした感覚で「痛い」のですよ。
おいおい、これ麻酔なのになんで痛いんだよ!と、思った次の瞬間

ー暗転ー

全く意識を失います。
気がついた時はベッドの上。酸素吸入。左腕には点滴。指先には心拍数を測る器具。一番違和感を覚えるのは、尿道に細く滑らかなガラス管が差し込まれていること。その先を辿って行くと……、まあ、ヤボな話ですね。
そういう体験を僕は3回やってます。
三回目の手術が決まった時、「ああ、そろそろ、あっちへ行く準備しとくべきかな」などと思い、入院前に部屋の整理をやっておきました。
手術の当日、僕が一番嫌だったのは、尿道に管を差し込まれることではなく、あの麻酔液が体に入ってきて、ジュワ〜、と痛くなり、その後「昇天」するような一連の工程、あの感覚を、体と意識が覚えていることでした。
つまりは、人工的に「臨死体験」を無理やりさせられるわけです。
もちろん、病院、医師、看護師など、「切る側」から言わせれば「全身麻酔」の危険性など屁でもない、のでしょう。でも”まな板の上の鯉”状態の「斬られる側」としては、かなり厳粛な気持ちになるのです。
人工的に意識を失う「その瞬間」
その後、万が一ということがあって、もう自分は「こっちの世界」には帰ってこれないかもしれない。そんな風に思ってしまうわけですね。
そんな訳で、自分と、あの世の世界が、随分と身近に感じられるのです。すぐ隣の席に「死」という相棒が佇んでいる。そんな雰囲気を感じることがあるのです。僕が時折墓参りをするようになったのは、そんな体験があってからのこと。墓石を水で清め、花を手向け、お線香を焚いて、「もしかしたら、そっちへいくかもしれませんので、その時はよろしく」と手を合わせます。
なんだか、ふうぅ〜っと、心の波が穏やかになってゆくのを感じる、その瞬間が僕は好きです。
さて、映画の話でしたね。
本作は夫を亡くした奥さん、瑞稀(深津絵里)が、ひょっこり、あの世からトリップしてきた旦那さん、優介(浅野忠信)と、思い出の場所と人を訪ねて
旅する話。
こういう手のお話は、ミステリーにも描けるし、それこそ妖怪にも描ける。いろんな手法があります。
本作では、旦那さんを演じる浅野忠信さん。この人の役者としての「素材の良さ」を黒沢清監督がまるで三ツ星シェフのように、料理するんですね。
それは深津絵里さんという女優さんも、一緒。いい素材をいい腕の料理人が、適切なレシピにそって作れば、極上の料理が出来上がる。
当たり前のこと、下ごしらえをおろそかにしない。実はそれが一番難しいんだけれど、黒沢清監督はやっぱり、いい仕事してますねぇ〜。
映画のタッチが初めから終わりまで、全く変わらない。
イメージ 2

このお話はファンタジーであるのだけれど、変な特殊効果に頼ろうとはしない。あくまで実写。そして実に巧みな編集で、亡くなった優介が、時には現れ、時にはフッと瑞稀の前から姿を消すのです。
この辺りうまいなぁ〜。
ストーリーは大変穏やかで、観た後、幸福感や、ちょっとした切なさが残る作品です。ただ、観客の心を鷲掴みにするような、ウムを言わせぬような「迫力」に繋がっていないのが、やや残念。でも、浅野忠信さん、深津絵里さんのファンでしたら、もう、間違いなく本作は「三ツ星」ですよ!
**************
天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)
物語 ☆☆☆☆
配役 ☆☆☆☆
演出 ☆☆☆☆
美術 ☆☆☆
音楽 ☆☆☆
総合評価 ☆☆☆
**********
作品データ
監督   黒沢清
主演   浅野忠信、深津絵里、小松政夫、村岡希美
製作   2015年 日本、フランス合作
上映時間 128分

バクマン。


「バクマン。」予告
2015年10月16日 イオンシネマ明石 にて鑑賞

これが大根監督の「大バクチ」だぜ!!

最初はね、観に行く予定もなかったんです。でも、監督が大根仁さん、と聞いてちょっとビビッと来たんですね。
あの「モテキ」の監督さんですよ。
これ、「オモロいかも」という感じで見に行きました。
結果。大満足!! 
もしかして、これって、今年観た映画の中でベスト5に入っちゃうかもしれないです。
やっぱり、映画ってねぇ、何をどう撮ったっていいんですよ。基本、表現は自由なんですから。
どうしても、ちょっと映画をかじると、プロっぽくやろう、とか、あの大監督さんの作風でやってみたいと思うわけですよ。
例えば小津映画の様式美は素晴らしい。洋画のアンゲロブロス監督のスケール感は例えようもない。ヴィスコンティ監督の美意識は酔いしれますよね。じゃあ、自分はどんな映画を撮るのか? 映画監督を志す若者たちは、ぜひ、独りよがりでもいい、自分にしかできない表現を模索してほしいんです。
大根監督はそれを商業映画の中で、どれだけの可能性が示せるのか? 果敢にチャレンジしている監督さんの一人だと、僕は確信します。
映画の中に、書店のポップアップ広告、マンガの吹き出しみたいなのを入れてもいいじゃない!(たぶんこれを最初にやったのは、中島哲也監督の「下妻物語」だと思う)
本作は、漫画家を志す二人の高校生が主人公。
高木君(神木隆之介)は文章、ストーリーを書くのが得意。同じクラスにいる真城君(佐藤健)は絵を描くのが得意。そこで高木君から提案あり。
「俺、ストーリー書くからさァ、オマエ、画を描いてくんない!?」
そして二人でマンガを作って、デビューしようぜ!!というのです。
イメージ 1

最初はあまり乗り気ではなかった真城君。さて、クラスには真城君の憧れの女の子がいます。それが亜豆美保(小松菜奈)さん。圧倒的な美貌とスタイルの良さ。まさしくアイドルです。そんな彼女、実はアニメの声優を目指していることを知った真城君。
「もし、俺が漫画家デビューして、そんで、そんで、もしだよ、アニメになったら、その時はヒロイン役やってくれる?!」
彼女の答えは……
「Yes」でした。
「よっしゃぁぁぁぁぁ〜!! 
おれは漫画家になってやるぞぉぉぉぉ〜!!」
真城君は高木君と組んで一心不乱にマンガを描き始めます。
「マンガやるなら、頂点めざそうぜ!!」
二人はマンガ界の巨人と呼ばれる「少年ジャンプ」編集部に、やっとの事で描き上げたマンガを持ち込むのです……
漫画を創作する、彼らの頭の中、どんなアイデア、どんなストーリー、どんな表現をやろうか? 表現者であれば、誰もが経験する、自分一人にしかわからない、実に曖昧模糊とした、ある種の「ゾーン」
それをプロジェクトマッピングという新しい手法で、本作は描いてみせます。彼ら二人の心象風景を、大根監督は、スクリーンで観客に提示することに、見事成功しました。その演出はけっして独りよがりではない、と僕は思います。
また、その手法は、のちに二人がタイマン勝負することになる、天才漫画家との熾烈な競争のシーンでも、実に効果的に使われます。
この天才漫画家を演じるのが染谷翔太君。
彼、いいねぇ〜。
ここまでちゃんと役作りしてくるとは思ってもみませんでした。
以前見た矢口史靖監督の「WOOD JOB!」 では、まだまだ、新人臭さが抜けていない感がありました。
でも本作では、明らかに役者として成長している姿が見られます。
天才にありがちな、ひとりよがり、わがまま、傲慢、クセとアクの強さ。
普段からかなり猫背な姿で、フラフラと歩く若き天才漫画家を、実に巧みに演じました。
それを演出した大根監督。やっぱ、エッジが立ってるわぁ〜、っていう感じですね、
矛盾した言い方かもしれないけど、アマチュアなら、大いに独りよがりでいいと思います。
しかし、必死の思いで努力して、ようやくプロになった。
マンガを描いてお金をもらう。当然、「読者が面白い!」と思ってもらえるものを描かねばならないわけです。
もう、独りよがりでは通用しない世界なんですね、プロっていうのは。
さらに、映画の場合もっとアブナイ……。作品に関わる人が格段に多くなるんですね。
映画に出資してくれる支援者は、まだ、完成品が見れないわけです。
「これからつくる」映画作品に大きなバクチを打つわけです。
それは売れる作品なのか? はたまた、大衆がそっぽを向くのか? もし、そんなことになったら、もう大赤字。最悪の場合は、監督、プロデューサーは首を吊らねばなりません。売れなきゃ、おしまい「the end」です。
そういう意味で、最近では、大ヒットマンガの映画化が進んでいるのは、出資者への、ある種の「保険」がかかった作品作りとも言えますね。
イメージ 2

ところで皆さん、映画のエンドロールって最後まで見ますか?
僕は本作については、最後までちゃんと見ました。
なんで?
だって、エンドロールまでも面白いんだもん。
こんなに素晴らしいサービスしてくれてるエンドロールなんて、今まで見たことがないです。
1960年代までの映画は、エンドロールなんて、ほんとあっさりしてました。
あるいは、オープニングロールで、先に出演者やスタッフ紹介がありました。
それも、実に短い時間です。
ところが、映画が巨大産業になるにつれ、関わるスタッフの数が、半端なく多くなってきました。とうぜん、エンドロールも長くなる。
「しょうがねぇじゃん」
それが業界でまかり通ってきました。
また、一部の「映画評論家」「映画通」「映画マニア」と称する連中が、この「糞面白くもない」エンドロールを、最後まで見るのが「エチケット」なのだと、いう風潮を作ってしまいました。
エンドロールを最後まで見るのが「本当の映画ファン」なぁ〜んだって!!
笑わせるな!!
だから誰も映画館に行かなくなったんだ!
映画を作る側も、最後の最後まで観客をどう釘付けにしようか、という創意工夫を何にもやってこなかった。はっきり言って明らかにサボってた。
「エンドロールは長くて当然じゃん」
それが業界の常識。
でも観客の立場からは、まったくの非常識。
こんなつまらん、背景真っ黒、知らない人の名前だけ、延々五分以上見せ続けられるなんて、たまったもんじゃない。こっちはお金払ってるんだからね。
我慢大会やってるんじゃないんだよね。
大根仁監督という人は、本当にサービス精神旺盛な人で、観客をどうやって楽しませようか。あっと言わせようか、ニヤッとさせてやろうか、そんな楽しいことしか考えていない、ちょっとイタリアンな感じの人じゃなかろうか。
僕は本作のエンドロールを見ていて、そんな風に感じました。
映画は確かに大バクチです。
でも僕は、あの偉大なスティーブ・ジョブズの言葉を借りて言いたい。
「そりゃあ、失敗する可能性は高いよ、でも僕は一生のうち、一回でも映画を作ったことがあると言えるんだ。それだけで誇りだよ」
**************
天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)
物語 ☆☆☆☆
配役 ☆☆☆☆
演出 ☆☆☆☆☆
美術 ☆☆☆☆
音楽 ☆☆☆☆
総合評価 ☆☆☆☆
**********
作品データ
監督   大根仁
主演   佐藤健、神木隆之介、小松菜奈、リリーフランキー
製作   2015年 
上映時間 120分

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