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映画『シーモアさんと、大人のための人生入門』予告編

2016年11月4日鑑賞

芸術と人生、その「聖性」と「魔力」

辻井伸行さんが優勝した、ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール。
ご存知でしょうか? あの時、優勝者は二人でした。
辻井さんともう一人、中国の若きピアニスト。ハオツェン・チャン。
彼がファイナルステージで弾いたピアノ協奏曲。
その選曲に僕は大いに驚きました。
彼が選んだのはモーツァルトのピアノ協奏曲第20番K.466だったのです。

楽曲を聴いてすぐ分かりますね。
音の数が圧倒的に少ない。
それにモーツァルトが活躍した時代、そもそも現代とおなじピアノはまだ現れていなかったのです。
モーツァルトは61鍵のピアノを使っていたそうです。
現代のピアノはご承知の通り88鍵。7オクターブの音域が自由に選べます。
しかしモーツァルト時代のピアノは5オクターブしかカバーできません。

表現の幅がそれだけ限られるのです。
にもかかわらず、ハオツェン・チャンは、この表現の制約がある、モーツァルトのピアノコンチェルトで「勝負」にでたのです。
なんという大胆さ。
なんという勇気。
僕が思うに、かれは自分が表現できるピアノの「音色」に圧倒的な自信があったのでしょうね。
第二楽章の冒頭のメロディー。
もう一度聴いてみてください。
こんなに易しく、シンプルなメロディー。
おそらく、ピアノを習い始めた小学生でも弾けるでしょう。
それを彼は世界的コンクールという大舞台で「挑戦的」に弾きおおせたのです。
そして彼は辻井さんとともに世界へ羽ばたく切符を手にしました。
音楽におけるまさに劇的なサクセスストーリー。

ここで一つ問題提起しましょう。
音楽での成功とはなんでしょうか?
コンサートのチケットが売れること? 
音楽ビジネスとして成り立ち、金持ちになること?
それとも芸術性の頂点を目指すこと?
これは両立するのでしょうか。
本作はピアノそのものが大好き、また、ピアノ曲が大好きという方には、大変豊かな体験をもたらしてくれるドキュメンタリー作品です。
イメージ 1

ただ、邦題の「人生入門」については、やや疑問符があります。
本作はピアニスト、そして音楽芸術を極めてゆく過程において、芸術家が直面するジレンマについて、シーモアさんが語り部となって、自分の歩んできた人生を振り返り、洞察するというもの。
ピアノという楽器や、その演奏手法についてもかなり突っ込んだ解説がなされます。
したがって、音楽に全く興味のない方、ピアノが好きではない方には、退屈で仕方のない作品に思えてしまうでしょうね。
本作を作ったのは俳優イーサン・ホーク。
すでに俳優としてのキャリアは評価されていました。
しかし彼の言葉を借りれば「実にくだらない演技」を大衆は好み、喜んだのです。
そこに彼は「演じること」その芸術性を極めたい、という欲求が、体の中から湧き出てきたのでしょう。
彼のなかのモヤモヤは頂点に達しました。
やがて彼は、演劇の舞台に立つことに、極度の不安を覚えることになります。
そんな時に出会ったのが、ピアノ教師シーモア・バーンスタインさんでした。
彼は稀有な才能を持ったピアニストであり、賞賛と名声を得ていました。
にもかかわらず、自らステージを去り、一介のピアノ教師という生き方を選びます。
イーサン・ホークは、このシーモア・バーンスタインという人物、その人生に尽きぬ興味と尊敬の念を覚え、記録にとどめたいと、このドキュメンタリー作品を自ら監督します。
イーサン・ホークにとって、シーモアさんは、まさに「人生の師匠」とでも言える人だったのです。
僕も「心の師匠」と勝手に思い込んでいる人物がいます。
小澤征爾さんです。
小澤さんのボストン交響楽団時代のドキュメンタリー「OZAWA」は僕のバイブルとなりました。

心が疲れている時にこのドキュメンタリーはあまりに”眩しい”ものです。
「うつ病」を抱えている僕にとっては、やや調子のいい時に、このドキュメンタリーを見ることにしています。
それは人間と音楽の関わりが「こんなに楽しいもの」であることを感じさせてくれるのです。

「クラシック音楽は敷居が高くってね……」
と敬遠される方も多いでしょう。
小澤さんが生み出す音楽は本当に良い意味で敷居が低いのです。
たしか1980年代に、小澤さんの特集番組が民放で放送されたことがあります。
その中で、実に心憎い演出がありました。
当時デビューして間もないアイドル、野村義男君と、小澤さんが、屋台のおでん屋で、音楽について語り合う、というシーン。
これは小澤さんの音楽を理解する上で、実に的を得た演出でした。
こんなに「屋台の似合う」クラシック音楽の指揮者がいるでしょうか?
世界を探してもそれは小澤さんだけでしょう。
その小澤さんが、世界の頂点に君臨するオーケストラ
ベルリンフィルを率いて演奏したチャイコフスキーの「くるみ割り人形」
そのなかの「花のワルツ」

なんという愛らしさ。美しさ。クラシック音楽が決して限られた特権階級の音楽ではないことを示してくれます。

本作はいろんな問題提起を僕たち観客に投げかけてきます。
芸術とは何か?
芸術と一般大衆との乖離について。
芸術に関わる芸術家はどう生きるべきか?
さらには、芸術は人間を本当に幸せにするのか?
イメージ 2

これは、大変シリアスな問題ですね。
たとえば「最高の音楽を目指そう」というアーティストは、世界中にゴロゴロいます。
それはクラシックに限りません。
大衆音楽でもそうです。
その代表格は今は亡き、マイケル・ジャクソンでしょう。
映画「THIS IS IT 」を見れば分かります。

彼は「キング・オブ・ポップス」と呼ばれました。
まさに王者として、つねに頂点に、居続けなければならない。
そのプレッシャーと戦う姿は、ある種痛ましささえ感じられるのです。
その結果、彼の生涯は悲劇的な結末を迎えました。
音楽が彼を死に追いやった、とさえ言えるのかもしれません。
本作でも語られるように
あまりに音楽の芸術性を追求するあまり、グレン・グールドのように、自分の殻に閉じこもるように、神秘的な存在になってしまった人もいます。
彼は後年、人前でリサイタルをすることをやめてしまいました。
以前テレビで彼のインタビューを目にしました。
「私が人前で演奏しないのは、すべての人に、私の音楽が”等しく”聴かれることを願っているからです」
グールドは、コンサートでは人々は座る席によって、音の響きが違ってくる「それが嫌だから演奏しない」というのです。
しかし、いくらレコードでグールドが奏でる音楽を「共通体験」しようと試みたとしても「再生装置」である、オーディオ機器は、各家庭において違いがあります。
数万円のものから、マニアが購入する数百万円のものまで。
当然音質も変わってきます。
それを考慮すると、グールドの主張はどうにも”あやふや”です。
本作でのシーモアさんは、グールドのこともよく知っていました。
「いい演奏をしたいと願うアーティストは例外なく、客の前で緊張します。グールドは極度の緊張に耐えきれなかったのです」
さて、こんな芸術と人間との関わり。
芸術は人間が生み出した美しい側面ではあります。
しかし「美の探求」という側面もあります。
それは物理学や数学の法則が、それを学ぶ者にとっては「とてつもなく美しい」と感じることと同じです。
「E=mc2」というアインシュタインの方程式は、シンプルで素人目にも調和と美しさを感じます。
しかし、この美しさを持った方程式を利用すれば、おそるべきエネルギーを持った兵器を作ることも可能です。
「永遠の真理」は地球を木っ端微塵に破壊する可能性さえ内包する、冷酷さを持ち合わせています。
「永遠の美や真理」は人間にはしょせん「扱いきれない」もの、なのかもしれません。
だから人間はいつまでも「美や真理」の前では子供なのでしょう。
間違った使い方をしても愚かなままで、何も学ぼうとしません。
そして過ちを繰り返す。
失敗を再生産してゆく。
本作は、見る人により、様々な印象、感想を持つことでしょう。
自分の人生をよりよく生きること。
自分の生を全うすること。
人生においての成功、現世においての成功と、芸術性の成功は両立するのか?
ジャンルは違いますが、一つの分野において頂点を極めようとする人たちのドキュメンタリーとして

「二郎は鮨の夢を見る」

「鬼に訊け 宮大工 西岡常一の遺言」

などもご参考までに上げておきましょう。
**************
天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)
物語 ☆☆☆
配役 ☆☆☆☆☆
演出 ☆☆☆☆
美術 ☆☆☆
音楽 ☆☆☆☆☆
総合評価 ☆☆☆☆
**********
作品データ
監督   イーサン・ホーク
主演   シーモア・バーンスタイン、イーサン・ホーク
製作   2014年 アメリカ
上映時間 81分
p.p1 {margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 24.0px 'Hiragino Kaku Gothic Pro'}p.p2 {margin: 0.0px 0.0px 0.0px 0.0px; font: 24.0px 'Hiragino Kaku Gothic Pro'; min-height: 36.0px}

クロード・ルルーシュ監督の名作!映画『男と女』予告編

2016年10月31日鑑賞

昔はこんな映画に酔ってたんだね

たとえば、チャップリンの「キッド」(1921年製作)


「街の灯」(1931年製作)


を観てみよう。
そこには、人間が生きることの根源的な悲しさ。そして時に「愛」は、残酷な一面をみせることも描かれる。
しかしチャップリンは、作品の中で「人生を生き抜くこと」の素晴らしさも同時に伝えようとしている。
これらの作品は大昔に作られている。
一年前、テレビで大流行りだった芸人のギャグは、今はもう、誰も笑わない。
そういう21世紀の日本でも、90年前のチャップリン映画は十分面白く、ときに「ワッハッハ」と笑えてしまうのである。
そこにはつまり、人間であればここはこう思う。人間であればここは悲しく思う。
人間であればこのツボを突けば笑う。
というある種の真理。
どんな時代であれ、人間の普遍性というものは変わらないことに気づかされる。
愛は崇高なものだ。
人間は音楽を愛し、笑いを愛し、そして異性に惹かれる。
愛は時に人間を盲目にさえする。
その逆転パターンがチャップリンの「街の灯」だ。
盲目の貧しい花売り娘は、浮浪者チャーリーを大富豪だと思い込んだ。
チャーリーは彼女に一目惚れし、一念発起、彼女のためにひたすら働く。
その献身的な働きの末、盲目の少女は手術を受けて眼が見えるようになる。
ラストシーン。
彼女の目の前に現れたのは、みすぼらしい浮浪者のチャーリー。
浮浪者は彼女に尋ねる。
「もう、見えるの?」
「ええ、見えます」
一輪の花を手に持ち、彼女の声に、ただ微笑む、浮浪者チャーリー。
映画はここで終わる。
愛はなんと残酷なのだろう。
「眼が開かれる」「現実を見る」ということはなんと残酷なのだろう。
そして愛は、やはり人間が持つ、最も崇高で美しい特質なのだ。
「キッド」や「街の灯」はサイレント映画である。
セリフすらないのだ。
しかし、21世紀の今観ても、やはり「名作」であり、映画芸術の「傑作」であり続ける。
さて前置きが長くなった。
本作「男と女」
公開50年を記念して、デジタルリマスター版での再上映である。
イメージ 1

これを観てみたいと思ったのは、五木寛之氏の短編小説集「雨の日には車をみがいて」(僕はこの初版本を未だに大切に持っている)が大好きだったからだ。

イメージ 2

この短編集の最初の方に、映画「男と女」のモチーフが引用されている。
五木氏のファンならご存知だろうが、駆け出しのライターである主人公が、愛すべき車に数々出会い、そこにまた、さまざまな女性が絡んでくるという、お洒落で小粋な作品集である。
男は女を愛する。しかし、男の中には、女以上に「クルマ」を愛する人種がいるのである。
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本作「男と女」の主人公とヒロインは、カーレーサーと女性脚本家、という設定。
二人は、過去に結婚していて子供までいる。
ただお互いに伴侶を失ってしまった。
やがて二人は恋に落ちる。
この設定からして、まさに絵に描いたような「特権階級」の夢物語映画である。

この作品が作られたのは1966年。
日本公開も同年の10月である。

当時の日本の世情を見てみよう。

テレビでは「ウルトラQ」が放送開始
「サッポロ一番しょうゆ味」が発売開始
そしてビートルズが初来日した年だ。
ちなみに、カーレースでは前年の1965年、日本のホンダがメキシコグランプリで記念すべきF1初優勝を果たしている。
当時のカーレースは、いわば情熱とロマンをエンジンにぶち込んで走っていたようにおもう。
本作でもフォーミュラーカーと一般のスポーツカーが、ごちゃまぜで描かれている。
人々のモータースポーツに対する知識、関心はこの程度のものだったのだろう。

本作の劇中テーマ曲はあまりにも有名だ。
さらには、映画の手法として、ぶつ切りの編集。
手持ちカメラの多用。
二人が愛を語り合うシーンでは、あえてモノクロ映像にしている。
色彩のない明暗だけの映像を使うことにより、二人の燃え上がる愛が、どのような色彩を持つのか?
それは観客の自由な想像に任される。
いわば観客は「愛の色彩」を脳内補完するわけである。
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フランス映画なので、登場する車は当然フランス車だと僕は思っていたが、
なんと無骨なフォードのムスタングなのである。
正直これには興ざめした。
ちなみに五木氏の小説「雨の日には車をみがいて」に最初に登場するのは
“たそがれ色”に変色してしまったオンボロ中古車の「シムカ」というフランス車である。別名「走る弁当箱」
1966年当時、駆け出しの放送ライターがマイカーを持つ、ということだけでも奇跡的なことだ。しかも外見はともかく「フランス車」なのだ。
「恋人と愛を語るには最高の演出だ」と五木氏も作中で語っている。
そして作中の「僕」は、1話目のラストシーンで「男と女」を三回続けて観るのだ。
それほどまでに当時、この作品はある種「時代のアイコン」でもあったのだ。
本作を初めてスクリーンで観て、僕がまず思ったのは、
「ああ、古い」
という印象である。
これはあくまで僕の個人的な主観であることを前もってお断りしておきたい。
映画手法としての
モノクロ映像とカラー映像の対比
手持ちカメラ
ぶつ切り編集
車載カメラ
登場人物のモノローグ
セリフと映像の不一致。
これらの手法は、1966年公開当時、まさに「流行」の最先端。
新しい波「ヌーヴァルヴァーグ」が、フランスから日本に押し寄せた!
と若い観客たちを熱狂させたのだろう。
しかし映画技法が単なる「ファッション」にしか過ぎなかった、という
極めて残念なことが、公開50年を迎えて、改めて僕には感じられたのである。
50年前のファッション作品は恐ろしく古臭く感じる。
しかし、90年前のチャップリン作品には、今なお観る人の心を響かせる、普遍性がある。
わずか数年で賞味期限が切れるような映画作品が、数多く製作される現代、21世紀。
流行という酔いが冷めたとき、22世紀にも鑑賞できる、芸術としての映画作品であるかどうか?
それが、ようやくわかるのではないだろうか?

**************
天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)
物語 ☆☆☆
配役 ☆☆☆☆
演出 ☆☆☆
美術 ☆☆☆☆
音楽 ☆☆☆
総合評価 ☆☆☆
**********
作品データ
監督   クロード・ルルーシュ
主演   ジャン=ルイ・トランティニャン、アヌーク・エーメ
製作   1966年 フランス
上映時間 104分

ハドソン川の奇跡


映画『ハドソン川の奇跡』予告編

2016年9月26日鑑賞

安全ですよ、ここは劇場ですから。

クリント・イーストウッド監督作品は「ハズレなし!」と思って、観に行ってきました。
やっぱり正解でした。
トム・ハンクス演じる機長役、もう、ほんとに素晴らしかった。
抑制が効いててね、派手に演じすぎない。クリント監督の演出は、とっても自然体です。
また、以前観た「サンキュー・スモーキング」「エンド・オブ・ホワイトハウス」
で印象に残っている、アーロン・エッカート。本作では、緊急事態の中、冷静沈着なキャラクターの副機長役を演じてます。これがまた、いいんですよ。
ちなみにこの作品96分です。2時間切るんですよ、アナタ?!
それで、これだけギュッと中身が詰まっていれば、これは「儲けもん」の映画でしょう。
「ポケモン」探すより、すぐ映画館へGOです!
本作は、事故で二基あるエンジン全てが壊れた旅客機を、ニューヨーク、真冬のハドソン川へ不時着させ、奇跡的に乗員乗客155名、全員が助かった、という実話を映画化したものです。
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そういえば、今更なんですが、クリント監督作品って、実話が多くないですか? みなさん。
「父親たちの星条旗」

「硫黄島からの手紙」

「インビクタス/負けざる者たち」

「ジャージー・ボーイズ」


「アメリカン・スナイパー」

これら、すべて実話ですよ。
ふ〜む、クリント監督、やはり実際に起こった出来事というのは、フィクションより興味深い、映画化すれば絶対、面白い! という判断をしているんでしょうね。
本作と同じ、旅客機事故を扱った作品として、真っ先に思い浮かぶのは、2013年公開のロバート・ゼメキス監督、デンゼル・ワシントン主演の「フライト」でしょう。


ボク、これ大好きなんです。もう、DVDで何回も見直しちゃったぐらい(ブルーレイディスクだとメイキングも見られてお得感タップリ!)
「フライト」でのデンゼル・ワシントン演じる機長は、本作の機長同様「名人」の域に達したパイロット。でも、仕事のストレス、離婚などの影響なのか、その私生活はもう、ボロボロ。
朝っぱらから、コカインとアルコールで、気分は爽快!ハイテンション。 
今日も「イッパツ、キメていこうぜ!」(忌野清志郎さんみたい)ロックスターのノリで、ヒョイと機体を飛ばします。
そうとも知らずに乗りこんだ、乗客が可哀想ですな。あとでえらいことを機長がやらかすんですが、それは映画を見てのお楽しみ。

さて、本作「ハドソン川の奇跡」
トム・ハンクス演じるサレンバーガー機長は、スタッフや仕事仲間から、敬愛と親しみを込めて「サリー」と呼ばれています。
本作の原題は「Sully」なんですね。

2つあるジェットエンジン両方が使えなくなる、という、旅客機としては絶望的な状況の中、真冬、極寒のハドソン川へ、旅客機を「着水させる」という「前例がない」ことを成し遂げたのです。
しかも結果的に全員が生きて、再び家族の元に戻れた。
事故発生から不時着まで、その時間、わずか208秒の出来事でした。

サレンバーガー機長としては、プロフェッショナルとして、乗客を安全に空の旅へお連れするのは、そんなこと出来て当たり前。
どんな事態に陥ろうとも、乗客の命を守ることは、機長として最低限の仕事、義務と捉えている訳です。
このお人柄の素晴らしさ。自分の仕事への誠実さ。
決して自分はヒーローなんかではないのだ、という謙虚な姿勢。
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21世紀がはじまって以降、テロや戦争、銃の乱射事件。
嫌になるニュースばっかりです。
精神的にダメージを負っていたニューヨーカーたち、さらにはアメリカ全市民。
そこに2009年1月15日。
この旅客機不時着のニュースが飛び込んできたのです。
彼らにとって「サリー」は、待ちに待った久々のヒーロー。
アメリカ人はヒーロー大好きですもんね。
それも映画や作り物の世界じゃない、実際に奇跡を起こした、生身の人間なのです。
その偉大な功績はまさに「英雄」と呼ぶにふさわしい。
しかし、ここに立ちはだかるのが、事故調査委員会のお役人たちです。
彼らは事故機の状況を、データをもとに再現。コンピューターでシュミレーションを行います。
結果は
「安全に空港に戻れたはずである」
機長は「着水させた」のではなく「ハドソン川に墜落させたのだ」と事故調査委員会は断定します。
世間から、もてはやされ、人気の階段を一気に駆け登らされた、サリー機長。
まさにここでハシゴを外されてしまった訳です。
一転、彼は、155人の命を危険にさらした「容疑者」にされてしまいます。
やがて公聴会で、事の真相が明らかとなってゆきます。
この作品、スリルある導入部、事故発生時のリアルな状況の再現、さらに事故調査委員会メンバーと、機長たちとの密室劇。
これらのシーンが、とってもバランスよく編集されてますね。
本当にうまいです。
それにエンドロールがこれまた、いいんだなぁ〜。
音楽好きなクリント監督らしく、ニューヨークの高級ジャズクラブで聴けるような極上の音楽がタップリ楽しめます。
あなたが思うように、僕も一度、サリー機長の操縦する飛行機に乗ってみたいものですね。
ちなみに、本作での事故原因となった、鳥との衝突「バード・ストライク」については、邦画の矢口史靖監督作品「ハッピーフライト」

で詳しく描かれております。
こちらも楽しい作品ですよ。おすすめです。

**************
天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)
物語 ☆☆☆☆☆
配役 ☆☆☆☆☆
演出 ☆☆☆☆☆
美術 ☆☆☆☆
音楽 ☆☆☆☆☆
総合評価 ☆☆☆☆
**********
作品データ
監督   クリント・イーストウッド
主演   トム・ハンクス、アーロン・エッカート
製作   2015年 アメリカ
上映時間 96分

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映画『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』予告編

2016年8月26日鑑賞

トランボさん、これもあなたが書いたの?!



「ローマの休日」という作品が、もし存在しなかったら、映画の歴史は書き換わったに違いない。
オードリー・ヘップバーンは、グレゴリー・ペックとローマの街をスクーターで駆け抜けていただろうか?
二人のラブストーリーをスクリーンで観る。その感動と楽しみを、僕たちは永遠に失ったかもしれない。その危険は十分にあった。
なぜなら、この脚本を実際に書いたのは「ダルトン・トランボ」という共産主義者だったからだ。
脚本は公開当時、別人の名前が使われた。
やがてオードリー・ヘップバーンは、この作品でアカデミー賞に輝き「世界の恋人」とまで賞賛される大スターとなる。
しかし、彼女を受賞に導いた、当の脚本家の名前は永く秘密にされたのだ。
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お話は、1950年代のアメリカ。
いわゆるマッカーシズム、赤狩りが始まったころ。
すでに脚本家として成功を収めていたトランボ。
彼も赤狩りの標的にされてしまった。
その迫害は家族にまで及ぶ。
難を逃れるため、自宅を売却し、移り住んだ先でも「アカ」への偏見、いやがらせは厳しい。
議会に証人喚問され、証言を拒否すると「議会侮辱罪」に問われる。
ハリウッドの第一線で活躍していた、著名な脚本家は、共産主義者というだけで、その活動の場を奪われ、監獄送りとなる。
監獄に入るシーンは印象的だ。
素っ裸で尻の穴まで看守に「検閲」されるのである。
これが、つい60年前まで、本当にアメリカで行われていた実態なのだ。
ただ、このシーンで一つの救いは、トランボを罪人に仕立て上げた人物も、のちに脱税で告発され、ちゃんと監獄送りになる、という点である。
悪い事をしたやつには容赦しない。
どんな地位と名誉を持った人物でもブタ箱に放り込む。
そういう「正義」を実現しようとする姿勢がアメリカにはある。

ちなみにアメリカという「国家」は「自由」と「正義」を旗印に掲げたとき、それ以上の価値観が存在しない、ある種の「全体主義国家」になると僕は見ている。
これは極めて注目すべき特性である。
「自由と正義」は「人の命より重い」ことを容認するのである。
結果として、それがどれほどの人命を奪おうとも、アメリカは何度でも間違いを繰り返す。歴史を見る限り、アメリカはそういう国家である、と僕は思う。

本作を観る前、予告編では、ずいぶん、テンポよく進むストーリーなのかな、と思っていたが、意外にも重厚で、緻密な構成を持つ作品に仕上がっている。
この辺りは監督の演出のさじ加減なのだろう。
共産党員たちを目の敵にする、コラムニストの意地悪おばさん役にヘレン・ミレン。

アカデミー賞女優として、深みと味わいのある、惚れ惚れするほどの「悪役」の演技をみせている。
主人公トランボを演じたブライアン・クランストンのウィットに富んだ演技スタイル、その人物造形は見事だ。
ときに気難しくなる脚本家を支える、奥さん役のダイアン・レインがこれまたいいなぁ〜。
トランボは一人で闘っていたのではなかった。
迫害への痛みに耐え、なんとか仕事を廻そうとする脚本家仲間たち。
そしてなにより、トランボには愛すべき家族がいた。
仕事中毒とも言えるトランボと、年頃の娘との、ぎくしゃくしたやりとりも、映画の中では微笑ましいエピソードに思える。
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なお、アクの強い映画製作者、フランク・キングを演じるのがジョン・グッドマン。
このキャスティングは絶妙!
デンゼル・ワシントン主演の「フライト」でも、クスリの密売人を実に怪しく演じきった。

映画製作者フランクにとって、何より大事なのは、ずばり「金儲け」なのだ。
仕事ができる環境を求めていたトランボと脚本家仲間たち。

超一流の脚本家が、いまなら破格の安値で雇える!
お互いの利害が合致し、フランクとトランボたちは、こっそり手を結ぶ。

「アカの連中」が書いた脚本でも、映画がヒットして銭がバカスカ儲かりゃ「それでOK」と開き直るフランク。

「アメリカの理想を守るための映画同盟」(いかにも、うっとおしい名前ですな)は、「アカたち」を弾圧するのが三度の飯より大好き。
情報網を駆使して、彼らが活動しそうなところを見つけ出してゆく。
強欲の映画製作者、フランクの元にも捜査の手が伸びる。
「彼ら”アカたち”と取引すると、あなたの会社もどうなるか知りませんよ」と脅しをかける。
しかし、脅した相手が悪かった。
金儲けのためなら人殺しでも構わない、というぐらい肝っ玉の据わった人物に、挑発をかけてしまったのだ。
「てめぇ〜、誰に向かってモノを言ってる! 舐めんじゃねぇ〜!」
このフランクの怒りに暴れ狂うシーンは、むしろ本作において痛快である。
観ているこっちも「赤狩り同盟、ざまあみろ」という心境になる。
本作はかつて、自由と正義を守る国を標榜する、アメリカという国家が、映画界や映画人たちに、どのような迫害を加えてきたかを明らかにする。
もちろんご承知のように、チャップリンでさえ、赤狩りの対象となり、石を投げつけられるように、国外追放されてしまった。
アメリカという不思議な国家の振る舞いや、その闇の部分については、もっと掘り下げ、問題提起することもできるだろう。
本作では、その辺り、映画の終盤、ソフトランディングさせているような印象を受ける。
ただ、自身の名前を伏せてまで、映画脚本を書き続けた、ダルトン・トランボという人物がいたこと。その事実と生き様を知るだけでも本作を観る価値はある。
トランボの脚本家としての桁外れの才能と、映画への熱情に改めて脱帽せざるをえない。

**************
天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)
物語 ☆☆☆
配役 ☆☆☆☆
演出 ☆☆☆
美術 ☆☆☆☆
音楽 ☆☆☆
総合評価 ☆☆☆
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作品データ
監督   ジョイ・ローチ
主演   ブライアン・クランストン、ダイアン・レイン、ヘレン・ミレン
製作   2015年 アメリカ
上映時間 124分

モーガン・フリーマン×ダイアン・キートン共演!映画『ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります』予告編

2016年7月24日
パルシネマにて二本立て鑑賞

歳をとるにも「コスト」なんだよね。

世界の大都市である、Tokyo,Japn の物価の高さは、飛び抜けていますね。
過去のランキングでは常にトップだったようです。

当然のごとくニューヨークも、やっぱり「お高い」
世界を代表する大都市の一つだから、それも仕方ないかもしれませんが。
本作に登場する老夫婦。
モーガン・フリーマンとダイアン・キートンが演じる、アレックスとルースの熟年ご夫妻。
この二人は、大都会のアパートメントに、40年間暮らしてきました。
部屋は5階建ビルの最上階にあります。
眺めは最高。
ニューヨーク、ブルックリンの街を、独り占めできるような展望です。
夫のアレックスは、そんな部屋をアトリエにして絵を描いている画家です。

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アレックスは毎朝、愛犬のドロシーと散歩に出かけます。
このドロシーとも長い付き合いです。ペットというより、もはや家族以上の存在。
散歩の途中でコーヒーショップへ立ち寄り、二人分のコーヒーを持ち帰るのが日課になっています。
アレックスとドロシーは、ふたりして朝の散歩を終えて自宅に帰ってきました。
アレックスの片手にはドロシーのストラップ。もう一方の手には、二人分のテイクアウトのコーヒーを乗せたトレイを持っています。
最上階5階までの階段を、一段、また一段、のぼってゆくアレックスと愛犬ドロシー。
やれやれ、体がきついなぁ〜。
歳を重ねるごとに、5階まで登る階段がきつくなってきました。
愛犬ドロシーも、寄る年波に勝てず、階段を登る途中で休憩するような有様です。
というのも、このビルには、そもそもエレベーターがないのです。
それ以外は、ほぼ完璧な「物件」なのですが。
そんな二人を見て、奥さんルースは、一つの提案を持ちかけます。
「いつまでもこの部屋にはいられないわ。エレベーターつきの、暮らしやすい部屋に引っ越しましょうよ」
アレックスにしても「確かにそうかもしれない、彼女の言う通りだ」と思う反面「いや、しかし、この住み慣れた部屋から出て行く、というのはなぁ〜」
なんとも、複雑な心境です。
確かに愛犬ドロシーだって、階段は辛そうだ。
散歩も、そう長く楽しめないかもしれない。
アレックスも、渋々、自宅を売りに出す決意をし、不動産のエージェントをやっている、姪っ子のリリーに自宅売却を依頼するのです。
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やり手不動産エージェントのリリー(シンシア・ニクソン)は、仲介手数料をかせごうと虎視眈々です。
アレックス夫妻の部屋を、さらに魅力的に見せるために「こうしなさい、ああしなさい」と指示を出してきます。物件の内覧会「オープンハウス」の日が勝負なのです。
そんなおり、愛犬のドロシーに異変が。うまく歩けません。
熟年夫妻は、急いで医者に連れて行こうとします。
この時の医師とのやり取りが興味深いですね。
ドクターによると
「病名はヘルニアです。手術が必要ですね。費用としては**万ドルかかるでしょう」
ワオッ?!
アメリカでも日本でも、ペットの医療費は高額なんですね。
さらには、事もあろうにアパートメントの近所で、テロが発生!!
不動産屋のリリーは頭を抱えます。
「Ohマイガー!! 相場が下がっちゃう!!」
いったい内覧会はどうなるのか?
アレックス夫妻の決断は?
愛犬ドロシーはどうなるのでしょうか?
本作を見ていて面白いのは、大都会を舞台にした暮らしぶりであり、それはズバリ
「お金」「プライス」なんですね。
ペットの病気治療費用が数万ドル、さらにはアレックス夫妻のアパートメント、その資産価値なんと100万ドルオーバー。
日本円に換算して1億円を楽に超える物件です。
そんな物件に、今までどうやってローンを払っていたんだろう? などと僕なんかは思ってしまったのですが。
イメージ 3

アレックス夫妻は、決して贅沢な暮らしをしているわけではないのです。また、望んでいるわけでもない。
ただ、アメリカで最も歴史の古い町の一つ、ブルックリン。
250万人が住む、人口密度は高いけれど、落ち着いた雰囲気のある街並み。
ここで暮らし続けたい。大都会で慎ましやかに暮らすこと。
そう思う老境に入った夫婦を演じるモーガン・フリーマンとダイアン・キートン。
役者として、年輪を感じる演技は「さすが!」の一言でした。

**************
天見谷行人の独断と偏見による評価(各項目☆5点満点です)
物語 ☆☆☆
配役 ☆☆☆☆
演出 ☆☆☆☆
美術 ☆☆☆
音楽 ☆☆☆
総合評価 ☆☆☆
**********
作品データ
監督   リチャード・ロンクレイン
主演   モーガン・フリーマン、ダイアン・キートン
製作   2014年 アメリカ
上映時間 92分

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