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僕は、モータースポーツに関していままで『観る側』でした。
サーキットには二種類の人間しかいない、とよく言われます。
『走る者』と『観ている者』
モータースポーツをいざ走る側にまわった途端、とんでもない費用がかかってしまいます。
走りたくても走れない、そういう現実がありました。
ところが、昨年僕の目の前に現れたのが
『レンタルカート』でした。
では1周250円で走れます。
乗ってみました。
走りました。
本物のサーキットで走ったのです。
57年間生きてきて、初めてのサーキット走行でした。
そこでわかったこと。
「レンタルカートは250円で乗れるレーシングカー」
それは紛れもなくリアルな『レーシングカー』でした。
もう、僕は、観る側にいなくていいのです。
もう、僕は主役になれるのです。
もう、僕は評論家ごっこをしなくていいのです。
『ものごと』の多くは『当事者』と『評論家』に分かれます。
「評論家の一般ピープルは安全な場所に身を置き、『当事者』たちをみて、
「あれは良くないよね、ここが良くないよね」などと言います。
自分たちはやったことがないのに、体験したこともないのに……。
僕は今まで映画の評論を書き綴ることにかなりの労力を費やしました。
今まで劇場で600本近く鑑賞したでしょうか。
それを家に帰って、自分なりの意見や感想などを「映画レビュー」という形で電子書籍化しました。
(ぼくのペンネーム 天見谷行人の電子書籍はこちらから)
書いた映画レビューは500本以上に及びます。
しかし、いくら映画レビューを1000本書こうとも、僕はきっと満足できなかったでしょう。
なぜなら、僕には映画を作ったことがないから。
そして、映画を作るセンスや才能は自分にはない、ということがよくわかりました。
それは僕が劇場で600本近い映画をお金を払ってみてきたからこそ、自覚できたのです。
僕は”映画評論家ごっこ”をしているのだ、と映画レビューを書きながら、いつもどこかで、寂しい思いをしていました。
僕の場合、映画を見るという行為は、自分が『映画を作る当事者』ではないことを確認する作業でもありました。
そこで、せめてもの慰めとして、僕の書く「映画レビュー」それ自体が『ひとつの作品』として、読者を楽しませる。そんな文章を書いてみよう、と思いました。
そうして僕は500本以上の映画レビューを書き綴りました。
2016年の12月、僕は4回目の右耳の手術を全身麻酔で行いました。
これが一つのきっかけとなり、それ以降、僕は映画の世界から一定の距離を置くことになりました。
今僕はサーキットで走っています。
ようやく『当事者』になれた、という喜びがあります。
音楽については……。
これはまた次の機会にお話ししましょうか。
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モータースポーツ
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11/7日、久々に神戸スポーツサーキットへ。
10月中は体調を崩して、ほとんど寝たきり。足腰弱りますね。
サーキットに着くと、まずは休憩室、兼、ロッカールームへ。
ここにはレンタル用のヘルメット、グローブ、プロテクターなんかが、ずらっと揃っています。
いつものようにその部屋に入ると、
あれまぁ〜、なんと、珍しい。
外国の方、お二人さんが走りに来ていました。
顔なじみのスタッフ、Sさんが、カタコトの英語で、う〜ん、などと唸りながら、カートに乗る手順と走行時間について説明していました。
この日はバイクも走りますし、キッズカートも走る時間帯があったのです。それらを説明しています。
僕はニヤリとしながら、カートに乗る準備をします。
この日のために、お手製シートも持参しました。
まあ、せっかくなんで、わざわざ海外から、神戸市西区のサーキットに来られた、ガイジンさん、二人に話しかけてみました。
「どっからきたの?」
ちなみにこれもカタコトの英語です。
「オレタチ、ウラジオストックダヨ!」
「Oh〜! ベリー、コールドなところから来たんだね」
二人はロシアの人でした。
僕がプロテクターをつけたりしているので、
「おっ、お前も走るんだな」という感じで、向こうも話しかけて来ます。
「オマエ、体重何キロ?」
僕はカートで速くなるために、ちょっと減量していました。
まあ、それでも
「ウ〜ン、ゼブンティファイヴKgぐらいだよ」というと、
ちょっと太った方の人が笑いながら
「オレノホウガ、オモイゼ! 90Kgダ。ハハハ!!」
そこで僕がちょっと自慢げに
「アイ、トライ、ディス、サーキット。マイベストラップタイム、え〜っと、シックスティファイヴ、セカンドなんだよ」
ぼくが65秒で走ると聞いて
いきなり二人の表情が変わりました。
ちょっとマジな雰囲気。
「Oh〜! ユー、ファーストね!!」
いやいや、なにをおっしゃいます、と僕は、日本人の美徳、お家芸、であるところの『謙遜』を披露します。
そのあと、いよいよサーキット走行へ。
僕は1号車に乗ります。
やっぱり、一人より、グループで走るのは楽しいですね。
この日は、ベストラップ1分05秒でした。
風邪をこじらせて、三週間ほど寝たきり生活を送っていた割には、自己ベストとほとんど変わらないタイムが出せました。
ほぼ自分の走行ラインが、安定して来ているんだなぁ〜、と、ちょっと安心しました。
それでも体はフラフラ。結局たった6、7周するだけでピットイン。
久々の横Gで、もうぐったり、(レンタルカートとはいえ、その横Gはバカにできませんよ。肋骨をポキっとへし折るぐらいの力がかかります。そのためにプロテクターを身につけるのです)
そのまま走行終了となりました。
三人のラップタイムを、Sさんがプリントアウト。
なんと、太ったロシアの人が『59秒』を出していました。
「オーマイガー!! ユー、ベリーファーストじゃないか!! スゴイデスネ」
と僕が褒め称えると、
「おいおい、そんなに持ち上げるなよ」と向こうもニコニコ。
記念にと思い僕は
「テイク、ウィズ、ピクチャーOK?」
「OK,OK!!」
というわけで記念撮影。ハイチーズ!
言葉なんて、大していらないですね。
サーキットで一緒に走れば、もう『トモダチ!!』デスヨ! |
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今、レンタルカートにハマってます。
先月から専用ブログをgooに立ち上げました。
ホームコースは神戸スポーツサーキット
6月24日、自己最速タイム1分05秒583が出ました。
コースレコードから10秒落ちのところまで来ました。
走ってる最中は無我夢中。何にも考えてません。
ああ、楽しい!
モータースポーツの原点。
キッズ達の走る姿も可愛いです。
おじさん胸キュンです。
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快挙!インディ500 佐藤琢磨、日本人初のインディ500優勝! 先日、我らが佐藤琢磨選手が、第101回インディ500マイルレースで日本人初優勝を果たしました。
ほんとうにおめでとうございます。
佐藤選手自身がコメントしていましたが、トップ争いは本当に「フェアプレイ」でした。
本当のモータースポーツのファンは
「クラッシュシーンは見たくない」のです。
今回も、レース中の大クラッシュシーンがテレビニュースで大きく報道されましたね。
予選1位からスタートしたスコット・ディクソン選手が53周目、ウォールに接触したジェイ・ハワード選手の車を避けきれず激突。大クラッシュとなりました。
四輪レースで一番危ないこと。
それは「空を飛んでしまうこと」なのです。
レース用のタイヤは素晴らしいグリップ力を持っています。
さらにウィングによる強烈な下向きの力(ダウンフォース)が発生します。
その力でレース用タイヤを路面にギュ〜っと押し付けながら、走るのです。
車は人が操るものです。
トップドライバーたちは様々なアクシデントを乗り越えて来たツワモノたちです。
少々の事故なら回避する能力をすでに持っている「選ばれた人たち」です。
しかし、それは地上を走っている時の話。
一旦、マシンが宙を舞ってしまうと、もう後は運頼みです。
最悪中の最悪は
「空を舞って、ひっくり返り、ドライバーの頭から落ちる」場合です。
かつて日本のレースでも何人かのレーサーがこういったアクシデントで命を落としました。
現在のレースマシンのレギュレーションでは、多くの場合、このような車の転倒にそなえて、乗員のヘルメット頂部より高い位置にロールバーを設置、ヘルメット両サイドには衝撃吸収パッドの設置など、さまざまな安全対策が取られています。
そういった、地道な安全対策については、目立った報道はされません。
確かにクラッシュシーンは、お茶の間にとっては刺激的でしょう。
テレビ局は視聴率を稼げるでしょう。
しかし、それはモータースポーツを
「単なる見世物」
としか捉えていない、ということに他なりません。
モータースポーツが、単なる見世物ではなく「文化」として今、日本で根付こうとし始めています。
それが最も分かりやすく感じられるのが、
「子供達が走るカートレース」なのですよ。
僕はそう思っています。
これからも僕は、子供達のカートレースを応援し続けますよ。 |
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5月初旬、神戸スポーツサーキットでカートレースがあった時、僕は、古ぼけた帽子をかぶって行きました。
それがこれ。
ちょうど30年前、1987年F1日本GPの時、鈴鹿サーキットで買った帽子です。
この帽子を被って行ったのは正解でした。
僕のiPhoneに、1987年F1ブラジルグランプリでの中嶋さん、アイルトン・セナのツーショット写真を入れておきました。
その時に中嶋さんが被っていた帽子。
神戸のキッズチャンピオンのお母さんに見せます。
僕の帽子を見比べて
「すご〜い、この帽子とおんなじ!!」
お母さんは33歳とのこと。
お母さんが3歳の時に鈴鹿でF1が開かれました。
その鈴鹿サーキットで購入したプレミア帽子なのです。
ちなみに、ヤフーオークションで検索すると、僕の白い帽子は出品が一つもありません。
鈴鹿の日本グランプリの時、中嶋さんが被っていたホンダF1チームの帽子は黒バージョン。
このレプリカモデルはヤフオクで出品されていて、以前\8,900-の値段がついていました。
モータースポーツのファンになって30数年が経ちました。
80年代初頭。空前のバイクブームが訪れました。
僕も大学の後輩たちの影響で、バイクに乗り、その後、モータースポーツの世界に引きずり込まれてゆくのです。
詳しくはまたの機会に。
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