歴史

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 何となく、コアな話題が続いているが気にしないw
 さて、前記事では通信技術が日本を滅亡から救った例を示したわけだが、実はもうひとつ通信技術が日本を救った事例がある。
 その前に、ちょこっと歴史年表を(と言っても一つだけ)

1916年 ハワイと艦橋無線通信所開通 → 太平洋地域に無線通信が可能に

これが最大の布石になったみたい。

1923年9月1日 関東大震災が発生
この時、東京近辺の通信局が全滅
しかし、付近航行中の船舶無線は生き残る
そこで船舶から各通信機や通信局を経由して大阪へ
また、仙台の通信局へ入った一方により全世界へ震災の被害伝達
世界中から復興支援が始まる

という流れにより、日本の災害復興が行われることになった。


 近年の例だと阪神・淡路大震災やスマトラ沖地震などが発生しても、無線通信やインターネットですぐに世界へ情報が伝わり、救援活動が行われるようになっている。
・・・、阪神大震災の時にはまだネットは発達してないかw

 悲しいのは、これら災害復興に役立つ技術のほとんどが軍事技術の派生品ということだろうか。インターネットだって、もともとは核攻撃を受けてもどこかが生き残る通信システムとして作られたわけだし。

 1880年ごろ、ヘルツが電磁界の変動で波動を伝搬させる現象を発見。マルコーニがこの原理を応用することでモールス信号の電信に成功。そして1897年1月に英国陸軍が公開実験を行い、全世界にニュースを伝えた。
 通信技術に関しては、有線・無線技術双方がイギリス初だったため、各国はイギリスの独占阻止に奔走していた。で、いろいろあったわけですがそこは割愛w そして、1906年ベルリンで国際無線電信会議を開催した。これが国際通信連合の無線標準国際会議の始まり。(のようだw)

 このころの日本はいったいどうしていたか? wikiを見てみると、1880年と言えば明治13年。あのダグラス・マッカーサ元帥が誕生してます(ォィ
 明治新政府は軍の近代化を進めており、イギリスに多くの士官を留学させ、さらに軍艦を発注していた模様(そんなことはどうでもいいんです!)
 この時の駐在武官に無線通信技術の開発を行うよう進言される。海軍はマルコーニ式通信機一式を購入しようとするが、あまりの高額に断念。


ここからが日本のぶっ飛んだところw


そこで当時の日本政府は通信技術の「独自開発」を決断(1901年)w
翌年技術開発に成功(速いw)。
1904年に改良された三六式無線機を開発
日本海軍の軍艦・陸上に配備される

このくだり、司馬遼太郎の「坂の上の雲」にも書かれてるらしい。一度読んでみよう。


 さて、1904年と言えば、いったい何があった時でしょう?


 日露戦争ですね。というか、ほとんど直前に完成してるみたいですね。で、なんとか実戦配備の間に合った国産無線機。

 そして明治38年。西暦1905年5月27日。哨戒船「信濃丸」から日本海軍史上、そして何よりも日本の通信技術史上、最高の名文と言われる通信が入ることになる。

「敵船見ゆ!」

 こうして日本海軍は、日本海海戦でバルチック艦隊を破ることに成功したのでした。

 もちろん、日露戦争の勝利は様々な幸運の賜物であっただろうが、当時から日本の技術開発が先見の明によって行われていたことは誇るべきでしょう。
 え?大和?いやだなぁ。何を言ってるんですかぁ。

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