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網走市 モヨロ貝塚
港近くの小高い場所にあります。
オホーツク圏観光連盟発行
「オホーツク探検」より
若き理髪職人 米村喜男衛によってモヨロ貝塚が発見されたのが1913年。
網走川がオホーツク海にそそぐ河口の森の中に眠っていたオホーツク文化。
オホーツク人(流氷の民)と呼ばれた人々は、海獣狩猟民族で航海術にも優れ、流氷の帯に集まるアザラシ類やクジラ類を追ってオホーツク沿岸にやってきたと推測されている。
オホーツク文化を代表する遺跡モヨロ貝塚からは、オホーツク人が使っていた、土器・石器・骨角器・木製品・金属製品などが出土されている。
時代は、本州区分では、弥生時代後期から平安時代後期頃。
北海道区分では、続縄文時代中期から擦紋時代後期頃。
彼らオホーツク人は忽然と姿を消した。
何処から来て、何処へ去ったのか。
小学校か中学校の社会科見学授業で、行ったはず。
でも、こんな普通の家だったけ?
スタンプラリーの幟も不似合いだし。
かなりがっかりです。
でも、中に入って、地下の展示室には、人骨や土器等の展示がありました。
・・・建物の見た目だけで帰らなくて良かった。
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こんばんは
が存在していたのですか。
オホーツク人っていう民族
知りませんでした。謎の民族なのですね。興味津々です。
2010/8/20(金) 午後 7:43 [ kitamama ]
こんばんわヽ(´∀`*)ノ
私もオホーツク人なんて始めて知りました。
どんな姿をしていたんでしょう?
どうして姿が消えたのでしょう?
知りたいですね〜
2010/8/20(金) 午後 9:42
kitamamaさん。こんばんわ。
そうなんですよ。
オホーツク人は何処から来て、何処へ去ったのか。
この謎は未だに解明されていません。
2010/8/20(金) 午後 9:44 [ むつもも ]
桃花さん。
オホーツク人の謎をたどっていたら、むつももの遠い祖先
だったりして・・・
2010/8/20(金) 午後 9:49 [ むつもも ]
モヨロ貝塚は、北海道網走市にあるオホーツク文化の代表的遺跡である。網走川河口左岸、オホーツク海のそばに位置する。国の史跡に指定されている。
本貝塚名は、当時のアイヌ人がモヨロ・コタンと呼んでいたことから、1918年に米村喜男衛によって付けられた。モヨロは「入江の内、あるいは所」という意味。
本貝塚は、網走川河口の左岸(北岸)にあり、標高5メートルの砂丘台地に立地する。編年的に日本の縄文時代晩期に並行する時期から住居が作られ、続縄文時代が続いた。さらにオホーツク文化に変わっても集落が営まれた。住居は竪穴式で、死者は貝塚に埋葬された。
オホーツク文化の大型住居には、海獣、ヒグマなどの骨が丁寧に並べられていた。貝塚からは屈葬された人骨が多数見つかった。
多数出土した物には骨角器、土器、石器があり、また本州で制作されたとみられる鉄の刀や鉾、大陸から持ち込まれたとみられる青銅の鈴などがあった。土器や骨角器にはクジラ・イルカ、クマの彫刻が見られる。
牙で熊など動物をかたどった像があり、中には優れた造形の牙製女性像もある。道具類の比重から海獣の狩猟に重点があったと推測されてい
2018/8/25(土) 午後 5:18 [ 北海道にまた行きたいな ]