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ところ遺跡の森
久遠の風音
古代の風が見える、
営まれた暮らしの
息吹が耳をかすめた。
大地に残された確かな証
赤茶けた地肌に勇気と知恵の文様が・・・
時を超えた歴史の遺産を
次代へとつなげる、緑の樹林から (ところ遺跡の森 資料より)
あたり一面を見渡せる小高い場所に、竪穴式住居がありました。
生い茂る樹木の中に、復元した竪穴式住居が見えています。
紅葉の頃はもっと綺麗でしょうね
内側はひんやりとしています。
でも何となく怖い感じがして、急いで出ました。
毎日多くの危険と闘いながら、必死で暮らしていたはずのオホーツク人が、
ちょっと、怠けて、贅沢なむつももを怒っているような気がふとしました。
周りは、蚊や、アブや、ハチだらけです。
紅葉の頃には、虫対策と熊対策を万全にして、又、来ます!
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オホーツク文化
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オホーツクの小さな町、 常呂町。
オホーツク海。サロマ湖。 両方あります。
海の幸あり、湖の幸あり、山の幸あり、
よい と・こ・ろ です。
ところ遺跡の森は、カシワ、ナラの生い茂る広大な森林の中にあります。
総面積が120.822㎡
今年の夏の初め頃には、熊の足跡があり、一時期、立ち入り禁止になったことも。
ところ遺跡の森は、全部見るのには半日もかかるそうです。
ところ遺跡の館
大きなどんぐり。
エゾリスが収穫を楽しみにしていることでしょう。
森の中にあった竪穴住居をイメージして建てられた館
ここでもスタンプラリーの、幟がちょっと・・・ 他にも多くの展示があります。
●ところ埋蔵文化財センター どきどき
●東京大学常呂研究室
●東京大学文学部常呂資料陳列館
●縄文の村
●続縄文の村
●擦文の村
涼しくなったらゆっくりと行きたいな。
カーリングのマリリンも常呂出身だったよね〜。
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網走市 モヨロ貝塚
港近くの小高い場所にあります。
オホーツク圏観光連盟発行
「オホーツク探検」より
若き理髪職人 米村喜男衛によってモヨロ貝塚が発見されたのが1913年。
網走川がオホーツク海にそそぐ河口の森の中に眠っていたオホーツク文化。
オホーツク人(流氷の民)と呼ばれた人々は、海獣狩猟民族で航海術にも優れ、流氷の帯に集まるアザラシ類やクジラ類を追ってオホーツク沿岸にやってきたと推測されている。
オホーツク文化を代表する遺跡モヨロ貝塚からは、オホーツク人が使っていた、土器・石器・骨角器・木製品・金属製品などが出土されている。
時代は、本州区分では、弥生時代後期から平安時代後期頃。
北海道区分では、続縄文時代中期から擦紋時代後期頃。
彼らオホーツク人は忽然と姿を消した。
何処から来て、何処へ去ったのか。
小学校か中学校の社会科見学授業で、行ったはず。
でも、こんな普通の家だったけ?
スタンプラリーの幟も不似合いだし。
かなりがっかりです。
でも、中に入って、地下の展示室には、人骨や土器等の展示がありました。
・・・建物の見た目だけで帰らなくて良かった。
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