天地の超常現象

アベ文化大革命により市民はいつ終わるとも知れない応仁の乱状態だ!もう一度、竜馬暗殺までさかのぼって歴史のやり直しがができればなあ

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          中原中也(ちゅうや)没後80周年


     渡来の研究室(ミスター間門園)

                                    http://yukisophy.exblog.jp/18056774/

   中原中也『汚れつちまつた悲しみに……』の授業


中原中也の『汚れつちまつた悲しみに……』の授業をする。

 汚れつちまつた悲しみに
 今日も風さへ降りかかる
 汚れつちまつた悲しみに
 今日も風さへ吹きすぎる

 汚れつちまつた悲しみは
 たとへば狐の革衣
 汚れつちまつた悲しみは
 小雪のかかつてちぢこまる

 汚れつちまつた悲しみは
 なにのぞむなくねがふなく
 汚れつちまつた悲しみは
 倦怠(けだい)のうちに死を夢む

 汚れつちまつた悲しみは
 いたいたしくも怖気(おぢけ)づき
 汚れつちまつた悲しみに
 なすところもなく日は暮れる・・・・・・
                             (『山羊の歌』)


 詩は、遠い存在に向かってうたわれるものだと以前書いた。遠い存在とは神かもしれない。でも、神がこの世界に存在するか否かは不明である。存在すると思うものにとっては存在するのだろうし、そうでないと思うものにとっては存在しないのだろう。このことは、詩についても言える。本屋の詩のコーナーにおかれた詩集が詩であるかどうかは、きわめて個人的な問題である。いくら詩のコーナーにおかれた詩が詩だと言い張っても、それを詩だと思わない者にとっては詩ではない。

それと同じように、中原中也のこの詩を詩だと感ずるか否かは人によって異なるのだから、例えば、僕の授業を聞いて、少しでも感ずるところがあったとするならば、その人にとって、この詩は詩となったのである。要するに、個人的な問題である。

ということで、授業をしていく。「汚れつちまつた悲しみ」という俗語は「汚れてしまった悲しみ」という普通一般の言い方とは異なる。吐き捨てるようなプライベート言語である。それを「遠い存在」に向かい中也は吐き捨てる。そのような人間を超えた存在とも言える「遠い存在(神)」に向けて、吐き捨てることは可能なのか。詩人であれば、それはできない。しかし、中也は吐き捨てた。ここにあるのは何か? 

この詩の底を流れているのは「死」である。「死を夢む」の「死」である。それの対となる語句は「皮ごろも」である。これは、毛皮の極上のコートのこと。それは、若き日の中也の希望や理想。そう、夢であったろう。その夢は、現実の生活の中において汚れずたずたにされていく。そして、今、中也の心にあるのは「死を夢む」という夢である。死が夢となっている。この極端な対立する夢とは何であろう。

人は本質的に孤独である。その孤独を行き着く果てまで味わったのは、中也の心であった。山本周五郎が『樅の木は残った』という小説の中で、原田甲斐に語らせる場面を思い出す、「人は誰でも心の中に誰にも理解されない一枚の絵をもっているのではないか」という箇所である。中也は、その「誰にも理解されない絵」を周囲の人にではなくて、「遠い存在」に向けて訴える。人には理解不能だ。恋人とであれ、親友であれ。だから、「遠い存在(神)」に向けて訴える。しかし、神は存在しているのか、そうでないのかは中也自身にもわからない。しかし、あるかなしかわからぬ神に向けてうたう以外に方法はない。だから、うたう。この究極の孤独感。その孤独感に達する精神(心)は、まさしく中原中也であるからなのだろう。人間の孤独感の紛れもない真実。あまりにも人間という存在は孤独なのだ。しかし、周五郎が書いていたように、人の心は「誰にも理解されない一枚の絵」なのだ。

若き日の理想と夢。そして、現在の夢(それは死を夢見るということ)。この両極限的な光景がここに存する。

人が人とのつながりを求め、それに破れ、でもなお、つながりを求め、また破れる。そして、遠い存在(神)へつながろうとする。しかし、その神はいるのかいないのかは知るすべもない。しかし、信じる(でも、本当には信じられない)。そして、「汚れつしまつた」という最も身近な信頼できる人間に言うような言葉遣いで、神に吐き捨てる。もし、神がいるのならば、僕の友達になってくれ。そうすれば、僕はひとりではない。最も強い存在と友になるのだ。だが、それは、「汚れつちまつた悲しみ……」や「日も暮れる……」の「……」にあるように、繰り返される訴えや日々の中で、ただ繰り返されるだけなのだ。その試みがここに存在している。

生徒達は、神妙に聴いていた。どう君たちは思ったのだろうか? もし、僕のつたない説明の中に、ほんの少しでも「詩」を感じたとするならば、この中也の詩は君たちの「詩」となったのだ。君の友としての詩に。


 この詩に関しても色々な解釈があるようだ〜
 (昭和5年作)
戦争10年前、景気も悪い、私の場合はアベ政権のこの時期に丁度ぴったりする感じがする。
米国に搾取され、統一教会が支配する日本、ぴったしカンカン。

 最近、大田龍の「ユダヤ日本侵略450年の秘密」を読んだが、この本の中に、この詩が何と3回も紹介されているのだ。

 洗っても落ちないこの汚れは、悪魔の使いフランシスコ・ザビエルによって持ち込まれたことを日本民族が目覚めないかぎり、「なすところもなく日は暮れる」しかない。と書かれている。

   ウイキ 中原中也(なかはら ちゅうや)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%8E%9F%E4%B8%AD%E4%B9%9F

訃報→むのたけじさん死去 101歳のジャーナリスト:朝日新聞デジタル asahi.com/articles/ASJ8P… 「戦争絶滅」を訴え続けたジャーナリストむのたけじ(本名・武野武治)さんが21日、老衰のため、さいたま市の次男宅で死去した。101歳だった。葬儀は未定。

     幸せのひろいかた アンド チクチク日記 by wood

            http://plaza.rakuten.co.jp/sontiti/diary/201201100000/
     むのたけじ 著 『たいまつ』

むのたけじ(武野武治)は1915年生まれ、97歳になった。
朝日新聞の中国・東南アジア特派員となるが、敗戦の45年8月に、「負け戦を勝ち戦とだまして報道してきた責任を取る」と退社。
故郷の秋田県に戻り、週刊新聞『たいまつ』を創刊。
反戦の立場から言論活動を続けている。
 
大本営発表を垂れ流しにしているだけの記者は、ジャーナリストとは呼べない。
戦時中の苦い経験を、日本の記者は深く反省するべきだった。
その期を逸し、真実から目をそむけ、体制や風潮に迎合するそのままの体質が、昨年の福島原発事故の被害を拡大させる原因の一つにもなった。
組織防衛のために、政府・東電の発表を何の検証もなく、歪曲した情報報道を流し続けた。
それを恥ずかしいと思ったら、今からでも本当のことを言ってほしい。
 
詩集『たいまつ』は、週間新聞「たいまつ」の巻頭を飾っていた、むのたけじ語録である。
反骨のジャーナリストの芯はぶれない。
こんな風に老いていきたいものだ。
例のごとく〔 〕内は僕のコメントです。
 
『たいまつ』
 
一月一日に、おおみそかと元旦がかさなっている。
おわったところから、はじまっている。
死ぬるところは、つまりうまれるところである。
〔今年は去年のつづき。今日は昨日のつづき。明日は今日のつづき。
つづいているから、どんな"今"でも大切にしなければならない。〕
 
夜を充分にくぐりぬけなければ朝を迎えることができないように、種をまかなければ芽をみることができないように、青年期をしなびさせると豊かな壮年にはなれない。
壮年期を充実させないと、実りをもった老人にはなれない。
〔人生の到達点は、老人になること。
老後の楽しみとして、青年期や壮年期の思い出が必要になる。青年・壮年期は料理の下準備をしているようなもの。〕
 
考えるとは何か、を考えましたか。「考える」の原意は「問いただす」であり、その内容は「あれやこれや」と思い巡らす。「あらたなものを工夫する。考案する」であると説明しています。
私たちは目的なしに考えることはできません。考えて目的をつかむのではなく、目的があるから考えるのです。
進歩とは疑問符の積み重ねである。
〔「いい質問」が思い浮かべば、おのずから解決法は導き出される。
そのためには、正しい考え方を、正しい方向で身につけることだ。〕
 
決断は準備の充実から吹き出すものである。
充分な準備をしないでどうして優れた仕事ができようか。
〔締め切りがある仕事は、ある意味"楽"である。期日に合わせて、できることをすればいいのだから。期日が過ぎればちゃらになる。
ところが、一生かける仕事にはきりがない。人生のチャンスは突然やってくる。それを掴み取るためには、日頃のたゆまぬ努力が必要なのだ。〕
 
その時はムダだと思ったことが、実に大事なことであったとあとになって気づく場合が少なくない。現在と言う瞬間には、何がムダでどれが有用であるかは判断しかねるものである。それゆえ、生活のどんな部分であろうと、生活の一部であるからには粗末にできない。
〔人生はすべて神様が用意してくれたものだ。いろんな伏線がはられている。様々な困難や苦労にも、人生の謎解きの楽しみが隠されている。〕
 
真に恐いのは失敗することではなく、いい加減にやって成功することだ。
〔成功は失敗までの猶予期間でしかない。失敗して始めて何かを学べるのである。〕
 
飢えて死ぬより食いすぎて死ぬ人間のほうが多い。失敗してだめになるより、成功してだめになる人間の方が多い。
〔「太った豚より、やせたソクラテスになれ(J.S.ミル)」とは、長寿の格言でもある。
精神の肥満は、判断力の動脈硬化を引き起こす。〕
 
もし人間の真価を試したいなら、逆境ではなくあり余るほどの金銭、欲しがっている以上の地位、色欲のおもうがままの満足をその者にあたえてやればいいのです。
まさにその時こそ、万人が自分について掛け値なしの答案を差し出します。
ご覧なさい。逆境のため滅ぶ人間の何十倍、何百倍の人間が順境の中で滅んでいるではありませんか。
賢い人は上り始めるとブレーキをかける。
〔人間だけが"欲"を体内に納めている。動物は必要以上のものは求めない。欲を捨て去れば、欲求不満も消え去るのに。〕
 
知恵は表現する行為によって磨かれる。
見たこと、読んだこと、聞いたこと、考えたことを絶えず書き表し、言い残す努力を続けることによって、知恵はたくましくなる。
〔そう信じて、このブログをやっているのだが...〕
 
山にはいくつも登り口がある。どの口を選ぶかは問題ではない。問題は二つ。方角を誤らないこと、最後まで登ることである。そうすれば、みんなが頂上で握手する。
〔世界中の人が、平和で、健康で、幸せになればいいと思う。それをめざして、すべての物事を考察したい。〕
 
読書は、第四の食事である。望ましい作法は、他の食事と同じである。暴飲暴食は精神に下痢を起こすだけである。一度に多量ではなく毎日欠かさず適量を摂取すると一番ためになる。
〔若い頃は闇雲に読み飛ばしていたが、そろそろ身になる読み方に留意しなくてはならない。どんなに社会が変化しても、読書は人の成長にかかせないだろう。〕
 
卑屈の特徴は、自分がまじめに生きようとしないだけでなく、まじめに生きている他人をせせらわらうことだ。
〔ファイト! 闘う君の歌を 闘わないやつらが笑うだろ ファイト! 冷たい水の中を 震えながらのぼっていけ〜♪ by中島みゆき『ファイト』〕
 
いつも不平たらたらの人は、新しいものをうみだせない。不平をこぼすことで不満を満たしてしまうからである。
〔不平は極力言わないに限る。問題点があるのだったら、解決法を探せばいい。〕
 
自画自賛-結構じゃないか。自賛できないような画はかくな。
〔人の行動原理は"自己満足"である。なにごとも主体性を持って行うことが、満足を得るためには必要だ。〕
 
 他人に頼りたがる人は自分を助けた人にろくに感謝しない。
感謝を知らないから、たやすく他人に頼れる。
〔他人頼み、運頼みは個人を成長させない。家畜がエサを待つような人生は何も得ない。人生は目標を持って、少しずつでも努力を重ねて進んでいくから、輝ける。振り返れば、なんと多くの人に支えられ救われていたのだろう。これを感謝せずにはいられない。〕
 
泣いてつく嘘は笑い話で終わる。
笑ってつく嘘は人を泣かせる。
〔我慢をすることも、嘘をつくことである。自分に鞭を打って、やせ我慢と言う嘘をつく。でもそれが僕の生きる美学。(これが過ぎると病気になるが)〕
 
イネは夜に育つ、誰にも見られていないときに。
自分ひとりのときにするかしないかで成長するかしないかが決まる。
〔余暇の楽しみが、自分を成長させることにつながれば一石二鳥ということになる。ゲームやギャンブルは"脳内麻薬"が快感を与え、止められなくなる。しかしこれはどんなに楽しくても、時間を浪費しているに過ぎない。〕

涙の銀メダル〜

             涙の銀メダル〜

 その時、相手の首はすっぽ抜け、後ろに廻られ金は去っていった〜
他の金メダルを取った選手も泣いていた。

観客席で応援した家族に抱き付き号泣した吉田選手は、「金メダルを取れなくてごめんね」と亡き父に謝罪した。母幸代さん(61)は「きょうは負けましたが、立派な銀メダル。娘を誇りに思います」とたたえた。2014年に亡くなった父栄勝さんと共に目指した、吉田選手の4連覇への挑戦が終わった。(一部、時事通信)

所が表彰式になっても、まだ子供みたいに泣いて出てきたのだ。

他の選手は神がかったように最後の20秒で次々と金をむしりとった。
バドミントンの高橋、松友組は、まさかの最後の5連続得点で
金を手にした。
当然、金を取るべくして登場した吉田選手なのに金は微笑まなかった。

羽のはえた金メダルはどこかに飛んでいってしまった。
お父さんのもとへと飛んでいきましたか?

「何故、金メダルじゃなくてはダメなんですか?」


     ミクロネシアの小さな島・ヤップより

                                                http://suyap.exblog.jp/4675329/

    [ヤップの民話]ブネネの恋物語

http://pds.exblog.jp/pds/1/200611/12/20/a0043520_22524178.jpg ある村の小道で出会った子供たちが、ブネネを捕まえていた。この鳥(Egretta sacra)は英語でPacific Reef Heron、日本語でクロサギといい、白色型と黒(灰)色型がある。ヤップ語のブネネは白色型だけを指し、灰色型は数がうんと少ないがコウと呼ばれている。また、この鳥にまつわる民話によって、ブネネがメスでコウがオスだと思っているヤップ人も多い。

ブネネもコウもヤップに一年中留まるものもいるが、毎年10月ころになると個体が増えるから、たぶん北の方から越冬にくるのものも多いのだろう。優雅な見かけのわりには動きが鈍い鳥で、こうして子供にも簡単に捕まってしまう。

子供たちに、この鳥をどうするのか聞くと、口々に「食べるのさあ」と言っていたが、はてさて本当だろうか?ヤップの誰に聞いても、「あんな痩せぽっちの鳥なんか、食えねえよ。それに奴らは死肉でもゴミでもなんでも食ってるからなあ」という。白い羽は、ときどき踊り手の頭飾りなどに使われる。

(後記)
ヤップでブネネと呼ばれる鳥にはもう1種類あって、Bubulcus ibisすなわちアマサギがそれ。現在、数としてはアマサギのほうが多いし、海岸から離れたところで見られるのはほとんどアマサギだろう。上に書いた「何でも食べる」「動きが鈍い」習性は、アマサギのもの。だから、この写真の鳥も、アマサギの可能性が高い。下のブネネの物語は、色の黒いコウが登場するから、クロサギの話かもしれない。

      ブネネの恋物語

あるときブネネの娘の両親のところにコウの男がやってきて、娘をお嫁にしたいと願い出ました。

ところが、ブネネの娘はコウの男にちっとも魅力を感じませんでした。というのは、娘は格好の良いグンカンチョウの男に夢中だったからです。

イメージ 1

やがてグンカンチョウが旅に出ることになり、ブネネの娘は母親が止めるのも聞かず、グンカンチョウと一緒に旅立っていきました。

グンカンチョウは高い空を遠くまで飛ぶ鳥です。ブネネはそんなに高く飛べませんから、娘はグンカンチョウの背中に必死でしがみついていました。

2回夜がきて、2回朝がきても、グンカンチョウは飛び続けます。高い空をものすごく速く飛ぶので、ブネネの娘はつかまっているのに精一杯でしたが、どんなに喉が渇いてお腹が空いても、グンカンチョウは娘にお構いなしで飛んでいました。

あんなに美しかったブネネの娘の白い羽は、輝きを失い少しずつ抜け落ちていきました。そうすると渇きや飢えに加えて寒さも襲ってきました。つかまっている手もしびれて気も遠くなりながら、ついにブネネの娘はグンカンチョウに言いました。「あたしを家に連れて帰ってください」

グンカンチョウはブネネの娘の家の近くまで戻ってくると、娘を高い空から放り出しました。娘がやっとの思いでたどり着いたのは海の中の漁礁でした。そのとき娘は、羽は抜け落ち身体もやせ衰えて、見るも哀れな姿になっていました。

そこにやってきたのは、まえに求婚してきたコウの男でした。コウは変わり果てた娘の姿を見ても気持ちを変えず、優しくいたわりサカナをたくさん持ってきてくれました。

コウのくれるサカナで元気を取り戻した娘は、やがてこの誠実なコウの男と結ばれて、一生幸せに暮しましたとさ。

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