「山の怪奇」 奥那須安倍ケ城の怪山の怪奇 百物語 山村民族の会 編 河出書房新社末広昌雄奥那須安倍ケ城の怪 この物語の舞台となる奥那須男鹿岳へは、現在は比較的交通の便がよくなって、鬼怒川温泉や五十里湖あるいは塩原温泉側から、普通の人でも装備なしでも行けるようになったが、かつては、その麓まで行くのに丸二日半を要した。 昭和三十年代に読売新聞社で企画実施した日本山脈縦走隊がここを通過した時にも、日本の秘境中の秘境であると絶讃している。 奥那須の中心とでもいうべき男鹿岳は、標高わずか一七七〇メートルとはいえ、驚くほど深い山である。この麓の粟生沢の部落は、秋田マタギの移り住んだ所といわれ、今でも昔ながらの狩りが行なわれている所でもある。しかし、狩人達がこの男鹿岳に入るのも、春の雪解けの頃だけ であった。無雪期は千古斧を入れたことがないほどの深い原生林におおわれ、麓の狩人さえもが、山中で迷ってしまうという。今でも年に何組かの登山者をみるに過ぎない、静かな山なのである。 この男鹿岳山頂近くの「平」とよばれる所には、かつて安倍貞任が立てこもったと語り伝える「安倍ケ城」の館址が、今も山中深くのどこかに残されているといわれる。そこにはまた、さまざまな伝説があったーーー 貞任が金鶏を埋め、それを発見した者は多くの富を得る。雨の降る時などは、この安倍ケ城の門をしめる音が遠く麓の部落まで聞こえる。貞任の母が今もここに住んでいて、山を守っている、などなど。 さて、このオカガ山(昔は、男鹿岳をこうよんでいた)の麓の集落に平吉という手先の器用な若者が住んでいて、炭焼きや、狩の余暇にいろいろな細工物をしていた。彼には、早百合という山里には珍しいほどの美しい許嫁がいた。 平吉はまじめでよく働く上に、彼の作る細工物は村一番であった。ところが、その彼が魔がさしたのか、安倍ケ城の話を聞き、そこにいる金の鶏を一目見たいと思った。その上、その魔所には不思議な金のお花畑があった。そこの主の気に入らぬ人間がみれば、石になってしまうという 変わった花もあると聞いて、彼の願望は益々拍車がかけられた。こうして思いつめた平吉は、ある闇夜に、早百合にも黙って山中に姿を消しでしまった。 それからというものは、何日たっても平吉が帰って来ないので、麓の人々は早百合のことを死人の花嫁だとよぶようになった。悲しみにあけくれる早百合は毎日山の麓をさまよい、平吉の行方を尋ね歩いた。遂にある日のこと、早百合は麓の者が誰も恐れて近づかないオカガ山へ分け人 った。薄暗い森の中は、あたりの茂みから今にも熊でもとび出して来そうである。 「平吉さあーん」のよび声も、だんだんと涙にかすれて来た。しかし勇敢にも彼女は、どこまでも森の中深く進み、とある広い場所に出た。そこは不気味なほどの静寂さに満ちており、午後のはすでに傾きつつあった。失望と疲労の極にあった早百合は、隅にあった岩に腰をかけると、 思う存分に泣き始めた。 泣くだけ泣くと、もう帰らねばと思った瞬間に、「あっ!」と、叫んで岩にしがみついたのである。見ると、前方の谷の岩の所に館がぼんやりと見えるではないか。早百合はくらくらとめまいがした。たしかに先ほどまで霧の立ちこめたうす暗い谷間であったはずなのに、これは一体どうしたことであろうか。 彼女は気をとり直すと、急いでそこへとんで行った。 館の横のちょっとした空地には、これまた珍しい金色の 草花が、沈もうとする夕日にきらきらと照り映えて、まば ゆいばかりの美しさであった。館の中に入ると、そこは大 石を立て並べて作った牢で、貞任の使ったといわれる石の 鍋や碗、石包丁に石棒などがあった。これをみた早百合は、 村でいい伝えられている安倍ケ城はここに違いないと思い、 「きっと城の門が開いたんだわ。ああ、平吉さん。姿を見 せて下さい」と叫んだ。するとその時、牢の中に平吉によ く似た後姿の人が、何かをしているのではないか。 「あっ、平吉さん。私よ! 早百合よ。今そこへ行くわ」 と、その瞬間、どこからともなく鶏の鳴く声がかすかに聞 こえて来た。とたんに早百合は、目の前がまっ暗闇になっ た。気がつくと、早百合は夕闇が静かに昔もなく忍びより つつあるもとの岩の上に腰をかけていた。 「気のせいだったんだわ。さあ、もう帰らなければ」と、早百合はあきらめて、すごすごと歩き出した。すると、コツンと、つま先に当たるものがあった。みるときれいな石が地面からひょいと顔を出していた。早百合は、あまりたもきれいな石なので、それを拾って道を急いだ。 そして山を下り、村はずれのわが家へ帰り、夕飯もそこそこに先ほどの石を手にとってみると、それはピカピカ光る金の塊に変わっていた。喜んだ早百合は、それを売って、一日千秋の想いで、平吉の帰りを待っていた。 一方、早百合がオカガ山から金を拾って来たというので、麓の人達は金探しに夢中になり、我先にと山へ入った。ある日のこと、一人の里の猟師が早百合の後をつけて行って、遂にあの広い場所に出た。そして前方の谷の霧の中から幻の館が浮かび出ているのが見えた。男は、あそこが 目的の所だなと感じた。その時、「ドドーツ」という山崩れの音がしたかと思うと、すぐ眼の前を歩いていたはずの早百合の姿と、谷間の幻の館とが突然見えなくなってしまった。 それから狩人は日暮れまで、山中をあちこちと探しまわったあげく、へとへとに疲れきって村に帰って来た。すると、これは不思議、彼女の家の前で早百合が珍しい人形をもってにこにこと笑っているではないか。「早百合、お前、どこへ行ったんだい」と、薄気味わる気に彼は尋ねた。 「オカガ山よ。平吉さんに会いに行ったのよ」 「これはたまげた。相当なものだ」と、村人は無駄足をした腹いせに、あることないことを村中にふれ歩いた。館の主にひっぱられた者をそのままにしておいたら、麓の村にどんな災難が来るかわからないと村中が心配で気が気でなく、ある晩のこと、「ねえ、早百合。あなただって村の中の噂は聞いているでしょう。お願いだから、平吉さんのことはあきらめて、よそへお嫁に行っておくれ」と、いった。 「姉さん、やめてください。平吉さんは生きているのよ。私、この目ではっきり見たのよ。ええ、 たしかに見ましたとも」と、早百合は涙ながらにいった。そして外へとび出すと、 「姉さん、私のことはほっといてください。私ここを出て行きます。村にいたら本当に気が狂いそうです」といって、走り去った。 姉は驚きあわてて、これは捨てておけないと、早百合の後を追いかけながら家々の戸を叩いていった。それでもかまわず、早百合はどんどん逃げた。「平吉さん、みんなが私をいじめるのよう」と、 早百合は泣き泣き走りながら叫んだ。村人達はだんだん人数を増して、松明をふりかざしながら迫ってくる。 「平吉さん! 返事をしてえ」すると、不気味な山の木霊 が、「いないよう、いないよう」と、返ってくる。いつのまにか、早百合は、あの平らな場所に来ていたが、真夜中のこと、あたりはしんしんと不気味に静まりかえっていた。 追手の声もここまではとどかない。とその時、「ドドーツ」 という山崩れの音がしたかと思うと、あたりは急に昼間の ような明るさになった。紅色に燃えたつ草花、風に小枝をゆるがせる金色の樹木。早百合はあっと息をのんだ。すぐ目の前に不思議な美女が立っていた。 「あなたは、この館の主なのでしょう。ねえ、そうでしょう。私の平吉さんを、どこへやったのですか」と、ひるまずに早百合は尋ねた。 すると、その女は初めで口を開き、「平吉さんを私が隠したと怨んでいるのですね。平吉さんに聞いてみましょう」。その女はそういって振り返り、手まねきをした。すると夢にも忘れたことのない恋しい平吉が、あの不思議な館からこちらに向かって歩いてくるのが見えるではないか。 なつかしさのあまり、かけよろうとする早百合を押えて、その女はおごそかにいいわたした。 「平吉殿よ。お答えなさい。貴方はどちらを選びますか。ここに残っていつまでも不老不死で楽 しく暮しますか。あるいは早百合と一緒に村に帰りますか。村に帰れば、ここで覚えたいろい ろの技を忘れなければなりません。それがこの山の捉なのです。さあ平吉殿よ、お答えなさい」 「申しわけのないことですが、私は早百合と一緒に村へ帰ります。ここへ来てからも、一日だって早百合のことを忘れたことはありませんでした」 山の女は、これを聞くと、さも悲しげにうなずいて、 「早百合よ、あなたの勝です。さあ二人して仲よくお帰りなさい。早百合の健気な心に免じて、 ここで覚えた技も、忘れずにすむように取りはからってあげましょう。しかし、もう二度と私 はあなたたちに会うことはありません。またいくら麓の人々がここを探しても、この霧隠れの 館や、金の草花や、金の鶏を見つけ出すことば決してできないでしょう。しかし、鶏の鳴く声がこの山中から聞こえる限り、私はここにいます。 二人は喜びのあまり抱き合っで泣いた。 一方、この山の美女にも思いなしか、きらりと涙が光ったように見えた。そして、「さらば、二人ともいつまでも仲よく暮しなさい」という声がしたかと思うと、再び不気味な響とともにあたりはまたもとのまっ暗闇に変わってしまった。 しかし、今度は早夏ロも一人ぼっちではなく、 平吉と二人なので何も怖いことばない。嬉しい二人は深夜の山中を下り出した。すると、どこからともなくあの鶏の鳴く声が聞こえてくる。夜の山中を探しまわって明け方近くに村へ帰った人々は、早百合の家をひょいとみると、中には平吉と早百合の二人がいるので、びっくりして腰をぬかす者も出る騒ぎであった。平吉は早百合と顔を見合わせて、にっこりと笑い、おもむろにキセルに火をつけた。 「やや、キセルをふかしはじめを。こりや、どうやら本物らしい」と、村の人々はほっとして、どやどやと家の中に入って来た。 「皆さん、おそろいでようこそ。さあさあ、餅が焼けていますよ」 こうして二人の幸福な毎日の明け暮れが始まった。山から帰った平吉の人形作りの腕前は、まつたく人間わざと思えぬほどあざやかなもので、どこを探したってこんな立派なのはないというほど見事な出来映えであった。これがコケシであるともいう。しかし時々、平吉は作りかけの 木の前に坐って、ぼんやりと考えごとをしていることがよくみられた。山中で出会った霧の館のお花畑の美しさか。あるいはあの金の鶏の姿か。はたまたあの貞任の母ともいう不思議な美しい山の女を想いだそうとしているのであろうか。 それ以後、麓の狩人たちが、この安倍ケ城という館と、金の鶏を探しまわったが、遂にそれらはわからずじまいである。この金の鶏を見た者は、平吉のように幸福になるといわれているが、 平吉以外には見た者がない。しかし深夜この山中で迷ったときに、この不気味な鶏の鳴き声を今でも時おり耳にする者があるという話である。 |

- >
- エンターテインメント
- >
- 超常現象
- >
- その他超常現象

