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7 冷静な自分がいますか?
「では、支配されないために、どうしたらいいのですか?」
感情や思いはエネルギーです。
自分が作ったエネルギーに支配されていたのでは、本末転倒です。
感情や思いのエネルギーと、自分を区別しなければなりません。
これは簡単なようですが、難しい作業です。
感情や思いだけでなく、自分の意識も自分ではないのですから。
でも、すべてを一度に終わることはできません。
先ず、自分の感情や思いを自分と区別することから始めましょう。
「感情や思いを、自分と区別するだけでいいのですか?」
最初はそれを目標にしましょう。
女性は感情が豊かですから、男性よりも難しいかも知れません。
怒り、悲しみ、寂しさ、ジェラシー(嫉妬)、憎しみ、恨み、呪い、虚しさ
などが感情です。
この感情に飲み込まれないで、冷静に対処できるでしょうか?
「怒るのは当たり前」とか、「悲しむのは当然」という言葉を信じていたら、
簡単に支配されてしまいます。
「家族が亡くなっても、悲しんではいけないのですか?」
家族が亡くなったら、悲しむのは当然です。
ただ、悲しむ自分と冷静な自分がいなければならないのです。
もし、感情に支配されたら、悲しみは憤怒となります。
もし相手がいれば、報復のために殺してしまうでしょう。
こうして、血で血を洗う報復戦争が続くのです。
「失恋しても悲しんではいけないのですか?」
そんなことはありません。
別れの悲しみは当然です。
でも、このときも、冷静な自分がいなければなりません。
相手に執着しているだけでは、相手を憎み。恨むでしょう。
相手を呪い、こうなった自分を呪うでしょう。
これでは自分が幸せになることができません。
もし、冷静な自分がいたら、自分と相手の幸せを考えることができるでしょう。
幸せな時期もあったでしょうから、そんな機会を与えてくれた相手に感謝する
こともできるでしょう。
そうなれば、別れた相手を祝福することもできます。
失恋の痛手から立ち直ることもできます。
もっと、自分にふさわしい相手を見つけることも可能でしょう。
あなたは、この二通りの選択で、どちらを選びますか?
「私には、失恋した相手を許したり、祝福することは難しいと思います。」
そうでしょうね。
感情が豊かであればあるほど、感情に溺れ支配されます。
でもよく考えてください。
相手があなたを裏切ったと、あなたは言いますが、相手は最初から
その相手なのです。
たとえ、あなたに嘘を言ったとしても、嘘を言う相手を信じて、
その相手を選んだのはあなたなのです。
あなたにとっては、嘘を言う相手を信じたのですから、だまされたと
いう非難は当たらないと思います。
「でも、彼は私を愛していると言ったのです。」
そうですよね。
彼はきっと、あなたを愛していたのでしょう。
そして、あなたを傷つけたくなかったのかも知れません。
あなたのことが嫌いではないと言う言葉だったのかもしれません。
でも、あなたはその言葉を、自分が思う愛の言葉として受け取ったのでしょう。
このように、「愛」という言葉ひとつでも、一人ひとりの解釈が異なります。
それで、悲劇や喜劇(失礼)が起きます。
相手の言葉に、自分が溺れたことが原因でしょう。
冷静な自分がいなければ、同じ間違いを繰り返すことになります。
8 「旅人と馬」
旅人と馬が、遠い道のりを旅していました。
旅人は、旅を始めてから、何年経ったのかも憶えていないほどでした。
数え切れないほどの山や川を越え、野を渡り、町を過ぎてきました。
旅人の僅かな荷物は、馬の背中へ載せてありました。
その馬も、旅を始めてから、すでに何頭目になるのでしょう。
馬が年老い怪我や病気になって死ぬたびに、新しい馬に乗り換えてきました。
旅人は今度の馬を、いままでの馬よりも少し気に入っていました。
旅人の気持ちを、チョッピリ察してくれているように思えるときもあったからです。
馬にしてみれば、旅人の存在はふしぎでした。
なぜなら、旅人の存在はあるような、ないような、透明な存在だったからです。
いつも一緒にいてくれると思うときもあれば、まるでいないようでした。
しかし、旅人はいつも馬と一緒で、離れたことはありませんでした。
ただ、馬に命令したり、引っ張ったりすることはありませんでした。
馬に任せ、道に従って、一緒に歩くだけでした。
旅人は、自分がどこから来て、どこへ行くのかも、いつ、この旅が終わるのかも、
よく分かっていませんでした。
ただ、果てしない道のりを、前へ前へと歩きました。
この旅は、馬がしょっちゅうトラブルを起こしました。
かわいい雌馬(馬が雄のとき)を見つければ、夢中で遊んでばかりいます。
おいしい草や清水があれば、お腹がいっぱいになるまで食べたり飲んだりするばかりか、
次の日も、次の日も、草が無くなるまで動こうとしません。
寒い冬は、暖かい枯れ草の中から出ようとしません。
つらいことは大嫌いで、いつも不平不満を言っては、周囲の木を蹴って折ってしまったり、
弱いものを追い散らしたりしています。
旅人は、そんな馬が気分を直すまで、じっとたたずんで待っていました。
気分が変われば、きっとまた歩きだすだろうと思っていたからです。
馬が集まっているところには、馬を扇動する馬がいました。
これから先へ行っても、地獄という怖いところがあるから、行くなと言うのでした。
そんな無駄なことをするより、ここで祈ればいいと言うのでした。
そこで何頭もの馬が、歩くことを止めてしまいました。
馬がそこで死んでしまうと、旅人はまた、新しい馬と歩き出しました。
いまも旅人は馬と歩いています。
この旅がいつ終わるのか、旅人も知りません。
ただ、旅人は、この馬との旅が、最後の旅になるかも知れないと思うことがあります。
この馬は、時々、旅人を振り向きながら、先に立って道を歩いているからです。
(つづく)
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