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だいぶ久しぶりですね。
この書庫の記事・・・
書庫タイトルが壮大すぎて何書いていいか迷いましたが、
疑問に思うことから書いていこうと思い、「ドキュメント見て腹が立つのは俺だけ?」ってタイトルにしました。
ドキュメント・・・
人間ドラマであり、いろいろな物語を感動的に仕上げて報道する番組である。
でもこれを見てて腹が立つ俺がいる。
いや、単純に廃れた人間であるんでこういう考えでもあるんですが〜、
どうにも好きになれねぇです。
だから母親や妹が見ようとするとその場を離れます。
中には素晴らしい話もあります。
だからすべてを否定するわけではありません。
たとえば、動物と人間の感動ストーリーとかは別に嫌いじゃないです。
むしろ好きなくらい?です。(好きって表現はおかしいかな(笑))
<最近では競馬のナカヤマフェスタにまつわる話を聞いて感動しました。>
でも、西アジアの暮らしや戦争についてのストーリー
こういうなのを見ると凄い腹が立ち、同時に日本人がなさけなく思うのです。
改めて幸せ・・・いやらしい国だなぁ〜、と。
なんか有名な女優さんが言い方は悪いですが、貧困な国・戦争がなくならない国に行って
かわいそうだの、もっと幸せな暮らしがさせてやりたいだのいうと腹が立つ。
お前はその国の人間じゃねえからそんなことがいえるんだと!
別に彼らだってそんなことわかってんだ。
それをやれかわいそうだの、やれ不幸だの。
見下してんじゃねぇと。
一生懸命生きてんだ!
幸せになりたいと思って生きてんだ!
実際どう思ってるかはしらないが、お前らの勝手な空想で勝手な解釈してんじゃねぇ!
どうやったら幸せになれるかなんて、その人の価値観であり、
生きることが幸せかもしれないし、お金を持つことが幸せなのかもしれない。
ドキュメントとはそんな人の幸せを勝手にすり替えて他人に放送してると思えて仕方がないのだ。
一日一日生きることを考えてたら
現代の日本人のように自殺するなんてことは考えないだろう。
俺はこんなものを見る人間が、かわいそうだの不幸だなだのと思っている限り
日本の自殺者や鬱患者は減らないと思う。
俺は言い方は悪いが、上には上が・下には下がいると思っている。
だからこそ、今現在の幸せというのがあるという考え方を持っている。
こうしてブログを書くことが幸せであり、競馬を出来ることが幸せなのだ!
平等という考え方はある意味で不公平
かわいそうという考え自体がもう不公平なのだ!(運動会の同時ゴールなど言語道断!!!)
すべてが同じに進むなら、こんな世の中にはならない。
きれいごとばかりでは生きていけない。
なら、不幸な人の分、自分は幸せになってやろうと考える。
自分が不幸ならその不幸分を他人の幸せにしてやろうと考える。
そうやって生きていけば、自分は不幸などと考えることはない。
運が悪いことはあっても、不幸というのは間違いだ!
話がまとまらなくなってきたなぁ・・・
口下手過ぎますね(苦笑)
最後にもう一度述べておくと、俺はドキュメントを見ると腹が立つ。
それは日本という国がいかに傲慢でいやらしい国かというのを放送しているからだと思う。
俺は人の不幸の上に成り立ち、俺の不幸の上には他人の幸せがあると思う。
これを書いてて、かなり変わった人間だなと改めて思う自分がいる(笑)
こんな俺ですが、意見してくださったら光栄です。
世の中は難しい問題ばかりですね・・・
でも、これからも独自の見解で斬っていきたいと思います(爆)
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俺的人生論
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さて2部に分けたのは長くなりそうだったからで特に意味はありません。
さて受験に失敗した自分は
友達が多い公立校ではなく、知り合いがあまりいない私立高校に行くことになりました。
しかも自分の通学地区からはなれた学校です。
人見知りもあってか、正直辛かった。
先がまったく見えませんでした。
そんな矢先、父方の祖母が死にました。
オカンが母方の祖母の手術に立ち会うために
家にいたのは俺と弟でした。
急に家の電話がなったので取ると、滅多に電話してくることのないおやじからでした。
「急やけど、こっちにこれるか?」
と一言
「なんのこと?」
と聞き返すと、
「おばあちゃん死んだ。」
といいました。
弟と意味が分からず、父方祖母の家に行くとなぜかパトカーが止まっていました。
正直弟には死んだということを言いませんでしたので、困惑していました。
家の中に入ると、悲惨な光景を目撃しました。
今思い出しても頭が痛くなります。
たぶん、察しがついたと思いますが、自殺でした。
病気持ちでしんどいしんどいと言っていましたが、まさか・・・
しかも同じ空間のいたはずのおやじと祖父は気づかない。
精神的に参っていた自分はさらに参りました。
ただ、ここらへんから自分の考え方が変わったわけでもあります。
死んだら終わり・・・
そう思うようになったのはこのあとの話です。
そうこうしてる間に高校生になりました。
周りに知り合いがいないという恐怖感からか、内心行きたくないと思っていましたが、
入学式が終わった時、高校のポスターに載るということで
数人と話をした時に違う府県から来ているという話を聞き
また数人が同じ境遇だったことを聞き、安心しました。
それから、考え方が180°変わり始めました。
きっかけなんてこんな単純なものです。
いままでがんばらないとだめなんだと思い込んできた帰来がありました。
がんばらなくては成功しないと思っていました。
負けるんだったら死んだ方がいいと思っていました。
しかし、このしょうもない挫折が
がんばることと手を抜くことの境目を教えてくれたような気がします。
自殺というものを目の当たりにし、自分自身がつらい体験をしたから思うのですが、
「辛いことと言うのはがんばりすぎるからしんどいのであって
手を抜いて、楽に・ラフに考えると案外簡単で単純なもので
死んだって解決できるものではない。
だったらあきらめることも覚えて、適当にやることも重要なのではないか」
と思うのです。
死んだあとに残るのは身近にいる人への迷惑と自分自身の未練で
楽になることなんてない。
泥臭くても、みっともなくても
カッコよく生きようとするのが素晴らしいことだと思います。
だから自分は競馬で力を抜くわけで、これを楽しみに1週間がんばれるのです。
これは後日談になるわけですが、
公立校に落ちて、ショックを受けたのは最初だけ
今はこうして現役で大学に行けたし、
推薦ということで特に受験勉強をすることもなく、楽に大学に入りました。
行こうと思っていた公立校の友達と最近話すことがあったんですが、
勉強漬けで、なかには浪人している子もいるそうです。
それを思うとあの時の失敗はある意味成功で、
今では「何事も最後までわからないものだな」と思います。
みなさんにも辛いことはあると思いますが、
辛いと思うなら一度適当・気ままに一日過ごしてみてください。
あとで辛い目には合うでしょうが、きっと気が楽になります。
適当に生きるのが一番ですよ!(本気は基本出してはいけません)
ってことで、次回からは俺的人生論を書いてきたいと思います。
1・2としょうもない内容、よみにくい言葉ですいません(苦笑)
でも読んでくださった方はありがとうございます。
これで自分が適当になった由来が分かったかと思います。
それではまた次回。
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自分が人生を語るためにはまずは自分の過去でも・・・
今の自分があるのに避けては通れない話から行こうかと思います。
避けては通れない話・・・
まあ、タイトルにもあるとおり
挫折が転機でした・・・
正直しょうもない挫折です。
先に言ってしまいましょう。
「高校受験の失敗」です。
義務教育とはいえ、高校行ってないとしんどい世間です。
もちろん、今は現役の大学生。高校にも滑り止めの学校に行きました。
この挫折、失敗したことが転機ではなく、失敗に至るまでの過程から失敗したあとが転機でした。
では、本編に参りましょう。
この話はそうですねぇ・・・
もう8年前くらいになりますか・・・
中学生になった時くらいの話から始まります。
ただ、この時の記憶というのが曖昧でして、
順序が若干違ったりするかもしれません。
実を言うと高校に入る前の記憶が断片的にしか思い出せないんです。
どうやらトラウマになってしまっているみたいです。
正直、このことは親もしりません。
中学に入る前から親の仲はあまりよくありませんでした。
オカンは子供のこととなるとよくしてやりたいと努力していました。
しかし、おやじはそんなこと知ったもんじゃないといった風な対応をとっていました。
中学に入った時に塾に行かせてもらうことになったんですが、
そのことでもずいぶんと対立してたのも覚えている。
塾に行くことになったのも、お金がないので公立に行けということで
親はそれなりに勉強ができると思っていたらしく、
中学1年のころから府内の公立校の進学クラスに行かせようと思っていた。
おやじとの対立について長男ということで、中学1〜2年くらいまでいろいろオカンから相談されました。
内心自分には辛い話です。
そんな話ばかりするので、たまにオカンと対立して家出したこともありました。
正直そんな時もおやじは無関心
間に入ろうともしません。
おやじは自分の息子・娘であっても自分の思い通りにならないときれるような男です。
はっきりいって俺は大嫌いだ。ですが、ここまで育てるのに迷惑をかけたことだけは感謝している。
中学2年になったあたりから親に不穏な空気が流れ始めた。
正直中学2年にもなったら何が起こったか察しはついた。
弟(小6)・妹(小3)には分からなかっただろうが・・・
あるときオカンがいなくなった。
中2の冬らへんの話だ。
おやじは何も言わなかった。
頭の中では理解したが、探すという行動は取らなかった。いや、取れなかったのだろう。
おやじは祖父母の家が職場で近所なのでそこでしばらく面倒を見てもらっていた。
冬が終わり、春になっても状況は変わらなかった。
一度だけ心配になってか電話がなったことがあった。
「なんで電話してこないんや」と言われたが、
余裕はなかったからだ・・・と内心思っていたが、さすがに言葉が出なかった。
「迷惑かけてゴメンな」と泣きながら言われたのだけは忘れられない。
部活をやっていたので、帰ってくるのは6時ころになったが、
おやじは仕事で帰ってこない
つまり用事はある程度子供らでやれという感じだった。
受験が近づくにつれ塾と部活、家庭の両立は精神的にも肉体的にも重荷になっていた。
夏になる前、オカンが一度家に帰ってきた。
俺の受験があるからと様子を見に来てくれた。
中学最後の夏の大会が終わる前というのもあっただろう。
その時も「もう一度帰る」といっていたが、引き留めると
「分かった」といい、家に戻ってきてくれることとなった。
その時のおやじの態度は最低そのものだった。
この時点で実は離婚していたのだが、これを知るのはもっと後の話だ。
オカンは帰ってきてくれた・・・
だが、家の状況を考えるととてもじゃないが正気でいられるわけがない。
おやじとオカンは気まずいまま
受験は近づいてくる。
焦りと不安が入り混じったまま、佳境へと入ったのである。
冬休みに入った時、正直誰にも気づかれずに、ここまでやりとおしてきた心労からか、
いままで掛かったことのないインフルエンザにかかった。
もう1月を過ぎた頃の話だ。
治った後も風邪をひき、正直2月くらいまで体調が悪いままだった。
2月に入り、なんとか私立の滑りとめが合格した。
安心したのか、本番はこれからというときにまたも体調がわるくなった。
いや、正直にいうと親への反発からか、ほとんど勉強ができなくなった。
たぶんこのころから精神的におかしくなっていたのだろう。
そして本番を迎えた。
模擬テストでは合格判定Bと微妙なラインだった。
だが、勉強をさぼり勝ちになっていた自分が同等の力を出せるはずもなかった。
結果はもちろん落ちた。
自己採点の結果だと3点足りなかった。
同じ学校の人間はほとんど受かっていた。
それもあってか、オカンは周りの親からずいぶんと言われたみたいだ。
俺も数人からバカにまではいかないが、辛いことを言われたものだ。
そのせいかオカンはずいぶん疲れていたように思う。
それに俺に対しても「申し訳ない」と何度も頭を下げてくれた。
正直俺自身のせいなのだが・・・こちらこそ申し訳なかった。
さて、そんな中最低なおやじの反応はというと・・・
「残念やったがしゃーない」と慰めてくれるかと思ったが、
「金掛かるなぁ〜」と心にグサリと来る言葉を言ってきた。
正直このときに精神的に一時ふさぎこみがちになってしまった。
もともと生真面目に、親の言うことを聞いて、悪さもしない。
そんな自分だったからこそ、精神的にまいってしまったのだろう・・・
こうして、現在に至るまでの中で最悪に辛い挫折を味わったのである・・・
2に続く
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齢21年・・・
そんな私が人生を語るのは正直間違った話です。
しかし、これからの人生
何が起こるかは誰にもわかりません。
だから昔はこんなことを考えていたのかという記録の意味も込めて
俺的人生論を書いていきたい。
人にとっては間違ったこと、共感できること
人生観はさまざまだと思います。
否定的な意見も歓迎だし、肯定的な意見も歓迎だ!
プラスとマイナスのバランスが取れて、初めて素晴らしいものになると思う。
だからこそいろいろな価値観・人生観を聞いたり、書いたりしたい。
そう、目標はいざ死ぬ時
「我が人生に一片の悔いなし!」
と思って死にたい。
そういう人生を目指してこの人生論を書きたいと思う。
自分の経験を踏まえたコメントや自分の考えを持ったコメント、大歓迎であります。
正直、最近ブログで書くことがマンネリ化してきたというのはあるが
このようなことを書こうと思った要因には最近読んだ本がきっかけになった。
その本は桜井章一さんの”手離す技術”という本だ!
この本で書かれていることが私にはカッコいいと思える生き方だと思った。
この人のようにカッコよく生き、カッコよく自分の意見を述べたい・・・
でも、だからといってこの人と同じような経験をしても決してカッコよくはなれない。
そこで自分の現在までのルーツ、人生観を描いて
カッコいい生き方を模索しようと考えました。
決してカッコイイ言葉、読みやすい文章、わかりやすいストーリー
そんなものは書けません。
中には矛盾したことや、信じられないことも述べると思いますが、
ここでは現在の考え方を書いていこうと思うので、1週間先には意見がかわっていることもあると思います。
それを踏まえた上で読んでいただけたらと思います。
ちなみに不定期更新です。
さて、次回書こうと思っていることの軽い予告でもしておきますか!?
私は最初にも述べたように、まだ21歳です。
しかし、実は私の性格や考え方というのは
ある一つの挫折によってほぼ180°変わっているのです。
この挫折については、今考えれば大したことないと思えることなのですが、
中学生の自分にとっては耐えられないことで一度心が折れました。(たぶん)
数人を除き、このことについて周りの人間は気づいてなかったと思います。
それだけは気づかれまいと努力してましたからね。
一度折れたからこそ、戻ってきたときにはこんな適当な性格になったんだと思います(笑)
でも若いころにこの経験が出来て良かったと思います。
決して強い人間ではないんですが、少なからず鬱にはならない性格になったはず。
正直一発目から暗くなるような内容ですが、
自分の人生論を語る上では避けて通れないことなので一発目に持ってくることにします。
さて一体どんな挫折だったのか・・・
こうご期待あれ(爆)
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