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日本語の別れの挨拶で最も一般的なのは「さようなら」だろう。
漢字で「左様なら」と書くことがあるが、これは明らかに当て字で、「然様なら」が正しい。つまり、「そうであるならば」の古い言い方が現代でも挨拶としてそのまま使われている。
これは「そうであるならば、これでおいとま致します」の後ろを略した言い方と考えてよいだろう。
今、「そうであるならば」とあえて堅い調子で言い換えたが、「それでは」というよく使われる挨拶も同じ意味で、少しくずして「それじゃあ」とか「じゃあ」、あるいは「では」も同じである。
あまり聞かなくなったが「さらば」も「さ(然)あらば」をつづめたもので、やはり同じ意味であり、「しからば」も同じ。
「あばよ」というのは「按配よう」をつづめたものかと思っていたが、あらためて調べてみたら「さあらばよ」をつづめたものという説が有力なようで、そうであるならやはり「さようなら」と同じ意味ということになる。
以上は「そうであるなら、これでおいとま致します」の前半部分のバリエーションだが、後半部分は「また後ほど」と言うこともでき、「またね」とも使い、これは英語【See you again (later)】やフランス語、ドイツ語、中国語などの言い方と同じである。
別れの挨拶は探せばまだある気がするけれど、今日のところはこのくらいにしておく。
それでは皆様、御機嫌よう!
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昨日は登り窯の窯出しだった。
今回は温度を上げ過ぎたようで、釉薬が垂れて棚板にくっついたもの多数。
温度が高くなったことで釉薬の色も飛んでしまったものが多く、意図した色とは変わってしまい、がっかりしたものもあれば、予想外のおもしろい焼き上がりになったものもあった。それが登り窯の怖さでありおもしろさでもある。
気に入った品はアメブロで追々ご紹介できればと思う。
窯出しの後は恒例の打ち上げで、これまでは弁当をとっていたのだが、今回はフレンチのシェフが出前をしてくれた。
一年余り前に陶芸教室に入門した方が、元はフレンチのシェフだったのだそうで、皆のために腕を振るってくれた。
お皿は各自持参
登り窯の楽しみがまた一つ増えた。
あやめが咲いた
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今シーズン3回目の味噌を仕込んだ。
50kg余りの味噌で、ひとりあたり9kg前後の分配。
一度に50kgほどの味噌を3時間弱で仕込むことができるのは業務用の大きな圧力鍋のおかげ。
火を熾して1時間半ほどで大豆が茹で上がる。
もうひとつは震災で廃業した新潟の味噌蔵からの放出品の大豆を潰す器具。
この器具のおかげで大豆を潰すのも楽々。
ただし、大豆の三分の一は潰さず丸大豆のまま残して仕込む。
味噌に大豆がそのまま残っているのもいいもの。
仕込んだ味噌のカビ対策は
表面を古い味噌で覆う。
この方法を取り入れてから味噌にカビが生えることはなくなった。
一番簡単で合理的な方法。
およそ半年で食べられるようになるが、昨年の味噌、一昨年の味噌があるので、少なくとも2年間は熟成させることになる。
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昨日の試合に勝利したバルサは週末の試合に勝てばリーガの優勝が決まる。
そのバルサの監督バルベルデがあるスポーツ誌の表紙を飾っていて、監督の写真の横には「本を読まない者は失っているものを知らない」という言葉が添えられている。さすがに一流の監督は本をよく読んでいるようだ。
昨年の大学生協の調査では53.1%の大学生が1日の読書時間が0分とのことだったのが、今年の調査では48.0%に減った。減ったとはいえ、それでも半数近くの大学生が本を読まないわけで、読書だけが勉強だとは言わないが、まがりなりにも大学生でありながら全く本を読まないとは情けない。
ある大学で「その画面の中に君の将来はない」と書かれたポスターを見掛けたことがある。多くの大学生がスマートフォン中毒になっていることを思わせるポスターだった。
スマートフォンばかり見て、そこにあるゴミのような情報で十分だと錯覚しているのではないか。
「君」の将来は自己責任ではあるが、日本の将来も不安にさせる話である。
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薪ストーブをいつまで焚く(ことができる)かは地域により、そして住宅の特性により異なる。
我が家は高放熱、高通気住宅なので、今朝の最低気温が16℃で室温が20℃をやや切っていた。
当然焚いた。
ご飯を炊き、お湯を沸かし、まだまだ活躍中
4月になっても毎朝毎晩焚いてきたのが、昨日一昨日とさすがに夜は焚かなかった。室温が25℃もあったから。
この先も夜は焚かない日が増えそうだが、朝はまだしばらくは焚くことになりそう。
とはいえ5月6日は立夏。
そろそろお仕舞が見えてきた。
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