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昔、千利休と同じ時代に丿貫(へちかん)という茶人がいた。
いろいろおもしろいエピソードを残した人で、侘茶に徹し、同じ一つの釜でご飯を炊きお茶の湯も沸かしたという。
その丿貫を偲んでかどうか知らないが、今でも茶飯釜というお茶事がある。
昨日の茶道教室ではその茶飯釜の茶事の稽古だった。
まず炭を熾し釜を掛け、ぬるま湯の入った釜に米を入れる。
(ご飯を炊くには冷たい水の方がよいはずだが、何故かぬるま湯)
米を入れたら、亭主と客で次々に火吹き竹を吹く。
(火吹き竹が初めてという人もいて、苦労していた)
ご飯が炊けるまであれこれ雑談しながら待つ。
(この時先生は料理の準備で大わらわ)
ご飯が炊けたら、料理が出て食事。
(決まりに従っていろいろ出していただいたが、その決まりというのがまったくわかっていない、、、)
中立ちの後、濃茶と続き薄茶。
初めての経験でとてもおもしろかったし勉強にもなった。
ただ、ご飯が炊けるのを待つ時間もあって、4時間余りかかり、途中で膝が痛くて堪らず脚をくずさせてもらった。他の人たちは平気な顔をしていたのに、情けない。
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茶の湯
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子供の頃、切手の蒐集が流行った。
集めた記念切手の中に国宝シリーズというのがあり、いくつか持っていたはずだが、すっかり記憶が消え失せて、覚えているのは尾形光琳の紅梅図白梅図屏風のみ。
その紅白梅図屏風の本物を見たいとずっと思っていて、ようやく念願が叶った。
二曲一双のうち右隻の紅梅図には右下に「青々光琳」、左隻の白梅図には左下に「法橋光琳」とそれぞれに落款がある。法橋は本来僧侶の位だが、当時は医師や画家にも与えられていたもの。一方の青々は光琳の号のひとつで晩年の住居にあった茶室も「青々庵」と名付けられていた。
青々庵は設計図が残っていて、それを元に堀口捨巳の監修の下MOA美術館の敷地内に復元されている。
青竹の雨どい
丸木の濡れ縁
ところで、MOA美術館は熱海の山の上の広大な敷地の中にあって、入り口が上下2カ所あり、下の入り口からはこの傾斜を延々と上っていく。
エスカレーターを使わずに階段を上ったらさすがに疲れたぞ。
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今日2月10日は語呂合わせで「太物の日」だそうだ。
これまで10数年の薪集めの中で最大級は根元で98㎝あったこの樫だろう。が、これはジャンボさんに切っていただいたのだった。でも、自分でも同じくらいの太さの栗を切ったことがある。栗もそれだけ太いと樹皮がごつごつしていて、白状すると櫟かと思って切ったら、はたして栗だったというオチがある。
さて、太物というのは原木の太さを言うのではない。
呉服店は絹を扱う高級店なのに対し、江戸時代に庶民が着ていたのは木綿の着物で、その木綿や麻を扱う店は太物店と呼ばれていた。
絹の反物は糸が細く、その分布を巻いた反物の太さが細いのに比べて、木綿や麻の反物は太いので太物と呼ばれたそうだ。
「太物の日」というのは、着物を普段着として着ることを提唱して、木綿の着物の普及を目指して制定されたそうだ。詳しいことは知らないけれど、きっとどこかで何かイベントが催されているのだろう。
お茶をやっていると着物が必要になるが、お茶では基本絹の着物になる。が、稽古用に木綿の着物が欲しいと思う今日この頃なのである。
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「光悦と光琳、琳派の美」を観てきた。
本阿弥光悦(1558〜1637)と尾形光琳(1658〜1716)はちょうど百年の違いで生まれている。
光悦の姉が尾形家に嫁いでいるのでふたりは遠い親戚関係ということになる。
日本の美術史に聳えるふたりの天才に血がつながっているのは偶然ではないかもしれない。
金銀泥四季草花下絵古今集和歌巻
俵屋宗達絵、光悦書
今回は光悦の書を熱心に観てきた
また、今回は光琳の弟の乾山の作品も展示されていたが、兄弟揃ってこれだけの作品を残しているのも奇とするに足る。
「拾得」今回気に入った乾山の作品
ところで、百年の違いを自分自身に換算して考えると、漱石、子規、露伴などがおよそ90年前に生まれたことになる。はるか昔という感じがするが、光琳や乾山は光悦のことをどう感じていたのだろう。
八橋図団扇、光琳筆
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お茶を習い始めて1年と3カ月、初めて炭手前のお稽古をさせていただいた。
炭は湯がよく沸くように、と利休が言ったと読んだ気がするが、毎日薪を焚いている身にはお茶の子さいさい、と言いたいところ、そこは家元制度ですべてがきっちり決まっている。
まず炭の種類を覚えなければならない。
炭は基本櫟の皮付きのものだが、大きさや長さ、形がいろいろある。
そして、そのいろいろある炭を決められた位置に決められた順に組んでいかなければならない。
さらに、炭を組む時の手の動かし方も決まっている。
それやこれや、、、ちっとも覚えられなかった。
稽古が終わって、先生は炭手前もいつまで出来るかわからない、とおっしゃった。
福島原発の事故以来炭は品薄で、価格も高騰する一方だとか。以前は中国からの輸入もあったが、それもほとんど無くなっているようで、炭を注文しても無いと言われることがあるそうだ。
こんなところにも原発事故の影響があるとは。
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