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・紅葉累々廃坑の町の墓に立つ姉の一生何も知らない
・墓に立つ我に雪虫蝟集(いしゅう)する 姉の一生不幸だったと?
・すれ違った微かな記憶辿り合う雪は上から我は下から
・「耐えてます春待つことを楽しんで」姉の便りは雪明りして
・喘ぎつつ雪原行けば蘇る直(じか)に生きてたあの頃のこと
私は冷たい性格でなく、要するに愚鈍な質。だから肉親への愛情が薄い。姉は二人
居るが、長姉には私が関節結核になった小学生時代世話になった。だが、自分のこと
ばかりにかまけて、炭坑に嫁いだ姉への恩返しも粗略になりがちだった。
今思うに、姉が嫁いで間もなく時代は石炭から石油の時代への移行期間だった。
姉が死んでから、しばらく墓参りも途絶えていたが、20年ほど前それをした。
赤平という炭坑だったが、私が訪れた頃は、この町は非常に活気がなかった。姉の
墓の前に立った時、それは小高い地にあったのだが、紅葉が凄かった。おまけに晩秋の候だったから雪虫が私の体を埋め尽くした。
4首目の姉というのは次姉。札幌に居る。兄も札幌に住んでいる。
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