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書庫評論『ミロのヴィーナス』(

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「なぜ失われたものが両腕でなければならないのか」という問題提起で、この文の後半が始まる。目や鼻、あるいは乳房が欠けていてもだめだ。
 
そして、すぐにその理由が示される。それは手が「世界との、他人との、あるいは自己との、千変万化する交渉の手段」だからと。…つまり人間は手で世界や他人と、あるいは自己自身と交渉するのだ、ということ。
 
他人と交渉する時、その手段として思い浮かぶのは、言葉や目ではないか。しかし、確かに手も重要な手段だ。手が交渉の「原則的方式」とも言う。重い言葉だ。相手への親愛の気持ちを表現する時、笑顔とともに握手する。恋人へ愛の表現をする時、相手の目を見つめながらその手を握る。入浴の前後には手で自分の下半身を隠して、羞恥の表現となる。怒る時は手を握る。哀しいときは手で顔を覆う。…さらに自分自身と対話して考える時、自然と手が顎の下に添えられる。
 
でも、ヴィーナスの鼻や乳房が欠けていてもだめだ…というのは分かるにしても、どうして「目」でもだめだと言ったんだろうか?…ここは非常に難解だ。私もよく分からないが、ヴィーナスが彫刻で、生きた人間の目じゃないということに関係するのだろうか。それとも、交渉の「原則的手段」はあくまでも手であって、目はその補助的手段と言いたいのだろうか。
 
最初の方で五っの哲学用語を頭に置いて欲しいと指摘した。そのうち、ここで
「特殊と普遍」だけ定義しておきたい。
   「特殊」…時間と空間に限定されること
   「普遍」…時間と空間に限定されないこと
用語というのは、いつもその文のなかで理解されるべきだ。しかし、ここでイメージした哲学用語はこれから非常に役立つはずだ。両腕を失ったことで、ヴィーナスは国境(空間)を越え、時代(時間)を越える作品になった。両腕を失う前の原型は、紀元前のエーゲ文明様式のある特殊な表現であったはずだ。それを偶然失うことでヴィーナスは、どの国どの時代の人々の想像の内でも自由に羽ばたく普遍的な表現になったと言える。極端に言えば、テニスラケットを持つヴィーナスを想像したっていい訳。
 
もう二つ「量と質」「有と無」という用語が使われているので簡単に説明したい。「ここで問題となっていることは、表現における量の変化ではなくて、質の変化である」と言っているが、「量の変化」とは原型のヴィーナスが完全な形で、換言すれば100パーセントで表現していたものが、両腕を失うことで70パーセントで表現することになったこと。この場合、表現する主題に変化はない。「質の変化」とは、原型と今の形とでは、表現する主題そのものが変化したこと。羞恥とか愛とかの個別的・部分的で特殊な生の表現でなく、全体的で普遍的な「生命の輝き」を表現することになったことである。
 
それと関係するのが「有と無」である。「有」とは無論両腕があったヴィーナスのこと。それはどんなに美しい表現であっても、生の一部…すなわち「限定された」もの。「無」とは両腕を失っていること。失うことで限定された生の表現から「夥しい夢をはらんだ」生の全体表現に飛翔したこと。
 
清岡卓行は詩人だけあって、その人の意表を突いた発想とともに、哲学用語と詩的で美しい表現の仕方ー知性と感性、哲学と詩とがよく融合している感じだ。格調がある。
 
 
ミロのヴィーナスは従来どのように評価されてきたか。「高雅と豊満の驚くべき合致」とか「均整の魔」という言葉がそれを暗示する。言わば「美というものの一つの典型」として眺められている。精神性と肉体性が調和した端正な美といってもいいか。でも、大理石で出来ているという事情から、あの像は少し冷たい印象だ。ルノアールの裸婦像は肉体性が強調され、その豊満な肉体の肌の下には温かい血が流れている感じがある。
 
ーそういったヴィーナスの鑑賞のされ方に対して、筆者は格別否定しないでサラリと流し、「しかも、それらに比較して、ふと気づくならば…」とさりげなく筆者の鑑賞の仕方に導いていく。両腕のないヴィーナスは「生命の多様な可能性の夢」を湛えていると言い、「存在すべき無数の美しい腕への暗示」がなされていると言う。だからヴィーナスが両腕を失ったのは「必然」あるいは「運命」なのだ…と。
 
ここで、もう一度最初に書いた能面の話を思い出したい。笑った面があるとして、その面が表すのは生命の一端だ。例えば、我々は様々な場面で写真を撮る。その一枚一枚は笑っていたり、すまし顔だったり、怒っていたり…と様々だ。けれどそれらの一枚…仮に「笑っている」スナップ写真は、その人の全体ではあり得ない。その人は泣くことも、ふてくされることもある。その人の全体像は、一枚の写真では表現できない。
 
絵でも彫刻でも、表現とは「生」の一部分を具体的に造形することだ。「入浴前に前を隠す」とか「恋人の肩に置かれる」という両腕の個別的な形で、羞恥心とか愛の表現になる。笑った面が泣く顔に変化出来ないように、羞恥の腕の形は、同時に怒りの腕の形になり得ない。換言すれば、一つの造形があり得る別の造形性を否定している。
 
生の全体性は、具体的・個別的な表現を失うことによって実現された。ヴィーナスで言えば、両腕を失うことによって初めて、生の全体性を表現することになった…という訳。その全体性は、能舞台の時と同様、演じる人・製作者と観客・鑑賞者との共同空間で実現する。すなわち、幻想とか想像とかの領域で。
『ミロのヴィーナス』の最初の一文に注意したい。「彼女がこんなにも魅惑的であるためには、両腕を失っていなければならなかった」とある。簡単な言い方をすれば「両腕がないからこんなに美しい」ということ。
 
我々の常識では「不完全」なものより「完全」なものが美しい、あるいは、価値がある…となる。陶磁器でも、壊れていたら「これでもこんなに美しいのだから、壊れる前の形はどんなに…」とため息をつく。この時我々は壊れた陶磁器を透かして、壊れる前の過去を愛惜する。筆者の表現を借りれば「対象への愛が過去に遡る」となる。
 
我々のこうした常識を最初に覆しているところが面白い。意表を衝かれる。…筆者もそこら辺りを意識していて「ぼくはここで逆説を弄しようとしているのではない。これはぼくの実感なのだ」と弁明している。「逆説を弄する」とは、世間の常識と反対のことを好んで指摘して楽しむこと。…そういう人・学者は世間にはいる。
 
それから、この教材を読んでいく時に、高校生は普段あまり接していない哲学用語に面食らって、「ワァ、難しい」となりがち。そういう用語にあまり拘泥しない方が好い。例えば「特殊」「普遍」という対概念にぶつかって、その用語を辞書で調べても釈然としない。一つ一つの用語の理解を積み重ねていけば、文意が正しく分かって来るーというものでもない。一つの用語が「部分」とすれば、この文意は「全体」ということになるが、部分の積み重ねが全体に通じる訳でない。用語に戸惑ったら、さらりと流して先を読み進むことも必要だ。部分と全体は有機的に結びついているから。
 
しかし、「時間と空間」「特殊と普遍」「部分と全体」「具象と心象」[量と質」の五つは、いつも念頭に置いておきたい。置きながら文を読んでいくとよい。しかも、この五っはこれからも絶えず評論で使用される用語だ。
明治から昭和にかけて活躍した哲学者、倫理学者、文化史家、日本思想史家の肩書を持つ和辻哲郎に、『面とペルソナ』という大変興味深い評論がある。
 
日本の能面は、喜怒哀楽といった人間的な表情を一切表していない。いわば「死相」である。…だから、少し不気味だ。しかし、これが能舞台に登場すると、様相が一変する。劇の進行につれ、面は自由自在に笑ったり泣いたりする。―これは、能面があらかじめ特定の表情を削ぎ落としているからである。そうでなければ、笑っている面がどうして泣く面に変化できるか。
 
和辻は概ねそういう指摘をしている。私は謡曲『隅田川』の能舞台を観たことがある。我が子を人攫いに連れ去られた母親(面を付けたシテという)が、京からはるばる東下りをして我が子を探し求める。狂女となって。隅田川の舟に乗り込むのだが、舟中で川端の小さな塚(墓)を見た船頭が「あれは人攫いに遭った子どものものだ」という説明をする。それを聴いた狂女が手を面の前にかざす。…泣いている訳。舞台を観る人は、狂女の目から涙が滴り落ちる幻想を味わう。能の世界に深く入り込んでいる人ほど、そういう幻想に耽溺する。能舞台の世界は、演じる人と観客の共同空間と言っていい。観客が舞台に「想像」で参加していく。…これは重要な意味を持つ。
 
面が生きている人間のどんな表情もあらかじめ肉付けしてないからこそ、その多彩な変化が可能な訳だ。客間の壁に能面が飾られていることがある。すると、日の移ろいにつれ、面が微妙な表情の変化を見せる感じだ。それに見下ろされている私は、時に戦慄を覚える。決して快感とはいえない戦慄を。

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