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書庫小説『羅生門』(芥川龍之介)

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平安京は北の中央に内裏が位置し、南の中央に羅生門が位置する。両者を結んで朱雀大路が伸びている。羅城門がいつでも不埒な人間が暗躍する場所だった訳でも、死体の捨て場所だった訳でもない。
 
『羅生門』の舞台背景になっているのは、戦乱、天変地異、大飢饉が打ち続く平安時代末期。時代が古代から中世へと移る激動と混乱の時代。従って、中央の統制も緩み、風紀も乱れる。羅生門は京のはずれに位置するから荒廃しやすい。そういう時代と場所を設定している。
 
この時代を生きた鴨長明の『方丈記』によると、この時代の餓死者の数はハンパじゃなかったらしい。全国に渡って、道端や草むらに死体が打ち捨てられ、その腐臭がすごかったという。羅生門も例外ではなかった訳だ。
 
羅生門の屋根の上空にカラスが乱舞するのは、下界がカオスであることを示している。下人の「頬のニキビ」は青年の年頃を示してもいるし、彼の内部にも潜む「人間悪」の象徴とも言える。私はあまり拘りたくない。芥川は小細工を弄する傾向があって、老婆の様子を形容する直喩表現もゴタゴタし過ぎ。老婆の気味悪さを強調したいのだろうが、芥川が力んでる割に効果は空回り。
 
目の肥えた現代の読者には陳腐な形容に過ぎるし、この小説が発表された当時だってさほど新鮮な印象を与えたとは思えない。ついでに言えば、下人が老婆の言い草を逆手に取って着物を剥ぎ取る場面だって、さほど面白い訳じゃない。「教科書に載るくらいだから…」と無理に感動する必要はない。
 
老婆が「黒洞々たる闇」を覗きこんだ場面は、いろいろ解釈できるだろうが、要はこの世の混乱ぶりを示していると思えばいい。
「カオス」(混沌)から「コスモス」(宇宙、秩序、調和)が誕生するのだが、老婆にはその光明の欠片も見えなかった、というところだろう。
実際、鴨長明が源頼朝にあった後でも「新京未だ成らず」と書いている。この時代を生きる人々の絶望の深さが窺われる。鎌倉時代に新仏教が続々誕生した理由となる。
 
『羅生門』と、その原典たる『今昔物語集』を詳しく比較検討することはあまり意味がないと言っていいでしょう。大切なのは芥川がこの時代に舞台を借りて、何を意図したか、に就いて理解することです。それには『羅生門』を繰り返し読むことです。特に文中で、作者が下人の心理を意地悪く解釈してみせる場面が多いことに要注意です。
 
『羅生門』が時間空間的に「特殊な状況」を描いてみせた…と解釈すれば、この小説の主題を大きく見誤ることになります。この小説がある「特殊な状況」を描いてみせたとすると、『羅生門』は『今昔』の二番煎じとなる。…そうではなくて、平安末期の羅城門という舞台を借りて、人間の「普遍的な姿」を描こうとしたのだ…と理解しなければならない。近代小説とはそういうものです。
例えば、ここに腹を空かせた虎がいるとする。目の前を一匹の兎が走り去るのを見たら、虎は躊躇いもなくすぐに襲いかかるでしょう。その時、虎は「俺は腹が減っているから仕方ないのだ」と、自分の行為にいちいち弁解しません。
 
人間だからこそ、自分の行為に言い訳をし、正当化しなければならない。そういう人間の窮屈さ、滑稽さを理解することが必要です。同時に、その「正当化」の際、「これは許される、それは許されない」という善悪の線引きの中心にあるのは、いつだってその人間の都合だ。『羅生門』には芥川のそういうシニカルな目差しがある。
 
下人は失業者ですから、いわば社会の最下層に蠢くゴキブリみたいな存在だ。にも関わらず、下人は社会の規範意識に捉われている。社会秩序を司る支配層でもないのに。…「食うためには手段を選んでいる暇はない」ということを、下人も頭では
理解している。しかし、どうにも身動きができない。それは下人の正義感が強いためではないし、深いためでもない。
 
ただ、「悪」をなすための「勇気」が出ないだけだ。つまり、下人の倫理観は自律的に形成されたものでないことを物語る。臆病なだけ。下人の倫理観はそれだけ薄っぺらいものでしかないし、いつでもひっくり返るものでしかない。文中に時々作者が登場して、この下人の浅はかさを徹底的に揶揄して解説する。
 
現代人の倫理観だって似たようなものだ。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という言葉があるが、倫理観の受身性を示してあまりある。
 
「人間の堕落は言葉の発明と共に始まった」と言われますが、「人間だからこそ」の滑稽さ、悲劇はいつも小説の主題になります。人間だからこそ、徒に「過去」を悔い、「未来」を怖れたりします。獣はそんな無駄な悩み方をしない。
いつだって「現在」に生きている。この文の最初の虎の話は、中島敦の『山月記』という小説の一場面であり、この小説も中国の『人虎伝』に素材を借り、自分の小説の枠組みにしていますが、主題は原典と違ってきます。近代文学では当たり前のこと。
 
『今昔物語集』と『羅生門』を細かく比較検討しても(研究者でない限り)あまり意味がありません。『今昔物語集』は世間の興味を引く怪異な話を集めたものであり、芥川が『羅生門』で意図したことは「人間の滑稽さと身勝手さ」を描くことにあります。自分の都合で善悪の線引きをする身勝手さは、例えば、あの中国共産党の言動から分かるように、時間空間を越えた人間の普遍的な姿です。
 
芥川は当時勃興しつつあった社会主義思想にも懐疑的だったし、芸術至上主義にも徹し切れなかった。シニカルな目差しを持つ彼は、そうやって自分自身を追い詰めていったと言えるでしょう。

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