|
「明治の精神に殉死する」―その言葉の意味をどう規定するか?…難しい。
一応、私の規定を述べたいと思う。
「自分を殺すことが、究極的に自分を生かすことだと信じた時代への自己埋葬」
「個」というものは、遠心力みたいに中心から離れていこうとする性質を持つ事は既に述べた。「個」がその値打ちを真に輝かすのは、何らかの中心的な価値観に収斂されていくときであって、そこから切り離されてしまっては、果てしない欲望で自己充足を目指すしかない。抑制のない自己充足ーそういう「個」のあり方は、内輪に自己完結してしまう。普遍的な価値を持たないから、他の共感を呼ぶことはない。自己を越える超越的価値に繋がるとき、孤立した「生」は社会的・国家的な意味を帯びることになる。東日本大震災の後、キーワードとなったのが「絆」という言葉であったことを想起すればいい。
「明治」あるいは「明治の精神」とは過去のものになったか?ー現代の平和な時代に生きる人は「生きるとは、誰かのためではなく自分自身のために生きることだ」と言い、先生の言葉を「欺瞞に満ちている」と批判する。
確かに生き物の本能はそういう傾向を本質的に持つ。「本音で生きる」とは、その本能に正直に生きることであるかもしれない。
しかし、国家と国民の運命を賭けた戦争のとき、そういう人々は忽ち自己の理論の破綻に直面するだろう。現実の問題として、他国が攻めて来たとき、「俺は知らんよ」で済ませられないのだ。戦争に加担しないことが「良心」となるかどうか?…もしかして、単なる身勝手かもしれない。第一、それだけの根性のある人がそう沢山いると思えない。かつての『白樺』の青年たちが、あの戦争にどう身を処したか思い出すといい。
『羅生門』といい『こころ』といい、どうして長く教科書に載り続けるのか?
それは作家の提出した問題が、決して過去の「特殊」なものでなく、時空を越えて人間の「普遍」的な問題であるからだろう。(完)
|
小説『こころ』(夏目漱石)
-
詳細
全1ページ
[1]
コメント(0)
|
人間は動かずにじっとしていられるか?第一部「先生と私」で、先生はしばしばこの言葉を使う。自分の罪、人間の罪を深く感じていても、例えば雑誌などで知人の文が載っていると、「思わず」ケチをつけてしまう。…そこに潜む自己主張。他人を蹴落としても自己を押し出そうとする衝動ーそういう己を肯定できないとしたらどういう道が残されているか。何ものとも繋がらない「個」を醜いとしか感じられないとしたら…。
人間が動かずにいられない存在だとしたら、唯一の出口は自殺しかない。つまりわが身を物理的に動かないようにしてしまうこと。それは自己否定であるとともに、何かに繋がろうとする精神の肯定でもあるだろう。そういう人間観が「時勢遅れ」であるとしても。
『白樺』の青年たちは、天皇とか国家に繋がることよりも「人類」という、より普遍的な観念に繋がろうとした。そのことで、吾を生かそうとした。時代はまさに新しい時代ー大正時代へと向かっていた。明るい自己肯定の時代へと。
「明治の精神に殉死する」ー江藤淳という評論家は、それを「自己処罰」と規定した。大江健三郎という小説家は、「沈みゆく船から他の船へ乗り移る必要を認めなかった船長」という大変優れた比喩表現で説明した。そのどちらの解釈にも半ば同意しながら、私はどこか釈然としないものを感じる。「自己処罰」では「精神に殉死する」というニュアンスと合致しない気がするし、大江健三郎の解釈では「時勢遅れ」の人間の苦みが出て来ない。爽やか過ぎる。
|
|
自分を殺し、世のため人のため、更には超越的な価値である国家、天皇のために身を尽くすことーそれはなかなか「できないこと」ではあるが、人間にとって値打ちのあること、美しいことだ。今「美しい」という言葉を使ったが、明治の人々の人間観、価値観は「美意識」という言葉で表現した方が適切かと思う。何が美しいことで、どうすることが醜いのか…。価値観という言葉はどこか観念性、思想性を帯びていますが、「美意識」と言った場合、それはもはや人間の感性に滲み込んだ深層的なものを表現する。
日本人はこの美意識を、「真っ直ぐ」「曲がった」という二つの単純な言葉で表現してきた。自分のことは脇に置いて、世のため人のために行動できる人は「真っ直ぐ」な人であり、自分の利害しか考えられない人は「曲がった」人だと…。
「真っ直ぐ」とは「直向き」とも表現され、イメージ的には「お天道さま」に向き合うことを意味する。小我を捨て、大我に就くこと。則天去私。
時代が進むにつれ、そういう美意識は薄れていくが、しかし、乃木大将の殉死事件のような報に接すると、人々は眠りかけているそういう美意識を呼び醒まされて、深い感動と己の生き方への罪意識も掻き立てられる。「人間は本来どうあらねばならないか」という規範意識に照らして…。
「個」というのは、際限のない充足を求める。膨張したがる。それが満たされないから、人間はいつも「淋しい」。欲深く罪深い存在だ。充足とは方向性を持たないから、糸の切れた凧のように、どこに飛んでいくか分からない。
何ものとも繋がらない「個」…そういう「個」のあり様は、幸せだろうか?
また美しいだろうか?
|
|
明治において、天皇を中心とする近代国家づくりの情熱は、短期間に日本を国際的に相当の地位にまで押し上げた。
観光地の土産物店に入ると、「この道より他に吾を生かす道なし。この道を往く」という言葉に野菜の絵が添えられた絵皿を売っている。武者小路実篤という大正時代の作家のものですが、「吾を生かす」という言葉が印象的です。『白樺』という雑誌に集まった青年たちは、ある理念を共有していた。「個性」とか「自我」というものを大切にしようという共通理念。「吾を生かす」というのも、芸術を天から与えられた己の使命と考える武者小路らしい言葉だ。『白樺』の登場は、重苦しい明治の雰囲気を打ち破って、芥川龍之介が言うように「天窓を開け放ったような」解放感を時代にもたらしました。
「吾を生かす」―何という象徴的な言葉か。この言葉をまさに裏返しにした考え方が明治だったのではないか。つまり、「吾を殺す」ことにこそ、明治の理想があったのではないか。…人間というのは、自分一個の幸せしか考えようとしない生き物である…これは明治時代に固有の考え方というより、日本に伝統的な人間観であったと思う。人間は煩悩や業(ごう)を背負ってこの世に生まれてきた醜い存在であるから、ともすれば他人を蹴落としてまでわが身一身の安寧を図ろうとする。
明治のエネルギーは、そういう人間観に立脚し、天皇・国家という超越的な価値を国民に教えることによって導き出されたものであろう。個人の奮起がそのまま
天皇や国家のためにもなるーそういう意味で、明治は「個」と「天皇・国家」が命運を共にする紐帯で結ばれていたのだと思う。
|
|
明治という時代はどういう時代だったか?
八の字髭の恐い先生が、教室で厳めしい声で演説する。「これからは学問の時代だ。今まではどんなに才能があっても努力しても、百姓としてこの世に生れたら、一生土に縛りつけられていた。そこから逃げることはできなかった。これからの時代は違う。学問に励めば、誰でもゆくゆくは大臣にだって博士にだってなれる。そうして、お国のために役立つ人間になれるのだ。」
そういう教育が、どれだけ青少年の心を奮い立たせたことか。もう武士も町人もない。努力して学問に励むことだーそういう教えが青少年に夢と希望を与え、ものすごいエネルギーを引き出したことが、「明治」の成功に繋がったと思う。
卒業式で歌われた『仰げば尊し』の歌詞にある「身を立て名を挙げやよ励めよ」という立身出世思想に時代の雰囲気が残されている気がする。立身出世することが、家のため国のため、天皇のためになる…。「和魂洋才」ということが言われ「欧米に追い付き追い越せ」が国家的スローガンとなった時代。
優秀な青少年が続々と「国家有為の人材」として海外に派遣され、帰国して各界各方面で活躍した時代。
「降る雪や明治は遠くなりにけり」という中村草田男の句がありますが、明治というのは、モノトーンのなかにものすごい活気が溢れていた時代だったのではないか。
『こころ』の第二部「両親と私」のなかで、学生の田舎の父親が明治天皇やそれに殉死した乃木将軍に「申し訳ない」という言葉を洩らすのも、時代の雰囲気を物語っています。国の近代化、強大化という公的目的に何の役にも立てず、自己一身のことに汲々として生きている己を恥じ、罪意識を感じている。
|
全1ページ
[1]







