|
「風俗、人情、習慣、さかのぼっては国民の性格みなこの矛盾の原因になっているに相違ない」―本場の批評家と漱石の考えとの「矛盾」が生じる原因を、漱石はそう推測します。こうして漱石を取り巻いていた濃い霧が一挙に晴れて、彼は自信を付けます。「自己本位」という四文字に出遭った瞬間です。
このことを難しく言うと、「個」はそれぞれ孤立しているということ。それぞれが置かれた状況や立場の違いで、それぞれの価値観や美意識も違ってくる。そのことは国と国との関係でもそうだし、個人どうしとの関係でも言えること。文学研究や歴史観ではそういう認識が大切になる。
最近の韓国、中国は事あるごとに「日本は正しい歴史認識を」と叫びますが、これほど独善的な言い草はない。向こうに「正しい」ことが日本では「正しくない」可能性に思いが及ばないレベルの低さだ。
「個」や「個性」が尊重されねばならないーその深い理由、根拠を示したのがこの講演の第一部だとしたら、第二部は、「個」を尊重するうえでのモラルの問題に言及したものと言える。自分の「個」を伸張し、他の「個」を阻害する力を持つのが「権力」「金力」だとしたら、その権力をみだりに使用してはいけない。
この講演は、学習院で行われた。当時の学習院の学生は、将来その「権力」「金力」を揮える立場にある。漱石はそのことを意識して学生たちに注意を促したのでしょう。…漱石はつくづく立派な見識を有する人間だと思います。
|
『私の個人主義』(夏目漱石)
-
詳細
全1ページ
[1]
コメント(0)
|
昔の漫画に赤塚不二夫の『おそ松くん』というのがありました。爆発的人気があった。そのなかに登場する「イヤミ」というキャラクターが滅法面白い。彼の十八番は何かというと「おフランスでは…」と言うことです。食事のマナーでもなんでも、フランスのやり方が高級という訳。そうやって周りを煙に巻いて自分も得意がる。…日本が先進国の仲間入りした今でも、こういうふうに他の権威を借りて、自分をクジャクの羽根で飾りたがる手合いは居そうですね。
漱石だって、そういうふうに自分と周りを誤魔化すことはできたでしょう。しかし漱石はそういう人間ではなかった。…彼の人間としての立派さです。
実は、私は漱石という作家を敬遠していた。該博な知識を有するエライ学者、文豪であっても、私には縁遠い存在として…。
私が急速に漱石に親しみを感じた契機が、この講演を読んでからです。私は血の巡りの悪い人間でしたから、コンプレックスもあったし苦労もした。
「漱石ほどの人でも煩悶したのだ!」という驚きと共感。「分からない」状態をいつも抱えていた私は、この講演を読んで「分からないのは恥でない」という勇気をもらいました。漱石と森有正の二人から、私は自信を与えられ、励まされたと思っています。
|
|
ロンドンの暗い下宿の一室で、膨大な原書に囲まれながら、陰鬱な顔で座っている漱石の様子を見た日本人が、そこにただならぬものを感じて、「漱石狂せり」という噂が広まります。ロンドンの留学生仲間や本国の間で。
漱石の憂鬱はこの講演で「英文学というものが分からない」という理由であったことが明らかになります。当時、欧米諸国は日本にとって、強者・優越者の位置にあり、日本はそこから学んでいくべき弱者・劣等者の位置にありました。―この力関係が、英文学の学び方にも濃い影響を及ぼしました。東大に招かれた外国人の講師の話を聴いても、胸にストンと納得できるものが落ちて来ない。力関係というのは妙なもので、分からない理由をどうしても「自分の側」に求めたがる。優越者の心理だって同じでしょう。「分からないのは、おまえの頭が遅れているからだ」という理由に帰してしまいがち。
例えば、ある権威のある料理評論家がいたとして、その人が「これは絶品だ」と賞讃したら、人は実際にそう感じなくても、「これは美味い」と無理に思い込んだり、他の人にもそう吹聴するのではないか。自信がないから、美味く感じられないのは自分の味覚が劣っているからだと、結論付けるのです。
漱石はロンドンにまで出かけても、肝心の英文学が分からないという事情がさっぱり変化しない。そこで、胸の内が空虚で苦しくて堪らないからボロボロ涙を流したという訳です。「煩悶」とはそういう意味です。
ここで強調したいのは、漱石の正直さ、誠実さです。自分の「内心の不安」「腹の中の空虚さ」を凝視せずにいられなかったという真面目さ。
当時の日本にとって、欧米諸国は先進国ですから、その「権威」に盲従して、自分をクジャクの羽根で飾り立てることも可能だったでしょう。
|
全1ページ
[1]


