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平安時代の物語や日記は、その時代に生きた人の作品だから、歴史書では分からない当時の人々の気持ちが直接伝わる。そういう意味で大切だ。
『更科日記』は、日記と言っても、作者が晩年になって自分の過ぎ来し方を振り返って綴ったものですから、現在進行形の日記とは違う。でも、大人の目で虚飾された文ではない。少女時代にしても、率直にその時の気持ちをありのままに書いている感じだ。
最後に「女の愛と抵抗」という点に焦点を絞って、終わりにしたい。
『源氏物語』の箒木の巻に触れる。この巻は「雨夜の品定め」として世に知られた段だ。…ある五月雨の降り続く夜、宮中の一部屋に、退屈を持て余した好き者の青年たちが集まって、各々の恋の経験談を披露する。座が盛り上がる頃、左馬頭(『源氏』では固有名詞は出て来ない)という男が、嫉妬深い女の話を披露する。
この女は、取り立てて器量が好い訳ではないのですが、左馬頭を深く愛しているようだ。ところが、男の浮気にひどく腹を立てて、しばしば言い争いになる。しまいに女はカッとして男の指に噛みついた。すると男も本気で怒りだし「男としてこれ以上の恥はない。これでは宮中にも参内できない。もしかして、これでお前との縁は切れるかもしれない」と女を脅した。女はさすがに切ない顔をしたが、男はしばらく女のもとを訪れなかった。けれど、雨の降る寒い晩など、男は心細くて淋しくて堪らない。そういう時に男はあの喧嘩別れをした女のことを思い出す。それで、我を張ることをやめて、ある夜、女の許を訪ねてみる。
すると、誰も居ない。けれど男の衣類がキチンと畳まれて、いつでも着れるようにそこに置いてある。かつてと同じように、部屋の隅々まで綺麗に掃除が行き届いている。しかし、女は行方知れずになった。…少し、省略した部分もあるが、概ねそういう話。…紫式部というのは凄い作家だ。男の気持ちは無論のこと、こういう時代にあって、女が男を激しく愛し、激しく嫉妬して抵抗した様子を見事に描き出した。胸打たれる。『源氏物語』が「抵抗の文学」と言われる所以だ。
当時の世界を見渡しても、これほどレベルの高い文学は皆無だった。ヨーロッパにこれに匹敵する作品が現れるのは、何世紀もかかったのだ。そのことを日本人は案外自覚していない。
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古文『更科日記』(菅原孝標女)
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荻の葉は、男が訪ねてきたことを嬉しくないはずがない。しかし、女にも人間としての「誇り」がある。もし、男がここで誠意を見せて、女の気持ちが和らぐまで、端的に言えば女が赦してくれるまで、根気よく笛を吹き続けたら、女も応えたことだろう。…そこらあたりの女の気持ちが、妹には分からず姉には分かるーキャリアの差というのはそのことだ。
荻の葉は、今にも崩れそうな自分の心と闘いながら、沈黙で男に抵抗した。男と女の気持ちのズレは、こうして当時の世に充満していたことだろう。
『蜻蛉日記』の作者は『更科日記』の作者の叔母に当たる。その『蜻蛉日記』にも、作者が当時権力者だった藤原兼家の浮気に腹を立てて、兼家が気紛れに作者を訪ねてきた時、門を開けない場面が描かれている。兼家はこの時、荻の葉の男と同様、長く待たずにあっさりと引き揚げてしまう。
『蜻蛉日記』の作者は兼家を愛しながらも、その多情に腹を立て、嫉妬している。「愛」と「嫉妬」―漱石の『こころ』にも、「先生」が学生の「私」という人に「嫉妬は愛の反面じゃないでしょうか」と言う場面がある。
私は思うのだが、歴史書を読んでも、その時代に生きる人間の顔がちっとも浮かんでこないことに不満を感じる。小林秀雄もそう書いている。歴史書というのは、時代を客観的概括的に記述していくので、一人の人間がその時代に実際にどんな気持ちで生きていたかが分かりにくい。
荒唐無稽な想像の産物としての人間像でなく、歴史的知識に裏付けられた人間像ーそういう「生きた人間の顔」を歴史の闇から生き生きと蘇らせたという意味で、司馬遼太郎という作家は偉大だと言っていい。日本の誇りだ。
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笛の音のただ秋風ときこゆるになど荻の葉のそよとこたへぬ
隣家の女が牛車の主の呼びかけに沈黙したままだったことへの妹の感想。これに対して、姉は「げに」と優しく肯った後で、次の歌で応じる。
荻の葉のこたふるまでもふきよらでただにすぎぬる笛の音ぞ憂き
秋風が吹く、荻の葉が戦(そよ)いでそれに応じる、サラサラという微かな葉擦れの音で。…物語に感化された妹としては、男と女との浪漫的な応答を夢想する。だが、沈黙したままの女に不審を感じて「など」と。女の沈黙は、男への重苦しく息苦しい「抵抗」であるーそんなことなど、この妹には思いも寄らぬことだった。だから妹はこの歌で、応えなかった女を責めている。
物語とは違う「現実」を知る姉としては、荻の葉の胸中はわが胸の思いと重なるところ大であったろう。男の誠意のなさ…女の気持ちを考えないで、応えなければサッサと去っていく薄情さ。姉は、笛の音が遠ざかっていくのを嗚咽して聴いている荻の葉の様子を想像しているだろう。当時は「妻訪ひ婚」が一般的だったから、女は一方的に待たされる身であり立場だった。
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姉と妹が会話をしている時、「かたはらなる所」すなわち隣家に「さきをふ車」が止まる。牛車に先行して、人を追い払って道を開けさせる従者の声と車の音でそれが分かる。…何故そんなことを殊更説明するかと言うと、当時の「夜の状況」があるから。当時、今と違って夜は真っ暗。電気なんてないのは無論、油だって貴重品だったから、余程身分の高い貴族の邸宅でないと使用しなかった。
作者の父、菅原孝標は上総国の国司をしたくらいだから、経済的には相応に恵まれていたかもしれない。作者が少女時代、夜が更けて『源氏物語』に読み耽ることが出来たのも、そういう裏付けがあったのだろう。しかし、それとて油を濫費出来る訳ではなかった。
大抵の庶民は朝、日が昇ると田や畑に出て仕事をし、日が沈むと寝る…という生活を繰り返していたでしょう。姉と妹が会話していた夜は月が明るかったとはいえ、辺りの様子は「物音」で状況判断している。そのことがこの場面で「なり」という助動詞が多用されていることで分かる。「なり」は音を基にしての推量。
人々が寝静まり、隣家もその庭樹も青白い月の光に照らし出されて黒々と静まり返り、暗闇の静寂のなかで静かに進行する物語…。そのことに充分注意したい。
牛車の従者が隣家の門の前で「荻の葉、荻の葉」と呼びかけるけれど、それに応える物音がしない。「荻の葉」とは隣家の女主人。牛車の貴人が通う「妻」の一人なのだろう。しびれを切らした牛車の主は、笛を美しく吹き鳴らしながら通り過ぎていく。…遠ざかる笛の音でそれが分かる。
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月が大層明るい夜中、姉と妹(作者)の何気ない会話が交わされる。「皆人もねたる」夜中に、この姉妹がどうして起きていたのか?
作者は15歳位、姉は十代の終わり位か。この段の前に『源氏物語』に読み耽って「后の位もなににかはせむ」と書いていたことを想起すると、夢見がちな妹は、姉と文学の話をしたがり、姉も優しくそれに応じたか。
その姉が空をつくづくと眺めて「ただいま、ゆくゑなくとびうせなば、いかがおもふべき」と妹に尋ねる。「たった今、私が急にいなくなったら、あなたどうする?」と妹に悪戯っぽく尋ねるのだ。妹が「なまおそろしとおもへるけしきを見て、こと事にいひなして、わらひなどして…」と続くのを読むと、この姉は何か悩みを抱えているらしいが(「ながめ」というのはそういう動詞。)初心な妹が顔色を変える反応を見て、「冗談よ、冗談…」という具合に姉は話を他のことに移して笑ったりする。
後の文と照応させると、この姉はずいぶんと大人の女性としての魅力を感じさせる。文学と現実の違いは弁えているらしい。しかし、その姉もかつてはこの妹と同じ過程を辿ったのだろう。
『更科日記』の良さは、その文体が平易でシンプルで率直なことだろう。いわば行と行との間が広く空いていて、読者はその行間に、イタズラ書きをするみたいに自由に想像を遊ばせることができる。これは貴重なことだ。『源氏物語』ではとてもそういう訳にいかない。文が緻密過ぎるくらい緻密だから、読者はその行間に潜り込むことが簡単でない。
この姉と妹のキャリアの差が次の場面で興味深く描かれる。
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