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書庫古文『伊勢物語』

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この章段の女の歌も、武蔵野の樹木が鬱蒼と生い茂り、草深い地で伝わっている民間伝承の歌(歌謡)を基にして物語化したものと思われる。武蔵野は、野焼きをして新しく生い出てくる若草の肥料としたのだろう。そしてこの草深さは、男と女がこっそりと逢い引きする絶好の場所ともなっただろう。
 
万葉集に東歌といわれる部立ての歌が沢山ある。東国地方で稲こきや、川での(漂白のための)布晒しの労働の際、皆で仕事しながら歌う歌謡がそこに生まれる。労働歌だけでなく筑波山の歌垣(かがい)のような風習に絡んで歌われるエロチックな歌謡も多い。(当時は性におおらかだった)
これに防人歌なども加えれば、誰かの浪漫的な想像力を刺激する基盤は十分だったと言える。
 
この章段の物語で、男が逃げた後なのに、女がつま(夫)も一緒に隠れていると詠んだ合理的理由を懸命に考えるのは無益だろう。後代の文学作品のような緻密な構成、人間心理の描写などはまだ十分に自覚されていなかっただろうから。読者が自由に想像して楽しむのが好いだろう。なにしろ、歌から物語を創りだしたから素朴だし、辻褄が合わない面はいろいろある。
 
 
 
 
まず『伊勢物語』の性格について考えてみたい。『伊勢物語』は歌物語というジャンルになる。歌物語というのは、歌を中心とする物語ーということになるが、物語の進行につれ感動が高揚した部分、その段の終結部近くに歌が置かれる。歌で終わる場合もあるし、その後に一行かそこらの文が加わる。
 
「東下り」のように比較的長い章段だと、文中に歌があるが、それとて物語を段落に区切れば、それぞれの段落の終結部に歌が配置されるという事情は変わらない。
 
ところで、「歌を中心にした物語」という定義は間違いでないが、やや曖昧な感じがする。「歌が先に有って、それに物語が添えられた」と言うほうが分かりやすい。以前から和歌には、歌の前にその歌の成立事情を簡単に記す場合がある。題を与えられて詠んだ場合など「…ということを」などと記す。これを詞書(ことばがき)と言うが、この詞書が長くなったもの…と言えないこともない。しかし、そういう解釈では説明し切れない。
 
というのは、この「盗人」のように、歌謡としての歌があって、その歌が後代の人の想像力を刺激して物語が創られる…という場合が圧倒的に多いから。その場合の物語(地の文)は虚構であり、詞書は事実だから性格が違う。

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