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書庫古文「和歌の本歌取りについて」

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 C 世の中を何にたとへん朝びらき漕ぎゆく舟の跡無きがごと
 D 花誘ふ比良の山風吹きにけり漕ぎゆく舟の跡見ゆるまで
 
Cも万葉集の歌。Dは新古今和歌集の宮内卿という女流歌人の歌。DはCの本歌取りの歌だとすぐ分かる。Cの「跡無きがごと」がDで「跡見ゆるまで」と変えられている。Cは不思議な歌だ。朝早いうちに一斉に沖に漕ぎだしていく沢山の舟。…そういう活気・明るさと、波を蹴立てて進むその舟の跡が忽ち消えて、後には何もなかったように元の水面に戻るさま。その具体的な情景から、世の中一般の無常の様を連想している。
 
もっとも、作者は案外朗らかに「おお、世の無常の様そのものじゃないか」と詠んでいるのかもしれない。いづれにせよ臨場感のある歌だ。
 
これに対してDの歌は、完全に理知的に詠んだ歌。作者は実景としての場にいない。実感でもない。本歌を基にして、その発想を鮮やかに逆転させている。
「舟の跡見ゆるまで」山風に誘われた花びらが琵琶湖の湖面を埋め尽くしている様。むろん比良の山も、空も一面の花びらに覆われている。世界がピンクに染まっている。ちょっとやり過ぎの感もある妖美で華麗な趣の歌。「湖上ノ花を」という題を与えられての歌。これを題詠という。宮内卿の歌は人々を驚かせただろう。本歌取りの典型例といえる。
 
しかし、こういう絵画性や理知性は一過性のものとも言える。あまりにも造花的美しさだ。先ほどのBの歌の作者藤原定家も、どちらかといえば、ゴテゴテと装飾性の濃い人工的で造花のような歌を詠んだ人。
 A 苦しくも降りくる雨か三輪が崎佐野のわたりに家もあらなくに
 B 駒とめて袖うち払ふかげもなし佐野のわたりの雪の夕暮れ
 
Aは万葉集の歌。Bは新古今和歌集の藤原定家の歌。似た感じの歌だ。そのはずで、Bの歌はAの歌を下敷きにしたものだから。「佐野のわたり」という地名を一致させている。その地で突然降って来る雨に困惑した…という発想を借りているところも、BがAを下敷きにしている点だ。他人の歌(本歌)を基にして、それを作り直した歌を「本歌取りの歌」という。
 
本歌取りと言うと、「本歌盗り」という言葉をイメージするが、「盗む」とか「真似」あるいは「剽窃」といったマイナスイメージを払拭する必要がある。本歌取りというのは、陰でこそこそやる訳でない。それどころか、満座の前で、皆が周知の歌をどう創り直したかの腕前を見て貰うという目的があってのことだ。
 
ところで、AとBの歌は肝心の所が違っている。これはすぐ分かると思うが、本歌の「雨」が「雪」に変えられていることだ。そのことで、歌の雰囲気がガラリと変化している。高校生はその変化を的確な言葉で表現できないとしても、感じてはいるはず。渡し場で舟から上がると雨が降ってきた。(昔のこととて)雨宿りする家も見当たらない。「困った!」…そういう実景・実感を詠んでいる。ところがBの歌にそういう「困った」という実感は感じられず、どこか「美しい」絵画的な情景の趣を漂わせている。幻想的な歌だ。
 
駒(馬のこと)に乗った烏帽子、狩衣の貴公子が、降りしきる夕暮れの雪の中を行き悩んでいる風情。馬の毛並みは白が好いか、黒が好いか…。万葉集の歌にはこういう美意識はない。AとBの歌を比較しただけで、万葉集と(Bの歌が載せられている)新古今和歌集の歌風の違いの一端を知ることが出来る。

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