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では、「為手」「受手」の概念で、敬語の問題は全て明快に説明されるかというと、これがなかなかそうはいかない。例えば「拙宅」なんて言葉があるが、これは謙譲表現であることは間違いない。ところがこの「拙」が上手く説明できない。従来の古い「へりくだる」という説明だと何となく分かる。
更には次のような『徒然草』の文例もある。
「ある人に誘われ奉りて月見をし侍りしに」
厄介なのは、ここで受身の「れ」という助動詞が出てくることです。「受け手尊敬」という概念を「動作を受ける人への敬意」とすると、「れ奉り」が混線してくる。「…される」と「奉り」が上手く繋がらない。「奉り」の敬意の対象が「ある人」なのは明白なのだが(敬語というのは普通自分には使わない)。
東大の教授をされている方の説明は次のようなものだった。
―「誘われる」という動作をうけるのは、この場合「ある人」だ。
そういうふうに考えれば、ここで「受け手尊敬語」を使った
ことが何とか説明できるのではないかー
この教授は誠実な学者だが、ご自身でもやや苦しい説明であるのは承知しておられるようだった。これも、「説明のための説明」に近い。
言葉というのは生き物だ。時代と共に動いていく。だから敬語も完全な説明というものは存在しない。柔軟に考えるべきだ。教室では、文語文法が勉強の中心となっている状況がある。文法は古文を学ぶ重要な手段ではあるが、古文イコール文法ではない。実は古文の教師にとって、文法を教えるのはラクなのだ。教師にとって大変なのは、例えば『源氏物語』を読破して、その魅力を自分の言葉で教えることだ。文法というのは、教師にとって一種の逃避場所となっている側面がある。教師も生徒も心したいところだ。
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古典文法「敬語について」
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現在の学校現場では「為手」「受手」という概念が導入されて一般化されているようだが、ここまで来るのに長い時間がかかった。新しい学説は、実はかなり古くから存在していたのだが…。
「謙譲語」という言葉から、「(自他を)低める」というイメージを一切払拭してしまうことが必要に思われる。「尊敬語」というのは「動作する人への敬意表現」、「謙譲語」というのは「動作を受ける人への敬意表現」とし、「丁寧語」は「動作に関係ない場合の相手への敬意表現」と規定すればいい。
『枕草子』の例文に戻る。この文は「問ふ」という動作を受ける隆家がいて、その動作をする定子がいる。両者に敬意表現しなければいけない。その場合、
①最初に、動作を受ける人を敬う(謙譲語、あるいは受手尊敬語)
②次に、その動作をする人を敬う(尊敬語、あるいは為手尊敬語)
二方面への敬意表現する場合、この①→②の順序は不動だ。―これをしっかり覚えておいて欲しい。この敬意の順序は、為手受手の身分差に関係なく確定している。
受手尊敬語は一語で、為手尊敬語は一語かニ語で表現される。二語の場合を最高敬語という。為手が帝、中宮、東宮などの場合。尊敬の助動詞と尊敬補助動詞「給ふ」の組合せとなる。中世以降、会話文では最高敬語は普通に使われるようになったことも注意したい。
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『源氏物語』の冒頭は次の一節で始まる。
「いづれの御時にか女御更衣あまたさぶらひ給ひけるなかに」
このなかの「さぶらひ」というのが「謙譲語」とされ、古い学説だと次のように説明される。
―お仕えする帝を敬うために、作者が女御更衣を一旦低める。次に
女御更衣を敬うために「尊敬語」としての「給ひ」を付けるー
こういう説は何だか「シーソー理論」とでも名付けたくなる。女御更衣をへりくだらせて帝を押し上げるために、作者が女御更衣の側に自分も乗り、それから女御更衣の傍から離れて反対側に回り、今度はそこで体重をかけて女御更衣の側を押し上げようとする。…その時既にシーソーに乗っていたはずの帝はどうなったのか?…作者が帝を引きずり降ろして、自分だけの体重で女御更衣を押し上げるのか?…これは大変便宜的でその場限りのご都合主義的な説明と言わねばならない。こういうのを「説明のための説明」と言っていい。第一これでは作者が忙し過ぎる。
こういう説明で困ってくるのは、例えば次のような場合もそうだ。
「(どんな扇の骨なのかと、中宮定子が中納言隆家に)問ひ奉らせ給へば」
これは『枕草子』の一節。定子の弟の隆家が「自分は素晴らしい扇の骨を手に入れた」と自慢するものだから、定子が質問する場面。作者はむろん清少納言。「問ふ」という動作をしているのは、后の最高位としての中宮。大変高貴な身分である。「奉ら」という謙譲語は隆家に対する敬意表現であるにしても、作者がそのために自分のご主人の中宮定子を一旦低めるーという意識が働くはずもない。「一旦(こちら側を)低めておいて(相手側を)高める」という謙譲語の説明はご都合主義。
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