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「近代社会の多様な役割関係」
徳川時代は、身分社会であった。武士は四六時中武士であり、町人も同様。そういう社会では、価値観も行動様式もその人の「身分」から自然に流れだす。ところが近代社会の人間集団は、その目的に照らして編成される。会社での仕事の分化も、目的に添っての機能分化。その部署での上下・命令関係というのも、仕事の必要から生じたもの。
ところで、一人の人間は近代社会の中で多様な「役割」を持つ。会社、家庭、教育団体、地域の自治会などで、同時に複数の役割を演じる。従って、それぞれの集団の目的に照らしての多様な評価のされ方をする。社長として有能、家庭では父親失格、自治会では無責任…などの評価。従って、身分による価値判断ではない。
しかし、社長と社員が同じ地域に住んでいるとして、自治会長の社員が、自治会の仕事に非協力的だとして、社長に命令することが出来るか?…出来ないからといって、その自治会長の意識が遅れているとは決めつけられない。
丸山氏の指摘がいくら理屈に合っているとしても、理論通りにいかないのが現実でしょう。会社の上下関係は力関係でもある。下手をしたら、適当な理由を付けて僻地に飛ばされるかもしれない。
理論を実際に適用する方法は、また格別の知恵が必要となるでしょう。何でもそうですが、理屈を振り回すのは考えもの。教条主義にならないよう、慎重であるべきです。
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